第11話 汚れなき処刑人の肖像
鼻を突く消毒液の匂いと、規則的に刻まれる心電図の電子音。朝霧紫音が重い瞼を開けたとき、視界に入ってきたのは、あまりにも白すぎる病室の天井だった。
「……っ、つ……」
わずかに体を動かそうとしただけで、全身を焼くような激痛が走った。折れた左腕は石膏で固められ、肋骨や足にも幾重もの包帯が巻かれている。鬼灯ヤマトの暴力と、九条シキの冷徹な一撃、そして限界を超えて引き出した「根性」の代償は、15歳の少年の体にはあまりにも重すぎた。
「動かないで、紫音くん。……まだ、眠っていていいんだよ」
耳元で、濡れたような甘い声がした。
視線を向ければ、ベッドのすぐ横に琴音が座っていた。彼女の瞳には深い隈があり、頬はこけている。けれど、僕を見つめるその眼差しだけは、暗い沼の底で燃える鬼火のように爛々と輝いていた。
「琴音……。みんなは……」
「私達なら、ここにいるわ。あなたの『管理』を、他人任せにするわけにはいかないもの」
反対側から、アイリが静かに立ち上がった。彼女はいつもの制服ではなく、どこか家庭的なエプロンを身に着け、手には細かく刻まれたリンゴの皿を持っている。
「朝霧くん、あなたのバイタルデータは私の端末と直結させてあるわ。心拍数が1でも乱れれば、すぐにわかるようになっているから……安心して」
アイリの言葉は一見理知的だが、その「安心」という言葉の裏には、24時間体制で僕を監視し続けるという執念が透けて見えた。
しばらくの間、紫音には「絶対安静」という名の、少女たちによる徹底的な奉仕生活が課せられた。
食事はすべて琴音かレナによる「あーん」で運ばれ、身体を拭くのはアイリの厳密なスケジュール管理のもと、四人が交代で行う。
トイレに立とうとすれば、レナが「私が背負っていきます!」と血気盛んに駆け寄り、読書をしようとすればリュカが「私が……読み聞かせます……」と、耳元で熱い吐息を漏らしながら物語を紡ぐ。
「先輩、お粥ですよ。藤沢師範に教わった、滋養強壮に効く特製です。……はい、熱いから、私がふーふーしてあげますね」
レナがスプーンを口元に寄せる。彼女の手もまた、ヤマトとの戦いで負った傷で包帯だらけだった。それなのに、彼女は自分の痛みなど忘れたかのように、僕の口元を愛おしそうに見つめている。
「……レナ、自分も怪我してるんだから、休んでよ」
「ダメです! 先輩を守れなかった私が、せめてこうして役に立たないと……。私、先輩が元気になったら、もっともっと、誰にも負けないくらい強くなります。……先輩を、私の腕の中から、二度と逃がさないくらいに」
レナの真っ直ぐな瞳。それはかつての憧憬を超え、僕を「守護」という名目で幽閉しようとする騎士の決意だった。
夜。消灯時間を過ぎた病室は、月明かりだけに照らされた密室へと変わる。
「……朝霧くん。起きてる?」
シーツの擦れる音と共に、リュカがベッドの端に腰掛けた。彼女は僕の無事な方の右手を、両手で壊れ物を扱うように包み込む。
「図書室の……データベース、全部書き換えておいたよ。……冷泉たちが、二度と紫音くんに近づけないように。……学校のカメラも、全部私が握ってるから……。……これからは、私だけを見ててくれる……?」
リュカの細い指先が、僕の掌をなぞる。内気だった彼女の「愛」は、デジタルという武器を得て、僕の周囲から「自分たち以外の世界」を遮断する、見えない壁へと変質していた。
その時、病室のドアが音もなく開いた。
入ってきたのは、アイリと、大きな魔法瓶を手にした琴音だった。
「あら、早見さん。夜間の面会時間は過ぎているはずよ。……まあいいわ。朝霧くん、特製のハーブティーを持ってきたわ。これを飲めば、深く、心地よい眠りにつける……」
「……紫音くん。アイリちゃんの言う通りだよ。……起きてると、痛いことばかり考えちゃうでしょ? ……眠っている間だけは、私の夢を見て。……夢の中なら、誰にも邪魔されずに、ずっと二人きりでいられるから……」
琴音が僕の額にそっと唇を寄せる。その瞬間、四人の少女たちの視線が、暗闇の中で一点に重なった。
かつての「ヒロイン」たちは、もうどこにもいない。僕を巡って争い、僕を奪い合い、そして僕を「守る」という目的で結託した彼女たちは、僕という存在を支柱にして成り立つ、美しくも歪な共生体へと進化していた。
ボロボロになった僕の体は、彼女たちの過剰なほどの看病によって癒されていく。けれど、体が治れば治るほど、彼女たちの「愛」という名の鎖は、より深く、僕の精神に食い込んでいく。
「……ああ、紫音くん。……ずっと、このままでいられたらいいのにね」
琴音の囁きを最後に、ハーブティーの香りに誘われるように、紫音の意識…




