33:予期せぬ訪問者
説明が多くなってます。
「失礼いたします」
そう言って入ってきたのは、真っ黒な人型をしたものだった。
それが大仰に腰をかがめ、胸に手を当てる。
口はないのに声が響いた。
「お返事がないのは承知の上で入らせていただきました。お父様がお呼びです。どうぞ、お越しください」
そうしてくるりと後ろを向くと、すたすたと開いたドアから出ていってしまう。
カグヤに何かを言わせるつもりはないようだった。
シムルを抱いたまま、そっと扉に向かう。扉の向こうには暗闇が広がっており、彼方の方に白い四角が見える。そこから長い光が伸びていて、先ほどの黒い人型が歩いているのが見えた。
カグヤはシムルを抱きしめなおす。シムルが確認するようにカグヤを見上げたので、コクリと頷き、一歩踏み出した。
カツリ、と硬質な音がする。
なにも見えないけれど、確かに道はあるようだ。
四角に向かって、ゆっくりと足元を確かめるように歩を進める。
カグヤがゆっくりと進んでいる間に、黒い人型は白い四角の中に吸い込まれていった。
カツリカツリと音を立てながら進み、そこだけ白く切り取られた四角の前に立つ。
それは長く伸びている光に反して、淡く光っているだけだった。
シムルへ視線を移す。シムルと目を合わせて、今度はその四角へ足を踏み入れた。
視覚が光に刺激されたのは一瞬で、次に出た先はまたもや暗闇だった。
だが、目が慣れてくると、遠くに小さな光が見え始める。それは地球から見上げた星の様で。
(これは、宇宙……?)
心の呟きに反応するように、声が響いた。
『よく来た、我が娘よ』
それはカグヤの外側から聞こえているようで、内側から話しかけられているような不思議な声だった。
良く見ればカグヤから少し離れた空中の一部が真っ黒に塗りつぶされている。
『ああ、この空間ではおまえに私は少し認識しづらいかもしれないね。場所を変えよう』
途端にゴウ、と風が吹いた。
風に塗り替えられるように、黒が赤茶色に変わっていく。
そうして現れたのは、一面が赤茶色で、遠くに高い山の見える場所だった。空も薄い茶色に覆われている。
視線を戻せば、目の前に浮かぶ黒い真円と、後ろに控えるように先ほどの黒い人型が立っていた。
『これで良いだろう。おまえには私と隣の世界の要素を少し混ぜてしまったものだから、私を認識しづらいのだ。さて、おまえの旅がどうだったか聞かせてもらおうか』
「僭越ながら一言よろしいでしょうか」
不思議な声に続くように、黒い人型が口を挟む。
「お嬢様の記憶に鍵をかけられたかと存じます。まずはその鍵を外して差し上げるのが先かと思われます」
『ああ、そうだった』
声と同時に、カグヤの中でカチリ、と音がした。
頭の中に住んでいた白いもやが晴れていく。
そうして思い出した。
自分が目の前の黒い円に生み出された存在であること。
生まれてすぐに、星を一つ消滅させてしまったこと。
記憶と力に制限をかけられ、あの部屋から世界を見る旅に出されたこと。
だが、わからないこともたくさんある。
『ああ、思い出したようだね。……どうやら疑問がたくさんあるようだ。まあ、それも仕方がない。おまえがまだ生まれて間もないころに旅に出してしまったからね。私としてはおまえの旅の話を聞きたいところなんだが……先に色々と聞きたいようだから、まず私から話すとしよう。さて、何が聞きたい?』
ようやくカグヤが口開く番が来たようだ。
腕の中の暖かな愛猫を抱く力に、少し力を入れた。シムルは黙って、カグヤに身を任せている。
「あなたは」
『何者か、かい?』
カグヤは言葉を続けることができなかった。自分の体の中から響くような声が、カグヤの思考を全て読み取ったように話し始める。
『おまえには何も教えないまま放り出してしまったからね。私が何者かはおまえにとって大切なことだろう。私はこの世界を創ったものだよ。そうだね、おまえがいた地球では神さまとか言われる存在だ。でも正確には少し違う。今おまえの前にいる私は、私の一部でしかない。私の本質は物質。この世界全てだ。おまえが立っている地面、おまえが触れている猫、そして地球も全て、私だ。正確に言えば、私の内にあるものでできている』
声は少し間を置いた。
『……おや、いまいちよくわかっていないようだね。例えば、大きな球を想像してごらん。その中には色とりどりの粘土がみっちりとつまっている。その粘土の色によって、性質が変わるんだ。おまえの見ていた地球では、あるものは陽子と言われたり、電子と言われたり、中性子と言われたり、はたまたブラックマターなんて言われたりしていたね。それぞれが色んな混ざり方をして、色んな原子や金属、土や空気や星を作っている。光だって物質の一つだし、おまえには見えないだろうが、星と星の間にも物質は存在しているのだよ』
カグヤの様子を探りながら声は話を続ける。
『少しは理解できたようだね。ん? 自分は何者か? おまえは私の娘だよ。そこの猫や地面とは少し違う。私自身から生み出したものだ。そうだね、球の中に詰まった粘土ではなく、その外側の球自体から生まれたと考えればいい。そこに少し、隣の時空の要素を入れただけだよ。隣の要素が何かだって? 私の本質が物質であるなら、あちらは光そのものだよ。まだ、成熟していなくて混沌としているけれど、とても面白い。もう少ししたら私のような存在が現れるだろうね。え、光は物質じゃないかだって? 元々光は私の中にはなかったんだ。だから隣の世界を参考に光を創ったんだよ。真っ黒だったものに色がついて、白という概念もできた。私の世界に面白いものが増えるのは大歓迎だからね。本当にいいアイデアをもらったよ。だけど、おまえに混ぜたのは私の中の光ではないよ』
声は続ける。
『私の外の時空……わかりやすく言えば、さっきの球は私で、その球が大きな部屋に入れられているのを想像してごらん。その部屋が時空だ。そう、その時空には窓があって、そこから隣の部屋を見ることができる。隣の部屋には光が渦巻いていて、その窓から手を伸ばして、少しだけおまえを浸したんだよ。時空も性質も違うからすぐに弾かれてしまったし、あちらに私の性質が残ることはなかったけれど、運よくおまえにはあちらの光が混ざったから、なんとか馴染ませた。だから、おまえは私ではあるけれど、違う性質を持った異質なものでもある。そうだね、もっとわかるように言えば、私の本質は物質だと言ったと思うが、さらに言えば、実態は球であり、真円だ。私が創ったものも、私自身でさえも、本当の意味で隙間がないわけではない。私ではない部分を内包していることになる。それは何かって? 私がいるのはとある時空だ。その隙間には時空が収まっているのだよ。さて、話を続けると、おまえがいた地球にはビー玉というものがあっただろう。あれは丸くて美しい。それをなんでもいいから入れ物にきれいに並べて入れる。その入れ物にみっちり詰まったものが、私自身だ。そこに水を入れる。ビー玉とビー玉の隙間に水が入るだろう? それが、あちらの光だ。おまえはその、ビー玉と水が混ざったような存在なのだよ』
我ながら良い例えだ、と声は満足したように呟いた。




