表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/20

situation.12 ナンセンスな男

 ありさは砂まみれのポーチ片手に、昇降口へと向かっていた。最悪。あんな女ったらしの和田に、うっかり話してしまった自分が悔やまれる。蒸れた髪を掻きむしった。


 あの告白だって真意は定かではない。どうせこの身体が目的だったのだ。何故男はそう言う目でしか見てないのだろうか。こっちが真剣に悩んで相談しているのに、和田の奴、そこにつけ込むような真似をして。あいつの前で泣くんじゃなかった。

 ありさは靴を履き替え、周囲に人がいないのを確認するとポーチの砂を払い落とした。中身は使えそうな物だけを取り出し、他はゴミ箱にあっさり捨てる。他人の悪意に満ちた私物を一秒でも早く目の前から取り除きたかった。ポーチは目立つので駅のゴミ箱にでも捨てようと思う。


『少なくとも、二人いる』


 和田の助言が引っかかる。誰かに見られているのは気のせいではない。忌々しいが、あいつの意見はもっともだった。ありさは鞄を抱え、注意深く周囲を見渡しながら帰路に着いた。真っ先に部屋のカーテンを閉めて回る。


『実は上手く立ち回りしてつけられていたのかも』


 そんなはずはないと信じたい。ありさは部屋の明かりを消して、そっとカーテンの隙間から外を覗いてみた。庭に植えられた金木犀の木と、家前の細い路地が見える。

 奥の電信柱の近くに誰かいる。ありさははっとして息を呑んだ。つけられていた。


「そんな……」


 和田の言うとおりだった。自分は誰かに尾行されている。いや、され続けていた。ありさはじっと薄暗い部屋の中で身動き出来ずにいた。不慣れな目で対象者の輪郭を追う。あいつがストーカーなのか。はっきり顔や服装は見えないが、あの背丈と身なりからして恐らく男性だった。身の毛がよだち、しばらく時間を静止させる。あれは、一体誰なの?


 静かに窓から離れると、ありさは携帯電話を開いた。今こそ警察に連絡すべきなのだろう。番号を入力しながら、自分を送ってくれた警察官を思い出す。あいつみたいなのが来たらどうしよう。また蔑ろにされるのではないか。それに両親にバレたら、必然的にアルバイトを辞めさせられる。娘の保護と言う口実で、一生この家に縛られ続けるかもしれない。


 ありさは躊躇した挙句、ダイヤルボタンを押さずに携帯を閉じてしまった。いざ通報するとなれば逡巡してしまう。自分をそこまで奮い立たせる勇気がない。もし今通報して、下手に相手を刺激してしまったら、それこそ終わりではないのか。和田はバイト先の客が怪しいと言っていた。家までつけてくるのだ。バイト先に来ないはずがない。

 ありさは震える身体を引きずって、もう一度窓の外を見た。男の姿はもうない。諦めたのか、それとも別の場所から自分を監視しようとしているのか。わからないし、考えたくもなかった。


 自分は誰かに狙われている。それだけははっきりとした。ありさは歯を食いしばって外を睨み続けた。めげてたまるものか、絶対に正体を突き止めてやる。恐怖の中にも不思議と対抗心が現れ、自然と荒々しい気分になる。舐めんじゃねぇ、びびってたまるものか。一人静かに拳を握りしめた。




 翌朝。ありさは防犯ブザーをポケットに突っ込むと、急ぎ足で駅へと向かった。今日は雨が降っている。赤い傘で顔を隠すように歩き始めた。注意深く耳を澄ますが、雨音が掻き立てるかの如く邪魔をしている。軽く頭痛もしていた。気圧が低いからだろう。ありさは顔を顰めると、空を憎んだ。ずっしりと厚い雲が太陽を覆い隠している。天気予報では今日一日中、雨が降るらしい。


 駅のホームでいつもの定位置に立つ。他にも同じ学校の生徒が何人かいた。楽しそうな笑い声が聞こえ、汚い地べたに堂々と鞄を置く。スカートが規定の膝丈から見て一年生だった。こいつらは何の危険を感じることなく生活している。腹立たしい。ありさは横目で他人との温度差を感じ取っていた。


 反対側のホームのアナウンスが鳴った。近くで踏切の音が聞こえ、列車が到着しようとしている。ありさはふと前に並んでいた男の姿を見た。紺のスーツを着た手元には、派手なポールスミスの紙バッグ。うちの常連客の一人だ。この駅から乗り合わせているのか。

 男はありさに気付くことなく電車に乗ると、手前の席に腰をかけた。夕方からバイトが入っているので、どうせまた会うことになるだろう。店長に会えるから嬉しい筈なのに、今日に限っては気分を滅入らせていた。それもこれも全部和田のせいだ。ありさは昨日の告白を思い出して軽く地面を蹴った。




 美波と一緒に昇降口へたどり着くと、昇降口前に一人の男子生徒が壁にもたれていた。和田知裕だ。恐らく自分を待っていたのだろう。昨日の今日でよく話しかける気になるものだ。傘をたたみ、雫を落としてから傘立てに突っ込む。和田がありさの姿を見つけるや否や、安堵した表情を浮かべた。


「渡辺さん、おはよう」


 美波に一瞬目を配ってから、ありさも「おはよう」と言い返す。気まずさに視線を少し落とした。今日一番に関わりたくない人物だった。


「おはよ。和田君、ありさに何か用なの?」


 美波が露骨に嫌な顔をする。


「そうなんだよねー。だから、ちょっと外れてもらえるかな?」

「……じゃあ、先に教室行ってるね」


 和田を冷たくあしらうと、一人先に靴を履き替えて行ってしまった。ありさも嫌な顔をした。


「用事って、何?」

「昨日の事、とりあえず謝ろうと思って」和田が真っ直ぐありさの目を見た。「軽率な発言をして悪かった。渡辺が怒ったのも無理はない。でも、僕はふざけてなんかいない。協力させてくれないか?」


 和田が外面で一人称を使い分けているのに気付いていた。女に話しかけるテクニックの一つだとでも言わんばかりに彼は堂々としている。変な役作りをして疲れないのかしら。ありさは自分より背の低い男の顔を見た。ぱっと見サル顔だが、全体的なパーツが整っているのでハンサムに見えなくもない。新條に似通った雰囲気がある。ありさは何処まで戯言なのか見極めようと構えた。


「協力してくれても、感謝はするだろうけど、何もしてあげられないわよ」


 さり気なく胸を隠す。和田が頷いた。


「分かっているよ。ただ、心配なんだ。本当に」


 思いのほか真剣な眼差しにたじろぐ。昨日あれだけ突き放したのにもかかわらず、まだ自分に取り入ろうとする。鬱陶しい男だ。女子の評判でも気にしているのだろうか。だとしたらつくづく呆れた男だ。


「もう関わらないでって言ったでしょ。あんた、しつこいわよ」

「それも充分分かっている。でも、俺は協力するって決めた。渡辺が嫌でも、事情を知ってしまった以上ほおっておけるかよ」


 口調が少し荒くなる。同じこと言わせるなってサインなのだろう。昨日の告白も真意なら、和田は自分の事が好きで守ろうとしている。ある意味、試す価値はあるかもしれない。


「……じゃ、勝手にすれば? 悪いけどそこ、退いてくれないかしら」


 しかし和田は動かない。


「今日は朝練があったから一時間程前に来たんだ。悪いけど渡辺の下駄箱を開けさせてもらった」


 勝手に語りだして人の下駄箱を開ける。そこに上履きは無く、代わりに来客用のスリッパが入っていた。


「そしたらお前の上履きが無かったんだ。周辺を探してみたけど、見つからなかった」


 悲しそうに結果を告げる。ありさも諦めを交えた表情で呟いた。


「……そう。一応探してくれてありがとう」


 今までのパターンからすれば、放課後に使えない状態で戻ってくるのは明らかだった。また余計な出費が嵩む。犯人をとっ捕まえたら、賠償請求しなければ。ありさはいつの間にか被害を合理化している自分に気が付いた。悲しみよりも怒りがこみ上げてくる。しばらくは来客用の下駄箱を使わせてもらうしかないだろう。


「心当たりのない相手にしてはしつこいな……昨日はあれから大丈夫だったか?」


 和田が鋭い視線をありさに向けた。一瞬事実を告げようかと思ったが、結局こいつの言う通りだったのが気に食わない。ありさは適当に頷いた。


「そっか……今日バイトはあるのか?」

「うん」返事をしてからしまったと顔を強ばらせる。「まさか、あんた喫茶店に来るつもりじゃないでしょうね」

「いや、そのつもりだけど」


 和田が呆気なく白状する。ありさはすかさず反論した。


「やめて、迷惑だわ。お願いだから来ないで。営業妨害で訴えるわよ!」


 ありさの態度に和田が怒った。


「何だよ、勝手にしろって言ったのはそっちだろうが」怪訝そうに顔を歪ませるが、やがて閃いたように口を開けた。「あ、分かったぞ。お前、好きな人にバレるのが怖いんだろ! 安心しろって、俺も馬鹿じゃない。ストーカーに潜り捜査がバレたらおしまいだからな。渡辺とは他人のふりでいてやるよ」


 そう言って下品な笑いを浮かべる。最悪。本当、こいつに話すんじゃなかった。ありさは憤怒してスリッパを床に叩きつけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ