獣医じゃないんですよ
「狂犬病?」
お頭の訝しげな声に夏希は我に返った。
「・・たぶん、そうだと思う」
「・・で、それはどんなモノだ?」
言い辛い。狂犬病に感染した人は高確率で死亡すること。あったとしても、それは現代の医療のおかげである。このような何もないところでは更に死の確立が増えるなど。
「いい、言え」
言い辛そうにしている夏希を見てお頭は悟ったように促す。拳を握りしめて覚悟を決めている。そのような表情を見て夏希はそっと口を開く。
「獣医ではないからなんとも言えないけれど、多分これは狂犬病っていう病気だと思う。何かの哺乳類にこの子は噛まれなかった?それにこの子は他の狼さん達を舐めたり噛んだりした?もしそうなら他の狼さん達にも移っていると思う」
「俺達がそう簡単に噛まれるわけが・・いや、待てよ。こいつ確か蝙蝠に引っ掻かれてたな。でもそれは・・」
「蝙蝠みたいな野生生物でも感染源になるよ」
まだ納得は言っていないお頭に更に夏希は現実を突きつける。
「そして狂犬病は治る確率がゼロに近いの」
お頭から目を反らして苦しんでいる雌の狼を見つける。
症状が現れて2日ということは、だいたい潜伏期間は2週間くらい。まだ助かる可能性はゼロではないけれど、何も無いここではゼロになってしまう。
夏希は、とりあえず獣の姿よりも、と雌の狼に人間の姿になるように促すがお頭に止められた。
「人間の姿になるには多少なりとも体力がいる。今のこいつじゃ、無理だ」
できないものは仕方がないと夏希は早々に諦めて、雌狼と視線を合わせるようにして腰を下げる。しかし噛まれないように一定の距離をあける。
「とりあえず、引っ掻かれたところは?」
「ここだ」
毛に覆われて見難いが、右の前足に小さな傷がある。
良かった、と安堵する。狂犬病は脳に近い程、早く症状が進んでしまうのだ。
しかしその傷が膿んでいるみたいなので、お頭に水を持ってくるように指示を出す。
「きっと水を嫌がるけれど、顔には濡らさないで。足だけをしっかり洗って。あとはエタノール代わりになるような、そうお酒もお願い。暴れると思うけど、絶対に抑えて。それと口と手足も何かで縛った方がいいかも」
「こいつを縛るって言うのか?」
「この子一人を縛らないと他の狼さん達にも感染する可能性が高くなる。あなたは、この群れの長としてそんな判断ができるの?」
確かに仲間を縛るのは私だって抵抗がある。しかしこれも周りに影響を及ばさないようにするためなのだ。
とりあえず傷を綺麗にしないと、そこからまた菌が増えてしまうかもしれない。
用意する物を頭の中で考えていると、お頭が横の壁を力強く叩いた。その衝撃で雌狼が怯えている。
「ちょっと、お頭・・」
「いいか、こいつは俺の嫁だ。絶対に治せ」
「・・絶対とは言い切れない。けれど、最善を尽くす」
睨みつけるように夏希の瞳を射抜く。夏希は心臓が激しく鳴るのを抑えながらも反らさずに答える。すると、お頭は必要な物を用意するために背を向けて他の仲間たちに指示を出しにいった。




