situation.11 和田の憶測
教室に戻り、渡辺が慌てて自分の持ち物を確認する。和田も一緒に彼女の机とロッカーを確認してやった。
「どうやらポーチだけみたいだね」和田は探偵になった気分で椅子に腰掛けると、渡辺と向き合った。「それで、もう少し詳しく話してくれるかな?」
「うん。もうここまできたら、最近起きた事全部説明するわ。私も整理して考えたいし」
顎に手を添えながら、渡辺は最近起きた不思議な出来事を語りだした。まずはバイト先でリボンが無くなった事。そして上履きと体操服、化粧ポーチの件。帰りに不審者に追われた事を説明してくれた。
「不審者か……そいつ、男だった? それとも女だった?」
「……はっきりとは分からなかった。一度振り返ってみたけど、電柱の陰に隠れていたから」思い出そうと、眉間に皺を寄せる。「暗かったし、姿までははっきり見られなかったわ。でも、男だと思う」
「どうして?」
「足音がヒールでも、運動靴とかでもなかったの。どちらかと言うと私の履いている革靴っぽい感じで……ごめん、宛にならないわね」
渡辺が首を振った。
「いやいや、そう感じたなら男だよ、きっと」和田は腕を組んでポーチを眺めた。「でも、こいつの犯人は女だと思うな」
「……どうして?」
「感もあるけど、ポーチを狙う辺が女の仕業っぽいんだよな。それに男だったら、わざわざ盗んだ物を返さないと思うよ。特に体操服なんかは――――」
絶対夜のおかずになる。そんな事清純そうな渡辺に言える訳がなく、和田は口をつむった。
「とにかく、学校で起きたのは女の仕業だと思う。気になるのはバイト先で無くなったリボンだな。まだ見つかってないんだよね?」
「ええ。今は予備のリボンを付けているわ」
「下駄箱にも戻って来ていないって事は、それは別の奴の仕業かもしれない。無くなったのもバイト先だしな」和田は頭を捻って、自分なら渡辺をどうつけ回すか考えた。「もしかしたらリボンを盗んだ犯人と、不審者は同一人物かもしれない」
「えっ……どうして?」
渡辺がびっくりして和田の顔を見る。和田は話を続けた。
「不審者もとい渡辺のストーカーだったとしたら、考えられなくもない。恐らくバイト先にも出没しているだろうし……そのスタッフルームは、客席からも行けるのか?」
渡辺が気付いたように目を開いた。
「行けるわ……トイレの隣にドアがあるんだもの。でも、まさか客の中に不審者がいたって事?」
「その可能性もあるね」
「この話をした美波も言っていたんだけど、いつもドリンク一杯で何時間も勉強していく大学生が怪しいって」
「どんな身なりの奴だ?」
「黒いリュックサックを背負っていて、眼鏡もかけているし、如何にも勉強出来そうな感じの人よ。服装もちょっとダサい感じ」
「ふーん……それで追いかけられたのは、一回だけかい?」
「ええ……」
「でも、つけ回したのは何回かあるかもしれない。表立って追いかけたのは一回きりで、実は上手く立ち回りしてつけられていたのかも」
「やだ、変な事言わないでよ!」
立ち上がって教室の出入口や、窓の外を凝視する。しまった、変に脅して彼女を怖がらせてしまったか。和田は慌てて付け加えた。
「悪い、下手な事を言った。ごめん、これはあくまで仮定の話だから」渡辺を席に座らせると、再び語り出した。「でも、最悪の事態は想定しておいた方がいいと思う。さっき誰かに見られている気がするって言っていたけど、それは気のせいなんかじゃない。誰かが君の事を狙っているんだ、少なくとも二人の人物がね」
我ながら実にいい推理ではないか。もしかして自分にも探偵になれる素質があるんじゃねぇのか? 和田はすっかり高校生探偵の気分で、震えている被害者の手を握った。
「どうして、私が何をしたって言うのよ」
「理由は分からない。でも、狙われているのは確かだ。警察にも相談してみたんだよね?」
「うん……でも、まともに取り扱ってもらえそうにない感じだったし、事を大げさにしたくないから、ちょっと」
そう言って渡辺は目を伏せた。
「ああ、もしかして進路にも影響してくるかのか?」
「ううん、親がね……うるさいのよ。バイトのせいで夜遅いから、確実に辞めさせられる。それだけは嫌なの」
「渡辺を付け回した人物が現れるかもしれないのにか?」
困ったように目を配らせたが、やがて素直に頷いた。
「今のバイト先、楽しいんだもの。みんないい人達ばかりだし、それに――――」
言いかけて渡辺は口を閉ざした。和田はその仕草に直感した。
「なんだ、バイト先に好きな人がいるのか」
「えっ、そ、そんな事言ってないわよ!」
頬を紅潮させて否定する。随分と分かりやすい奴だな。和田は渡辺に対する興味が急に薄れて手を放した。
「じゃあバイト先は自分で用心するしかないな。せいぜい刺されないように気をつけるこった」
和田の態度に渡辺が怒った。
「何よ、急に酷い事言って。協力してくれるんじゃないの?」
まだ協力するとは言っていない。これだから都合の良いように解釈する女子は面倒臭い。が、事情を知ってしまってからには協力してやるしかないだろう。様子からみても渡辺の恋は片想いだ。この事件を解決すれば、自分の方に部が出来るのは間違いない。それに犯人探しは少し面白そうだ。
「じゃあ協力はするよ。でも、責任までは取れないな。犯人が分からなくても俺のせいじゃないし、もし渡辺の身に何か起こっても、俺のせいにするなよ。これでも一応剣道やっているが、相手が格闘技の達人でもしたら、手も足も出ないぜ」
「……わかったわよ。別にあんたに守ってももらいたい訳じゃないから」渡辺が呆れた様子で椅子にもたれた。「二人いるのよね、少なくとも」
「恐らくな。学校と、バイト先に。学校側は下駄箱を見張っていればその内しっぽを出すだろうが、問題はバイト先だな……よし、俺も客になりすまして、まずはその大学生をつけてみるか」
「つけるって、あんたが?」
渡辺が何とも頼りない視線を送ってきたので、和田はむっとした。
「俺しかいないだろう。何か文句でもあるのかよ」
「ううん……ただ、どうしてそこまで協力してくれるのかなぁと思って」
疑わしい目付き。自分が積極的な事に裏を感じ取ったのだろう。当たり前か。和田は開き直った。
「勿論ただじゃ引き受けないぜ。そうだなぁ、一回やらせてくれれば――――」
正面からビンタが飛んできた。
「最低! あんた達男子って、そんな事しか考えてないのね!」渡辺が顔を真っ赤にして立ち上がった。「あんたに話した私が馬鹿だったわ」
「待てよ、おい、冗談だってば。嘘嘘、そんなに怒るなよなぁ」叩かれた左頬を押さえながら和田も立ち上がる。「ちょっとでも雰囲気を和まそうとしただけじゃないか、落ち着けよ」
それでも半分は本気だったが。慌てて渡辺の腕を掴むが、物凄い勢いで振りほどかれた。
「触らないで。もう私に関わらないでよ」
和田を邪険に追い払うと、荷物を持って教室から出て行こうとする。ここで彼女を逃したら駄目だ。和田の本能が咄嗟に台詞を叩き出した。
「好きなんだ、渡辺のこと。守りたいんだよ」
渡辺が赤面した表情で突っ立っている。吐き出した和田自身もびっくりして立ち止まる。あれ、今とんでもない事言わなかったか? 彼女を引き止める為とはいえ、何故告白してしまったのか自分でも分からなかった。つられて和田も赤面する。
「いや……えと……その」
次にかける言葉が出ない。自分から告白したことはあるが、こんな突発的に口説いたのは初めてだった。頭が混乱している。恥ずかしい。穴があったら入りたいとはこういう気持ちだったのか。
「何よ、ちょっと自分がちやほやされているからって、自信過剰もいいところだわ」渡辺が赤目を釣り上げて睨む。「そうやって他の子にも言いふらしているのね、最悪!」
扉を思いっきり閉めて教室から出て行ってしまった。火に油を注ぐとはこういう事か。和田は一人取り残された教室にへたれ込んだ。日誌が落ちている。後で職員室に提出しに行かなければ。
「ははっ、俺、超かっこわりー」
そのまま仰向けに寝そべってみる。薄暗い天井と冷たい蛍光灯が見えた。




