おぼこ
最近はフィナのセクハラにもジョージの甘え攻撃にもアベルの猪突猛進ぶりにもフランシスの変態発言にも漸く慣れてきた。
夏希は城に彼らを残し、一人で城下の探索に出かけている。
本当は今日は気分が悪いから部屋でじっとしているなんて嘘をついたのは秘密だ。そうしないとアベルとジョージ辺りがしつこい。
アベルに何度も案内してもらったのだから、そろそろ一人で行けると踏んだのだが、あっけなく反対をされたので反抗的な夏希は一人で行けるやいっと思って来た。
だがそれをものの10分で後悔する羽目になると知っていたらアベルとジョージと一緒に手を繋いで歩いていたのに。
「のぉぉぉぉ!! い、犬!」
叫んだ夏希の目の先には草陰にじっと身を潜めていた真っ黒な大きい動物かがいた。暗闇に輝く黄色の瞳は確実にこちらを見ていることが窺える。
「やばい、やばい。こっち見てる!」
耳が夏希の叫び声に反応して動いているのを見ているのに夏希はパニックから叫ばずにはいられない。
「犬嫌い、いやぁ!」
「グルル」
「吠えたぁ!」
吠えた、というよりも喉元を震わせて唸った、が正しい表現だが自称成績が良い夏希は頭を働かせることなく身体を震わせて兎に角、脱兎の如く逃げようとクラウチングスタートの体勢を取る。
(よーい、うどん!)
頭の中でピストルを鳴らし、部活で鍛えた足を前へ前へと出す。
・・しかし夏希は忘れていたのだ。動物の本質を。
動物、特に捕食者は相手が背を向けて逃げると本能から後を追ってくる、と。
案の定、後ろから黒い塊が迫り、体当たりを背中に受けた。
「いってぇぇぇぇぇぇぇ!!」
何すんじゃ、と怒鳴ろうと後ろを振り返ると夏希に鼻先に今から食いかかろうとしている犬の牙が見える。そこから涎を垂らし、今からお前を食うぜ的な雰囲気を醸し出している。
「や、やめて! 夏希は美味しくないよ、其処ら辺のミミズの方がまだ美味しいヨ!」
夏希の背中に身体を乗せて、前足を頭の上に乗せる犬に何故か恐怖を抱く。
そ、そうか。犬さんも人間の姿になれる筈。せめて人間になって下さい。
「あ、あの・・差し出がましいのですが、もし宜しければ人間の姿になって欲しいな、なあ~んて・・」
「ぎゃおん!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい! 生きててすみませんでした!」
どうやら相手は人間の姿にはなってくれないらしい。
でも夏希もそろそろ限界かもしれない。今まで動物嫌いに少し慣れたとはいえ、その動物は夏希の上にどかりと足を置いているのだ。
押さえていた悲鳴がそろそろ出る、というか出してみせる。
「犬なんて嫌いだあああああああああああ・・・うっ!」
大きな声で叫んでいる途中で後ろで光って浅黒い大きな人間の手が夏希の口を塞いだ。だが腹を地面に付けてうつ伏せになっている夏希には相手の姿を見ることが出来ない。ただ相手は確実に裸なことは分かった。
「ふがっ・・」
何するんですか、と口を開こうにも何か生臭さが辺りを漂う。それに混じって後ろから男臭さを感じる。
「おいおい、お嬢ちゃん。少しは静かにしてくれよ。俺は下賤な犬じゃねえ。狼だよ、オオカミ。俺様の耳にはお前のキンキンする叫び声はちょっとばかりきちぃな」
なかなかハスキーな声を耳の間近で感じられ肩を竦める。しかも男が口を開く度に何やら先程感じた生臭さが強烈に感じられる。鼻で直に吸ってしまったので吐き気が込み上げてくる。
どうせなら口じゃなくて鼻を押さえてもらいたいものだと合図するが相手に伝わった様子は無い。
「お嬢ちゃんはフランシスと仲が良いよなぁ。それに弟のアベルも、な」
唯の知り合いですと首を盛大に振るが相手は納得してくれた様子はない。
「おいおい、それはあいつらが可哀そうだろう。昨日も一緒に午後にお菓子を食っていた仲なのにな」
「ほごほご? ふぉごふあららあふぉふぉ」
「・・わりい、分からん」
「ふぉごお、ふあふぉおふぉふぉごごうぉ」
「・・まあいいや、ちょっとばかし付き合えよ」
そう言うと相手は夏希を俵のように背中に担ぐ。その拍子に鼻を相手の引きしまった背中にぶつけたが、相手はびくともしない。
しかも、これまた引きしまったお尻が目に入り思わず目を逸らすが視界の端に入ってきてしまう。
「下半身ぐらい隠してよ!」
「ああ? 別に減るもんじゃねえだろ」
「乙女の羞恥心が減るんです!」
「ったく、女ってのはこれだから面倒だな。娼館みたく女は黙って足でも広げてりゃ可愛いもんだろ」
その瞬間、夏希は怒って、相手の背中に勢い良く噛みつく。歯型が残るようにがっちりと噛んだ。
「いってえ! 何しやがる、この女!?」
その拍子に投げ出された夏希は受け身を取る間も無く、腰を強かに打って息が止まった。
「ったぁ・・! 何すんの、はこっちの台詞だっての! 女は黙って男に跨って腰でも振ってよがってろ、なんてふざけたこと言ってんじゃないっつーの!」
「・・そこまで言ってねえけど」
夏希は腰を擦りながら起き上り相手を威嚇するように睨みつける。
初めて男を正面から見るが、男はとにかく浅黒い肌だ。それに夏希より遥に大きい。見上げる形になりながらも指を突き刺し、怒鳴る。
綺麗な黒髪は浅黒い肌にマッチしていて男臭さを更に出して猛禽類のように鋭い黒い瞳に捕らわれそうになる。スラリとした四肢と引きしまった身体。しかも男は惜しみも無く下半身を出している。
「おい! 下半身を隠せ! 私が恥ずかしいだろうに!」
「ははーん、さてはお前、おぼこだな」
・・・おぼこ?
夏希は下半身を見ないで考える。
ぽくぽく、ちーん・・。わかった、おぼこは省略語だな。最近何でもかんでも略したがりだもんな。おぼこ、おぼこ・・・おお、ぼっこい。
「私は、ぼっこくないぞ!」
どこが古ぼけているんだ。確かにこのジャージは、ぼろいかもしれないが、これは努力の結晶だ。だから言われても恥じ入ることは無い。
「お前、おぼこ知らないな」
「知ってるもん!」
「・・嘘つけ」
どこか呆れたように呟く男に憤怒の形相で夏希は腰に手を当て男を見据えた。




