第百七話「影武者」
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増殖、あるいは鼠算。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
凄まじい咆哮とともにこちらに敵意を向ける鬼紋獣の大軍。今こうしている間にも地中は無論のこと、鬼紋王の体表からも絶え間なく生み出されている。
しかしおかしなことにこちらへ敵意を向けるばかりで、いずれも攻撃を仕掛けてくる素振りを見せない。
「……どうも様子がおかしいですわね」
凍子の言葉通り、鬼紋獣は標的を見つければ彼我の実力差も考えずすぐに攻撃を仕掛ける凶暴そのものと言うべき魔獣。
統率された行動よりも圧倒的な物量差で一気に押しつぶす作戦が定跡のはずだ。
にも関わらず一切攻撃せずにただ数を増すばかり、あまりにも不気味な光景である。
「っ!」
刹那、空間に満ちる理気の流れが一気に変わった。
数万は軽く超えるであろう鬼紋獣たちの理気がまるで指揮者に従うオーケストラのように一気に統率されたものになったのである。
「……なんだ? この異質な理気は……」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
異様な気配に瞬き一つせずに秋隆が見守る中、軍勢の中から鬼紋獣の叫び声が漏れた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
最初の声に呼応する形であちこちから絶え間なく聞こえる絶叫、最初はバラバラであった声もやがて一つとなる。
驚愕したのはここから、なんと鬼紋獣の相貌が突如として崩れ落ち、液体金属のような物質に姿を変えたのだ。
まるで磁石に群がる砂鉄、液体金属となった鬼紋獣たちは一体となり、その姿をより強大なものへと変容させる。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
咆哮を上げるは軍隊ではなく、一個の強固な群体、あるいはより強壮な個体。
どちらであろうとも大した違いはない、秋隆らの否、人類にとっての脅威となるという点においては……。
「まさか、このようなことが……?」
絶句する秋隆の前で変容を終え、形質を固着させたのはもう一体の鬼紋王。
見た目、理気ともに最初にいた鬼紋王と全く遜色のないものだ。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
恐ろしいことに咆哮を上げたのは先ほど秋隆の前で誕生した鬼紋王ではない。
それは三体目となる鬼紋王の産声。もう一体同じような行程で大量の鬼紋獣たちが結合、融合したのである。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
咆哮とともに飛来する複数の破壊光線、無論放ったのは先ほどまでいた鬼紋獣たちではない。
「いけないっ!」
本来一体しかいない鬼紋王からの集中攻撃、凍子が警告を発するとともにその場にいた人間は全員白い光のドームに包まれた。
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「全員無事ですわね?」
咄嗟に凍子が使用した時空捻転現象、あくまで緊急回避のために使用したため距離自体はそれほど稼いではいない。
「どうにか、しかし……」
唇を一文字に結び先ほどまで自分たちのいた地点へ視線を向ける秋隆。そこには今なお融解と結合を繰り返し、際限なく数を増やす鬼紋王がいる。
「鬼紋獣の大群、ではなく無数の鬼紋王とは……」
「理気に関してもオリジナルの鬼紋王と遜色ありません」
一歩前に出ると、凍子は努めて冷静に己の見解を述べた。
「つまり、デッドコピーなどではなく完全な複製品というわけですわね……」
「本物は一体、それさえを倒せれば全員消えると思いますが……」
ちらっとこちらに殺気を向ける鬼紋王の軍勢に視線を向ける文良であったが、微かに首を振り天を仰ぐ。
「……今となってはどれが本物かを見極めるのも難しいですし、仮にわかったとしても……」
「こんな中一体だけ狙って討伐するのは困難だろう」
文良が言葉を区切ったタイミングで東香が彼の結論を先に口にした。
先ほどまで秋隆らのいた場所は鬼紋王だらけであり、最早銀色ではない空間を見出す方が困難な状態となっている。
最早ここからでは細かい様子を探ることは叶わないが、今この瞬間も鬼紋王が増え続けているのは間違いない。
次の瞬間、空気を焼くような音がして凄まじい理気の光が空間を切り裂いた。
「っ!」
どうやら鬼紋王の一体がこちらに攻撃を仕掛けてきたらしい。
すぐさま東香が錫杖を振りかざして軌跡を逸らしたが、その余波で周囲の地面が抉れ、空間全体に微かな振動が走る。
「……どうやら向こうは待ってはくれないようですわね」
忌々し気に凍子が呟くとともに、鬼紋王たちは緩慢ながらも確かな動きで進軍を始めた。
しかもその体表からは鬼紋獣が次々と生み出され、こちらに向かって突撃してくると言うおまけつきである。
「鬼紋獣を生み出す能力までコピーしているのか……」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
秋隆の言葉に抗するかのように前衛にいた鬼紋獣が理気を収束、破壊光線を放った。
「やらせんっ!」
すぐさまこれを鼈甲霊亀で弾き返し、攻撃を仕掛けてきた鬼紋獣に命中させる。
自分の攻撃をそのまま頭から受ける形となり、対象となった鬼紋獣はそのまま欠片すら残さずに爆発四散した。
「このまま放置しておけばまた鬼紋王の複製が現れ、そこから鼠算式に敵が増大していく結果になりますわ!」
新たに生み出された鬼紋獣が融解、結合しようとするのを目視し、凍子は誅仙剣を振り上げる。
「理力剣っ!」
放たれた理気の斬撃は鬼紋王になろうとしていた液体金属を切り裂き、そのまま微粒子状に霧散させた。
とは言え、鬼紋王一体の誕生を防いだだけでは大局的に大きな変動はない。
そのことを凍子自身よく理解しているのか、その相貌は無表情ながら額には汗が浮かんでいる。
「……鬼紋王を倒せねばこちらに待っている未来は……」
「わかっています」
凍子の視線を受けて、次々来る鬼紋獣を捌きつつ秋隆は頷いて見せた。
「私はまだ死ぬわけにはいきません。生き延びて大望を果たすためにも、このようなところで足踏みしているような暇はありません」
そんな中、文良は鬼紋獣の砲火をかいくぐり、錫杖と長巻を振るう東香の背後に背中合わせに立つ。
「(どうします?)」
聞こえるか聞こえないかと言う文良の言葉、これを受け仮面の奥で東香の表情が微かに歪んだ。
「(どう、とは何の話だ?)」
「(使うのか使わないのか、ということです)」
文良の質問が意図するところを東香はよく理解している。
しかしそれ故にその問いに対して軽はずみに答えを出すわけにもいかない。
「(物量には物量、あの数は確かに脅威ですが、僕たちが力を合わせれば十分な数は用意できるはずです)」
矢継ぎ早に飛ぶ文良の言葉に東香の瞳が一瞬だけ秋隆を捉えた。
「(だが、その代わりにまた頭中将に余計な重荷を背負わせることになり兼ねないということだな?)」
「(ただでさえ限界続きのこの状況、正直使った場合久坂がどんな反応をするのか予想できません)」
「総三!」
次の瞬間、その頭中将こと秋隆の警告が文良目掛けて飛ぶ。
「っ!」
一瞬の隙、そこを突くような形で彼のすぐ前にまで鬼紋王が迫っていた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
咆哮とともにその巨体にものを言わせた踏撃が文良に襲い掛かる。
その刹那、強引に間に割り込む形で秋隆が乱入、鼈甲霊亀を翳して鬼紋王の攻撃を無理やりに押し留めた。
「久坂!」
理気を全力で扱ってもこれほどの重量をいつまでも阻むことは出来ない。
おまけに相手も理気を使ってくるとなればなおのことである。
「そなたら、何を呆けて……」
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
直後、地響きとともに秋隆の立つ大地が悲鳴のような音ともにひび割れた。
「……ぐっ!」
奥歯を噛み締めて苦痛に耐える秋隆であったが、限界なのは誰の目から見ても明らかである。
かといって周りの人間は目の前のことに精一杯で誰かに手を貸すような余力はない。
「!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?!?」
万事休す、いよいよ秋隆が覚悟を決めたその瞬間。
真紅の炎が彼の身を包み込んだ。
「っ!?」
その炎はどこからともなく現れたわけではなく、秋隆の身体の中から漏れ出ており、それが強大な障壁となって鬼紋王の攻撃を防いでいる。
「な、に?」
熱さは全くない、まるで母の腕に抱かれるかのような心地よい感覚に思わず戸惑いの声を漏らす秋隆。
「……ふん、理気の量に関しても武芸に関しても相当な腕前のようだが、この場面でその甘さは命取りだ……」
冷淡ながらどことなく勝気な声、続いて秋隆の身体からあふれ出てきた炎が一つの明確な姿をもって彼の前に現れた。
「まさか、この気配は……!」
「だが戦士としては悪しくとも、個人的には好ましい」
指を鳴らすかのような音とともに鬼紋王の全身が炎に包まれる。
「!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?!?」
否、厳密に言えば炎に包まれたわけではない。夥しい量の火花が体表から吹き出しているのだ。
「冷静に相手を図れ、融合したからには本物と違い必ず継ぎ目が存在する。そこを見抜き、突くことが出来れば……」
「!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?!?」
直後、凄まじい轟音とともに鬼紋王は内側から弾け飛び、その衝撃に複数体の鬼紋獣が四方に吹き飛ぶ。
「……自壊する他なくなる」
炎の中こちらに顔を向け、得意げに鼻を鳴らしたのはすらっと伸びた背筋の女性。
燃えるような真紅の髪にこれまた赤い法衣、頭からはイヌ科の動物を思わせる耳が生えており、その鋭い瞳も相まって、まるで地獄の番犬と言う呼称がしっくりきそうな見た目だ。
「貴女は……!?」
「このような形で相対するのは初めて、否厳密に言えば二度目となるか?」
ちらっとその女性が凍子のほうを一瞥してみると、彼女は信じられないものを見たとばかりに呆然としている。
そんな彼女をよそに、秋隆は乾いた唇で赤い女性の名前を呟いた。
「……火霊聖母、岱與山赫梨様」




