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NTRから始まる鬱ルートを回避するのに必死過ぎて、ヒロインが激重感情を持ち始めた話  作者: アルファベータ
第1部

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第10話 不屈の称号、泥濘の咆哮

雨は激しさを増し、視界を白く染め上げる。泥まみれで倒れ伏す藤沢師範の傍らで、紫音はただ静かに、ヤマトを見見据えていた。


「ハッ、その構え……。ジジイの猿真似か? それとも、女共に守られて覚えたお遊びか!」


 ヤマトが爆発的な踏み込みを見せる。コンクリートの地面を蹴り上げ、水飛沫と共に放たれた右拳が、紫音の顔面を粉砕せんと迫る。


 ――スッ。


 紫音の首が、紙一重でその軌道を逸れた。

 

 藤沢師範との修行で研ぎ澄まされた観察眼。相手の肩の揺らぎ、視線の走る先、踏み込む足の角度。前世で培った「フラグ読み」の思考が、現実の戦闘ログとして脳内を駆け巡る。


「……遅いンだよッ」


 紫音の掌底が、ヤマトの肘を跳ね上げた。重心を崩したヤマトの懐に滑り込み、師範直伝の重い一撃を脇腹へ叩き込む。


「ガハッ……! てめえ……!」


 ヤマトが後退する。だが、その瞳にはさらなる狂気が宿った。暴力の天才であるヤマトは、即座にリズムを変える。先読みを嘲笑うかのような、野生の勘による「理不尽な連撃」が紫音のガードを突き破った。


 ――バキッ。


 紫音の左腕に鈍い衝撃が走る。骨にヒビが入る音が、雨音に紛れて聞こえた。


「先読みだか何だか知らねえが、壊しちまえば関係ねえんだよ! 立てよ、蹂躙の時間だ!」


 ヤマトの猛攻が始まる。一撃一撃が岩を砕くような重さだ。紫音の身体は悲鳴を上げ、視界が火花を散らす。意識が遠のきかける中、苦い記憶が蘇る。


(……ああ、またか)


 前世。物語の結末を見届けられず、ただ奪われるだけだった「春野陽太」としての絶望。だが、その記憶の底から、システムメッセージのような懐かしくも新しい感覚が奔った。


 それは未完の物語を書き終えようとした執念の果てに獲得した、唯一の、そして最高の称号。


【称号:根性】


「……まだだ」


 紫音の瞳に、青白い炎が灯る。

 折れた腕の痛みも、肺を焼く酸欠も、すべてを「かすり傷」程度に置き換え、精神が肉体の限界を強制的に上書きする。


「……なんだ、その目は! 死に損ないの分際で!」


 ヤマトが最大級の回し蹴りを放つ。紫音はそれを避けない。折れた左腕を盾にし、骨が軋む音を無視して蹴りを受け止めた。


「――っ!?」


「……やっと、捕まえたぞ、鬼灯」


 驚愕に染まるヤマトの顔面を、紫音の右拳が真っ向から捉えた。先読みによる回避ではない。痛みを食いしばり、一歩も退かずに打ち合う、泥臭くも圧倒的な「不屈」の一撃。


「が、はっ……あ……!」


 ヤマトの巨体が、初めて泥水の中に沈む。

 暴力の天才に「敗北」の二文字を叩きつけ、紫音は折れた腕をだらりと下げたまま、静かに次の構えを取った。


「……いや……まだ、これからだ」


 立ち上がろうと足掻くヤマト。その背後の闇から、一振りの傘が差した。


 冷泉トオル。


 以前の敗北などなかったかのような、歪んだ笑みを浮かべて彼は立っていた。


「やあ、朝霧君。素晴らしい戦いぶりだね。……まるで、相反する二人の騎士様のようだ」


「……冷泉……!」


 紫音が冷泉を睨みつける。その瞳には、かつての困惑も戸惑いもない。ただ、底の見えない、静謐な「怒り」が沈殿していた。


 遠くからはパトカーのサイレンと、僕を呼ぶ琴音たちの叫び声が近づいていた。



◇◆◇


 叩きつけるような雨は、すべてを洗い流すどころか、流れた血を泥と混ぜ合わせ、より深い絶望の色彩で塗りつぶしていく。


 泥水に沈んだ鬼灯ヤマト。その背後に立つ冷泉トオルは、漆黒の傘を差し、まるで見物客のような余裕を崩さない。


「素晴らしいよ、朝霧くん。君の『根性』には、僕の計算さえも僅かに狂わされた。……だが、不完全燃焼だね。君がボロボロになればなるほど、僕の心は……渇いてしまうんだ」


 冷泉が指を鳴らす。


 すると、彼の影から、一人の女が音もなく姿を現した。濡れた黒髪をタイトにまとめ、軍服を思わせる機能的なスーツを纏った女。その瞳には感情の欠片もなく、ただ「効率」だけを追求する機械のような冷たさが宿っている。


「……紹介しよう。僕の家が飼っている、最高の『掃除屋』だ。……九条シキ。彼女にとって、君のような素人の格闘は、赤子の泣き声に等しい」


 九条シキと呼ばれた女が、一歩、前に踏み出す。

 その瞬間、紫音の全身に、ヤマトの暴力とはまた違う、静かな死の予感が奔った。


「ターゲット確認。……朝霧紫音。四肢の損壊を優先し、無力化します」


 シキは明らかに人であるが、人間らしさが薄れかけている。シキの言葉に、紫音は折れた左腕を庇いながら、右拳を握りしめる。だが、限界を超えた肉体は、もはや言うことを聞かない。視界が急速に狭まっていく。


 ――その時だった。


「――紫音く…

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