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situation.15 接触

「お姉さん、ちょっと」


 渡辺が後ろを向いている隙に声をかける。ピアスの女が困惑した表情で和田に近づいた。吉川と書かれた名札を付けている。


「はい、お呼でしょうか?」

「あのさ、俺、あそこのカウンターにいる子狙ってんだけど、彼氏いるかわからないですか?」


 こっそり耳打ちする。吉川は笑ってカウンターの方を見てから、和田の顔をまじまじと見た。そして興味津々に相槌を打つ。


「彼氏はいなかったと思うわよ。何々、君もありさちゃん狙っている訳?」

「そうそう……って、他にも狙っている人いるんですか?」

「沢山いるわよー。ありさちゃんはもう、ここの看板娘なんだから」


 そう言って意地悪く笑う。笑うとチークで染め上がった頬が膨れて可愛く見えた。和田が「へぇ」と話を促そうとした所で渡辺と目が合う。明らかに睨まれている。和田は吉川が振り向かないよう話題をふった。


「あー、でも、好きな人くらいはいますよね?」


 和田の問いに吉川は首を捻った。


「さぁ、どうだろう。でも聞いておいてあげるよ。君、最近見かけると思ったらそういう訳だったの」


 これで共犯者だとばかりに微笑む。和田も調子を合わせて笑った。後ろのドリンクサーバーで突っ立っている男が、こちらの様子を伺っていた。ウェーブのかかった前髪の奥で不機嫌そうに眉をひそめている。


 あの男、さてはこの女の事が好きだな。和田は瞬時に内部事情を汲み取ると、吉川の手を取った。ピンクのペディキュアが綺麗に染まった爪だ。


「お姉さん、近くでみると結構可愛いね」


 意地悪くドリンクサーバーの男に視線を送る。怒ったか?パーマ野郎。和田はふんと鼻で笑った。


「こら、ありさちゃんに聞こえるわよ」吉川がするりと和田の策謀から逃げる。「もうお冷は良かったかしら?」

「じゃあ、もう一杯注いでくれます?」


 行き場を無くした手でグラスの水を飲み干す。この女、案外堅くてつまらないな。和田が横目で確認していると、入口付近に座っていた男と目が合った。三十代半ばの少し小洒落た雰囲気のおっさんが座っている。向こうも自分を認識したのか、気不味そうにすぐ視線を逸らした。あの横顔は見かけたことがある。あいつも常連客の一人か。


「はい、狙うからにはちゃんと捕まえなさいよ」


 吉川がグラスを置きながらウインクした。お姉さんも応援しているってか。和田は「ありがとうございます」と満面の笑で答えながら姫の姿を探した。しかし、レジにいるはずの彼女がいない。奥の厨房にでもいるのか?

 和田はここから厨房が見えないかと目を凝らした。ドリンクサーバー奥の、扉一枚を隔てた向こう側に二人の人物を確認する。背の高い男と嬉しそうに話している。自分の知らない渡辺がそこにいた。例の店長に違いなかった。


 ちぇ、結局男は顔と背丈かよ。和田はやり切れなくなって姿鏡に写った自分と比較してみた。そこそこ良い男が写っているではないか。姫はこの騎士の何処が不満なのだ。和田は竹刀と背負うと、早々に店を後にすることにした。同じタイミングで入口付近に座っていた男も立ち上がる。男は一度店内を振り返った後、静かにドアを開けて出ていった。和田もつられて振り返る。レジカウンターが見えた。続いてドアを開けて外に出る。数メートル先で男が駅前通りの道を進んでいた。


 今日はこのおっさんをつけてみようか。何となく気にかかった和田は、相手の歩調と合わせて数メートルの距離間を保つよう努めた。何回か大学生と渡辺を尾行していた時同様、自然な立ち振る舞いで対象者を追跡する。最初は五分くらいで相手を見失ったり、渡辺に気付かれたりしていたのだが、この前は遂に一切気付かれることなく姫を自宅まで見届けられた。その自信がいつになく和田を強気にさせ、大胆にも距離を縮めさせる。


 対象者の後ろ姿を確実に捕らえ、風を聞き、周りの景色と同化する。尾行は探偵の基本中の基本だ。男は一度も振り返る事なく駅の改札を通る。和田もその後を速やかに追った。ここまでは上手く行っている。和田は思わずスキップしたい気持ちを抑えた。


 男は改札をくぐると、ホームへ続く階段を下りずに正面のトイレへと入った。何だ、小便かよ。自分はトイレに行かず、売店の商品棚を眺めて時間を潰した。時折視線をトイレに向ける。……男の癖に遅いな。和田が興味のない雑誌を手に取り、パラパラと捲った所で男が出てきた。少し小躍り気味にステップを踏んでいる。髪型も、雰囲気も何だかさっきの男とは別人のように見えた。

 よっぽどスッキリしたのか? 和田が横目で男を確認する。男が一直線にこちらへ近づいていた。ちっ、売店で何か買うのか。和田はその場から逃げ出そうかとも考えたが、今動くのも変なので、あえて雑誌に目を通し続けた。男が和田の隣に並んだ。思わず顔が強ばり、心臓が高鳴る。こいつ、雑誌でも買うのか。和田は緊張で手や脇にびっしょり汗を掻いた。男から微かに鼻歌が聞こえる。


「君、何か用かな?」


 和田が顔を上げると、男もこちらを見ていた。尾行がバレていたのだ。和田は硬直したまま辛うじて目玉だけを動かす。男の口元は笑っているが、目は何処か違う所を向いている。自分を通り越した、その先の何かを見ているようだった。


「最後まではついて来られまい」


 男が鼻で笑って和田の手にしていた雑誌を取り上げると、勝手に棚に戻した。そして回れ右で突如走り出す。


「おい、ちょっと待てよ!」


 和田も一足遅れて売店から飛び出し、男の姿を追った。ホームへ続く階段を下りる。丁度列車が到着したのか、人の波が一気に押し寄せてきた。くそっ、このままでは男を見失ってしまう。邪魔臭い竹刀と鞄を振りかざして何とかホームへ降り立つが、既に肝心のターゲットを見失った後だった。けたたましい音が鳴り、列車が発車する。もしやこの電車に乗ったのか。和田は列車と並行して走り出した。出来る範囲で乗客を凝視していく。……いない。列車は呆気なく和田を突き放すと、そのまま線路に沿って加速していった。


 諦めた和田は足を止め、膝を押さえて両肩で呼吸を整える。全力疾走したので息が上がり、汗が大量に流れ落ちてくる。


「くっそぉ……」


 手で汗を拭うと、振り返ってホームを歩き始めた。挑発してきた奴の事だ、恐らくあの列車には乗らなかったのだろう。和田は男を探しながらホームの端から端まで歩いた。男はいない。また上へ上がったのか。和田が手すりを握りながら階段を上がりきると、そこはもう知らない人達で満ち溢れていた。

完全にしてやられた。やはりさっきの列車に乗られたか。和田は人気のなさそうな場所に荷物を置くと、そこへ座り込んだ。


 あいつ、何者なんだ? それになんて足の速い奴なんだ。鞄からペットボトルを取り出してぐいぐいと飲み干す。男が立ち寄ったトイレの入口が見えた。あの男、トイレから出てきた瞬間にまるで別人のようだった。あそこで何かあったのか。

 和田はお尻を払って立ち上がると、男子トイレに入った。駅の公衆トイレらしく、洗面台は水浸しで髪の毛やらティッシュやらが散らばっている。不潔だ。尿意でもない限り立ち寄りたくはない。和田は鼻を摘みながら簡単に見回すだけで出て行った。やはり何の変哲もない普通のトイレだ。おかしい。トイレに入るまでは絶対バレていなかったと思ったのに。和田は未練がましく何度も男が通ったルートを検証し始めた。


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