第百四話「遠征隊」
いつもお読みいただきありがとうございます。
励みになります。
二つの戦場。
東香との戦いを終えた秋隆は急遽評定を行う旨を通達、黒書院に人員を集めた。
「……さて、状況の整理もかねて少しばかり評定を行いたい」
黒書院の上座に座った秋隆は下座に座る面々を代わる代わる眺める。
現在この場にいるのは戦闘に長けた者たち、凍子、ルドヴィカ、豊輝に加え、客将扱いのアイオナ、新たに加わった文良、綾音、東香、さらには秋隆の郎党たる隆兼、秋紀、秋利とそれなりの大所帯だ。
「ふん、ルイズの知らない間に色々と話が進んでるみたいね」
相変わらず正座が出来ないのか、座椅子に腰替えるルドヴィカ。すぐ近くに座る新顔、東香の目を見て、微かに表情を強張らせる。
顔に関しては大半が隠されているものの、蛸のような瞳を一目見て尋常でな存在ではないことを見抜いたらしい。
そんなルドヴィカの様子を見て秋隆の口元に笑みが浮かんだ。
「その説明も兼ねてのこの場と言うわけだ」
「なら、まずはルイズから言わせてもらうわよ?」
こういうのは勢いが大事とばかりにルドヴィカの右手が高く掲げられる。
「ほう、意外と積極的だな」
秋隆としても積極的に発言してもらえるのならばこれに越したことはない。
それにここまで詰まっている予定を改めて確認することにもなるため、非常に有意義な行為だ。
満足そうに破顔し、ルドヴィカの方に右手を向けて発言を促す。
一瞬だけ周囲に居並ぶ人間に視線を送るルドヴィカであったが、特段誰も反駁しなかったため少しばかり安堵した表情で口を開いた。
「来月、ルイズと杏はエメルスまで反逆者の護送任務を行うわ」
反逆者の護衛任務、シャダ・ウォルキア経由で神聖王から下りてきた任務のことである。
元宰相アウグスタ・ルベルムを含む反逆者認定された人間を北方エメルスまで護送するだけの任だが、五清将にまで話が来る時点でことはそう単純なものではない。
「ま、多分だけどこないだの一件で逃げた連中がアウグスタの救出に来るのは間違いないから、十中八九戦闘になるでしょうね」
そう、ルイズの言葉通りこの任務の本命は取り逃がした反逆者の一本釣り。
アウグスタの護送を大々的に喧伝すれば、これの救出のためにあちこちに潜伏している逃亡者が出てくること可能性は高い。
神聖王こと妖魔王翠明院陽華はそれを見越して秋隆に話を持ってきたというわけだ。
無論、あの権謀術数に長けた化狐がそれだけを企んでいるというのは不自然なので、他にも理由があると見て間違いないだろう。
「単純に護送するだけならばわたくしの力でどうにでもなりますが、今回はそういうものではないご様子、ここは静観すべきでしょうね」
ルドヴィカの言葉を聞いて悩ましげな表情でそう発言するのは秋隆の師父凍子だ。
長距離を移動する時空捻転現象を使えば護送など一瞬。
しかしそれではアウグスタを撒き餌にして反逆者を炙り出すことは出来ない。
今回時空捻転現象の出番はないだろう。
「それで、そっちの任務には誰が行くんだ?」
続いての言葉は四道将軍豊輝のもの、普段は胡乱そのものといった様子ではあるが今回は陽華から下りてきた任務のためか真剣な表情だ。
「……ふむ、正直私も誰を連れて行くのかに関しては一考すべきだと思っている」
唇を一文字に結び、秋隆が下座に座る綾音に流し目を送れば、すぐさま前に進み出る。
「此方は実質兄上様の郎党故、同行させていただくつもりです」
爛々と輝く瞳と力強さに満ちた言葉、どうやらやる気満々のようだ。
「しかし杏一、留守居を内管領殿だけに託すのはいささか心もとないのではありませんか?」
出し抜けに放たれた凍子の言葉に微かに眉根を寄せる秋隆とバツが悪そうな旗本たち。
彼女の言いたいのは先日秋隆らがクリンゲルヴァルドに言っている間、白薔薇旅団による襲撃を受けたことである。
この件に関しては綾音のおかげでどうにかなったものの、また似たようなことが起こる可能性も捨てきれない。
「……それじゃ、私が残るわ」
面倒そうな力なき声にその場にいた全員が発言者に視線を向けた。
手を上げているのはゴスロリ装束の五清将アイオナ・イグナウス。
普段めんどくさがりな彼女にしては珍しい積極性だが、この場にいるほぼ全員、出不精から来る発言と見抜いている。
「あんたが護送組なのはもう決まってることでしょうが!」
「逆説的に考えるべきでしょうね」
がなり立てるルドヴィカを尻目に空間に投げかけられる涼やかな声、有翼の美少年四道将軍、文良のものであった。
「今のところ護送組は……」
そこで一旦言葉を切り、口元を隠していた翼を広げる。
「頭中将殿に綾音姫、ルドヴィカ・ウォルキア、アイオナ・イグナウスの四人」
「……さすがにこれだけいれば大抵のことはなんとかなるでしょうね」
凍子の言う通り、五清将二人とそれに追随する実力者二人。
よほどのことがない限りびくともしない布陣と見て良い。
逆に何が起こるかわからない現状で桔梗城残留組を割いてまでこれ以上人員を増やすのは明らかな過剰戦力だ。
「頭中将殿に、嬢ちゃんたちねえ……」
そこで何を思ったのか護送組の内訳を聞いて、真剣な表情をかなぐり捨ていつも胡乱な笑顔を見せる豊輝。
「女ばかりに男一人、ハーレムじゃねえか頭中将殿」
「ハー……っ!」
流れ弾に当たるような形でルドヴィカの頬が一気に朱色に染まる。
もっとも、顔料のような濃いメイクのせいで顔色が良く見えないのが幸いしてこの変化は誰にも気取られることはなかった。
「……下らぬ冗談」
吐き捨てるように豊輝の発言を一刀両断し、秋隆は黒書院内に居並ぶ面々を見渡す。
「護送任務に関してはこんなものでいいだろう。異議のある者は?」
特段どこからも異議の声が上がらないのを確認すると、すぐさま浄香に視線を向けた。
「では次、東香頼む」
「その前に一応自己紹介しておこう」
静々とした動作で一同に向き直り、一分の隙もない見事な所作で頭を下げる東香
「吉田東香蓮西だ。頭中将殿とは古い付き合いとなる」
「……あんたの知り合いって、みんなとんでもない理気をしてるわよね」
東香の身に纏う気運を敏感に感じ取ったのか、ルドヴィカの言葉には僅かながら緊張感が宿っている。
彼ばかりではなくこの場にいる男性はいずれも五清将クラスの猛者、女性しか理気を使えないという常識の中で育った彼女が異質に感じるのも無理なきことだ。
一方で、そんな発言を聞いて堪えきれないとばかりに豊輝が噴き出す。
「類は友を呼ぶってもんだぜ嬢ちゃん」
これに追随するような形で凍子もまた呆れたように嘆息を漏らした。
「最年少の神官将、卿も十分『とんでもない』に部類されると思いますわよ?」
「む、ぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……」
「東香」
これ以上話を放置していては先に進めないと判断したらしく、秋隆の下知が飛ぶ。
「エメルス北方にて鬼紋王が確認された」
東香の発した鬼紋王という言葉に思わず身を乗り出すルドヴィカだったが、とりあえず話を最後まで聞くことにしたらしく、開きかけた唇を強引に閉ざして押し黙る。
「エルメラ人が言うところの北伐種の母体、だがこやつは西戎種の母体同様に特殊な結界の中にいる」
「西戎種ってそうだったの?」
思わずと言った様子で秋隆に質問を投げかけるルドヴィカ。
「ああ、私か凍子でないと破れぬ類の結界らしい」
他の鬼紋王はともかく素体が仙道である場合、同じ仙道でなければ突破できない結界を使用してくるとのこと。
「となると、こちらは二人確定ですわね」
仙道は一人いれば十分にも関わらず、ごく自然な流れで参加を表明する凍子。
火霊聖母こと岱與山赫梨からの情報から察するに恐らく今回素体となっている鬼紋王は凍子の姉弟子である坎宮斗母正神。
彼女もそれをなんとなく察しているからこそ、秋隆について行こうとしているのかもしれない。
「拙僧も行くつもりだ。道案内は必要だろうからな」
「そんじゃルイズも……」
「いや、この件に関してそなたは留守番だ」
東香の流れで名乗り出ようとするルイズだったが、秋隆から出たのは拒否の言葉であった。
「はあ? なんでよ!?」
いきり立つルドヴィカに対して、秋隆に代わり凍子が口を開く。
「卿がここにいるのはあくまで大神官との連絡のため、鬼紋王討伐は任務に入っていないはずです」
ぐうの音も出ない正論にさしものルドヴィカも反駁できずに口をモゴモゴと動かすのみ。
彼女の言う通りルドヴィカは秋隆の郎党でも寄騎でもなく、あくまでシャダから送り込まれた連絡係。
万一彼女が不在中に何かあった場合、責任を問われることになりかねないのだ。
「そういうことだ。代わりに護送任務の際は頼りにさせてもらう」
諭すような秋隆の言葉にルドヴィカの表情も微かに和らぐ。
「……ふん、仕方ないわね。今回だけは言う通りにしてあげるわ」
「感謝する」
「そうなると、綾音姫にも城代として残っていただいた方が良いでしょうね」
文良の提言はもっともなことだ。秋隆が出るとなればその代役として誰かがその務めを果たさねばならない。
その点彼の身内であり、能力的にも確かな綾音は適任と言えるであろう。
「頼めるか?」
「はいっ! 兄上様の主命とあれば喜んで」
秋隆が命じれば即座に返答する綾音。いかなる任務であろうとも断るような真似はしないようだ。
「鬼紋王が相手となれば戦力は多いに越したことはありません」
その豊かな胸の下で腕を組み何事かを考えていた凍子であったが、右手の人差し指と中指を立てて見せる。
「後二人か一人は欲しいところですわね」
「それじゃあ僕が出ます」
即座に名乗りを上げたのは文良。輝くばかりの笑みを浮かべ、何度か頷いて見せた。
「結局白薔薇旅団は綾音姫が全部平らげてしまいましたし、ここらで役に立つってところをお見せします」
実際彼の機転があったからこそ白薔薇旅団から桔梗城が守れたのだが、その辺りのことはあまり頓着していないらしい。
あるいは、何か別の思惑があって同行を名乗り出たのか……?
「……わかった。では鬼紋王に対しては私と凍子、文良、東香で行くものとする」
文良の思惑がどうであれ秋隆にとって対鬼紋王戦で戦力が増えるのは歓迎すべきこと。
一応警戒こそするが、彼は秋隆と同じく四道将軍にして志を同じくする同志、基本的には好きにやらせておけば良い。
「そんじゃ、俺はこっちでも留守番してますかね」
のんびりした表情で豊輝が両手を伸ばせば、アイオナがじっとりした目で彼を見つめる。
「うらやましいわね。代わってよ」
「あんたもちっとはやる気出しなさいよ!」
ルドヴィカの叱責に微かに唇を尖らせるアイオナであったが結局何も言わず、一度だけため息をついてから下を向いた。
「とりあえずはこれくらいで良いか?」
秋隆の確認に一同は何も発言せず、沈黙で以て肯定する。
「では、此度の評定はここまでとする」




