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霊亀将  作者: 花鏡
総長中将編
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第百六話「銀色迷宮」

いつもお読みいただきありがとうございます。

励みになります。

結界突入。

 凄まじい理気の奔流に視界を晦ます光、それらが秋隆らに降りかかったのは一瞬のことであった。


「っ!」


 続いて襲い掛かってきたのは先ほどまでの寒波を瞬時にかき消すほどの熱波、まるで熱せられた炉の中にでもいるかのような感覚である。


「むっ!」


 しかしそこは極寒が支配するツァリの雪原に出ても平然としている理気使いたち、すぐさま理気による防護膜を展開、高温から身を守った。


「ここは……?」


 秋隆が立つ場所は上下左右ともに銀色の壁で統一された回廊のような空間。

 天井までの高さ、横幅ともに四、五メートルはあろうか?


 柱や梁はおろか窓すら存在せず、無機質な印象でありながらもどこか人工物とは異なる強烈な違和感を感じさせる。

 この違和感がどこから来るのかわからないが、可能な限りこの場所に長居したくないと思わせるには十分なものだ。


「久坂、鬼紋王の結界の中に入れたということで良いのですか?」


「恐らくは、しかし……」


 文良の問いに、秋隆の表情が険しいものへと変わる。

 彼が以前突入した西戎種の王が支配する空間とは何もかもが異なる場所。

 この結界の主は西戎種の王ではなく北伐種の王なのだから支配する空間も異なると考えるのが普通なのだが、あまりに違いすぎる故に違和感すら感じるほどだ。


「しかし、恐ろしい温度だな」


 秋隆の少し前で床や壁を調べつつ、東香が口を開く。


「これほどの温度、普通の人間なら即座に干物になってしまうだろうな」


「それはわたくしたちも例外、とは言えませんわよ?」


 続いて口を開くのは凍子、現在一行が熱さに悩むことも、干上がることもないのはあくまでも理気による保護膜を展開しているが故のことだ

 当然一秒展開するごとに僅かながらも理気を消費する。


 数週間から半年程度ならばなんとかなる程度の消耗量だが、それでも敵地の真っただ中でいつまでも理気を消費するような真似はすべきではない。


「この空間、とんでもない理気がこもっていますわ」


 緊張した面持ちでそのようなことを呟く凍子。


「ここにいる限り時空捻転現象じくうねんてんげんしょうは使えそうにありません」


 つまりもし危機に陥ったとしても時空捻転現象しくうねんてんげんしょうで逃れて態勢を立て直すことは出来ないというわけだ。


「……では、生命の危機が迫る前に前に鬼紋王を倒し、この結界から出るとしよう」


 そこで両目を閉じ、秋隆は空間内の理気の流れに意識を向ける。

 理気を通じて周囲の構造を探るつもりだったのだが、あまりにも理気が強すぎる故にその全容を把握することは出来なかった。


「ふむ、内部構造すらも探れぬか……」


 残念そうに秋隆が目を開くと、すぐ近くに立っていた文良がはっとしたように顔を上げる。


「久坂!」


 彼の警告とともに回廊内に満ちる尋常ならざる殺気、とても人間が発するとは思えぬ気運だ。

 秋隆も誰が近づいて来るのかを瞬時に察し、すぐさま戦闘モードに移行する。


「……鬼紋獣か」


 現れたのは彼の思った通り北伐種の鬼紋獣であった。


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 咆哮とともに最前列にいる鬼紋獣の口に理気が収束、凄まじい光を放ち始める。

 このまま何もしなければ二秒後には破壊光線の餌食となるのは間違いない。


「仕掛けてきますわよ?」


「では、ここは私が……」


 凍子の言葉に応じる形で一歩前に出ると、翳した右手に理気を集める秋隆。


 変化は一瞬、彼の掌からか細い蔓のような枝が伸び鬼紋獣を貫いた。


「!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?!?」


 刹那、非力と思われていた蔓から凄まじい量の枝が生え、鬼紋獣の肉体を内側から吹き飛ばす。


「……なるほど、現象攻撃自体は問題なく使えるらしい」


 微かに鼻を鳴らす秋隆の前に、屍をまたぐような形で新たな鬼紋獣が姿を現した。


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


「新手か」


 回廊が狭い故に秋隆にその総数を把握することは叶わないが、最前列の鬼紋獣に隠れる形で相当数の軍勢が集まってきているのは想像するに難しくはない。


「細かい数はわかりませんが、数十体はいると見て良いでしょうね」


「問題ありません、この狭さなら大軍の利点を活かすことは出来ないでしょう」


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 咆哮とともに鬼紋獣が仕掛けてくる前に、秋隆は周囲に理気を放ち、支配空間を広げる。


「そこだ」


 彼の掛け声とともに回廊の壁から信じられない量の樹木が伸び、一瞬にして鬼紋獣たちを押しつぶしてしまった。


「!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?!?」


「やはり閉鎖空間である分、比較的大軍の相手をしやすいらしいな」


 秋隆が肩を下ろしたその瞬間、樹木を焼く微かな音が回廊内に響く。


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


「むっ!」


 続いてこちらに迫る破壊光線、どうやら先ほどの攻撃を逃れた鬼紋獣が樹木の向こうから砲撃してきたようだ。


「頭中将!」


 東香の言葉を背中に聞きながら凄まじい速度で鼈甲霊亀べっこうれいきを引き抜く秋隆。そのまま刀身に理気纏化りきてんかを掛け、居合の要領で破壊光線をはじき返す。


「大事ない」


 狙いは過たずに樹木を引き裂き、その奥から攻撃してきた鬼紋獣の額に命中した。


「!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!?!?!?!?!?」


「……よし」


 首を吹き飛ばされて動けない隙に、間髪入れず天井から大量の竹槍を降らせる。


 鬼紋獣が全身串刺しになり、完全に消滅したことを確認すると、そこでようやく鼈甲霊亀を鞘に納めた。


「敵地である以上油断は禁物と言うことか?」


「……鮮やかな戦いぶりだが、我々の状況は変わらぬ」


 乾いた声に振り向けば、東香が秋隆に向けて鋭い瞳を向けている。


「このまま出口を見つけられないならジリ貧になるだけだぞ?」


 彼の言うことは至極正しい。ここが鬼紋王の結界である以上、出てくる鬼紋獣の数は無制限だ。

 今は何とかなっても出てくる相手に対処するだけではいずれ力尽き、倒れることになるのは明らかである。


 そんな東香の言葉に一瞬考え込むような素振りを見せたものの、そこはそれなりの修羅場を潜り抜けてきた秋隆。

 すぐさま見る者を安心させるにこやかな笑みを浮かべた。


「問題ない、出口がないならば自分で作れば良いだけのこと」


 彼の言葉とともに空気中の理気が床に収束し、巨大な樹木を形作る。

 床から伸びるそれは、凄まじい速度で成長し回廊内の壁はもちろんのこと天井も破って成長、一瞬にして空間全域に広がった。


「掴まれ」


 上へ上へ際限なく成長し続ける大樹に秋隆が飛び乗ると、これに倣う形で三人も枝にしがみつく。


「とんでもない速度ですわね……!」


 風を切るという表現がぴったりくるほどの勢いで上へ伸びていく大樹、まるで巨大な岩山をドリルで削ってトンネルを掘るかのようだ。


「久坂! 速度はどの程度出ているのですか?」


 耳にあたる風の音に負けないほどの大声で文良が叫べば、彼らよりも数メートル先の枝に腰かける秋隆から返事が返ってくる。


「詳しいところは私にもわからんが、この感じだと時速計算で100キロは出ていると見て良いだろうな」


 つまりは令和の日本こと封神霊廟で言うところの高速道路を走る車ほどの速度。

 恐らくエルメラに住む人間が一生のうちに体験することはないであろう速度だ。


「……それでも出られないとは、相当広いらしいな」


 続いて口を開くのは東香。すでにそれなりの時間が経っているにも関わらず未だ出口らしきものが見えてこないことが気になるらしい。


「どんな空間であろうとも限界というものは必ずある。このまま進めばいずれ外に出られるはずだ」


 秋隆がそう言葉を返した刹那、前方から新鮮な空気が吹き抜け、微かな光が頭上を照らす。


「……多少乱暴でしたけど、杏一の言葉通りになったようですわね」


 凍子の言葉通り大樹の先端が閉鎖空間を打ち破り、外に届いたようだ。


 直後、秋隆の背筋に走る悪寒に何とも言えない嫌な予感。


「……(なんだ、この気配は……?)」


 全く覚えのない感覚ではない、一度これと酷似した気配を感じたことがあるが……。


「……(まさか、我々が先ほどまでいたのは……)」


 知らず彼が顔をしかめていると、すぐ下から文良の声が聞こえる。


「久坂、どう思いますか?」


 その声もなんとなく沈んだもの、どうやら彼も秋隆同様、この先に何が待つのかを察したらしい。


「……答えは一つしかないだろうな」


「……やはり、そうなのですか?」


 文良の言葉とともに顔にぶつかる新鮮な空気に薄暗い光、周りを確認するまでもない、外に出てきたのだ。


「跳びますわよ?」


 瞬間、白い光のドームが発生、秋隆らを包み込む。

 時空捻転現象じくうねんてんげんしょう、秋隆が周りの情景を視認する前に一行はその場から消失した。


_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


「凄まじい咆哮ですね……」


 先ほどの地点から数キロ圏内、時空捻転現象から出ると文良は微かに目を細めた。


 彼の視線の先にいるのは銀色の体躯に四つ足、数キロはあろうかという巨大生物である。

 その姿はまるで機械で出来た牛、頭から生える一対の角に屈強な四肢、禍々しい相貌と全てが恐ろしい魔獣だ。

 そんな魔獣の背中から生えるのは瑞々しい緑葉を携えた樹木。

 鬼紋王の大きさ故にあまり目立たないが、高層ビルに匹敵する大きさの大樹である。


「……やはり、先ほどまでいたのは鬼紋王の体内だったというわけか……」


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」


 脱出に使った大樹を見詰めながら秋隆がそう零すと、鬼紋王は大地を震わすほどの叫び声を上げた。


 これに呼応するような形で地面から夥しい数の鬼紋獣がその姿を現す。

 コーポラル級やオーロラ級は無論のこと、ガーディアン級も相当な数だ。


「……本城を落とすならばまず支城を攻略するのが定跡というもの」


 鼈甲霊亀べっこうれいきを引き抜き、秋隆はその切っ先をまっすぐ鬼紋王に向ける。


「……始めるぞ」

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