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NTRから始まる鬱ルートを回避するのに必死過ぎて、ヒロインが激重感情を持ち始めた話  作者: アルファベータ
第1部

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閑話③ 四重奏のピエタ

 藤沢道場の床は、冬の冷気を吸い込んで硬く冷えている。だが、その空間だけは、二人の男から発せられる熱気で陽炎が立つようだった。


「……構えを解くな、紫音。殺す気で来い」


 藤沢師範の低く太い声が、静寂を打つ。僕は荒い息を整えながら、師範の喉元を、あるいは重心の僅かな揺らぎを凝視した。


 格闘技を始めて数週間。僕の身体は、前世の記憶にある「物語の知識」ではなく、純粋な「筋肉の記憶」を刻み始めていた。


 相手がどう動くか、どこに隙ができるか。ゲームのフラグを読み取るように、師範の肩の筋肉の収縮から、次の一撃を予測する。


「――っ!」


 師範の踏み込み。

 速い。だが、止まって見える。


 僕は半歩下がりながら、師範の突きを左手で受け流し、その勢いを利用して懐へ潜り込んだ。


「ほう……!」


 師範の目が見開かれる。僕は拳を師範の鳩尾へ突き出そうとした――が、寸前で動きを封じられた。


 師範の巨大な掌が、僕の拳を包み込み、そのまま僕の体を軽々と持ち上げて床へ転がす。


「……ぐっ!」


「いい反応だ。予測の精度が異常に高い。……だが、紫音。お前は『理屈』で動こうとしすぎている。格闘はただ計算するだけじゃない。もっと泥臭く、生き残るための本能を剥き出しにしろ」


 床に背中を打ちつけた僕の視界に、道場の隅で見守る少女たちの姿が入った。


「紫音くん、大丈夫!? ……あ、もう、そんなにボロボロになって……」


 琴音が、救急箱を抱きしめたまま、今にも飛び出してきそうな顔で僕を見つめている。その瞳には、僕の痛みを自分のものとして受け止める、共依存の光が宿っている。


「水瀬さん、邪魔よ。……朝霧くん、今の受け流し、角度が甘いわ。筋肉の疲労度から見て、あと数分で限界ね。……でも、その限界の先を見せて」


 アイリはストップウォッチを片手に、冷徹なまでの「管理」を続けている。だが、その指先が僅かに震えているのを、僕は見逃さなかった。


「先輩! 今の、格好よかったです! 重心の移動、私よりスムーズでしたよ!」


 レナが道着の裾を握り、興奮した様子で声を上げる。彼女は僕の中に眠る「武の才能」に、かつての憧憬以上の、魂の共鳴を感じているようだった。


 僕が強くなればなるほど、彼女たちの僕への依存は、より強固な、より「純粋な」ものへと研ぎ澄まされていく。


「……もう一本、お願いします」


 僕は立ち上がり、再び構えた。


 藤沢師範は満足げに頷き、その構えを深くする。


「いいツラだ。……お前の中に眠るその『ポテンシャル』、俺が全部引き出してやるよ。……鬼灯ヤマトやらを、ただの野犬に見せるくらいにな」


 修行の合間に、道場の開かれた窓から、リュカが静かに差し入れのスポーツドリンクを置いた。


 彼女は何も言わない。けれど、僕のドリンクのボトルに添えられた小さな付箋には、『負けないで』という切実な願いが記されていた。


 汗が床に滴る音。重なる呼吸。


 僕は、彼女たちの祈りと、師範の拳を受け止めながら、自らを鍛え上げる。蹂躙されるだけの「主人公」は、もう終わりだ。



◇◆◇


 藤沢師範との地獄のような猛稽古が終わり、道場には重苦しい沈黙と、焼けるような熱気が残っていた。


 僕は全身の筋肉が悲鳴を上げるのを感じながら、仰向けに床へ倒れ込む。荒い呼吸を繰り返すたび、肺の奥が熱く疼いた。


「……終わったわね。朝霧くん、心拍数が180を超えているわ。すぐにクールダウンが必要よ」


 視界を遮るように、アイリが真上から覗き込んできた。眼鏡の奥の瞳が、計算高い冷徹さを脱ぎ捨て、潤んだ熱を帯びている。彼女は僕の胸元に冷たいタオルを置くと、そのまま僕の体を起こし、背後から抱きしめるように支えた。


「……っ、内田さん?」


「動かないで。私の体温で、あなたの異常な熱を中和しているだけよ……」


 アイリの細い腕が僕の肩に回される。ブラウス越しに伝わる彼女の肌は驚くほど滑らかで、それでいて、激しく脈打つ僕の背中に、彼女の柔らかな膨らみが押し付けられた。


規律を重んじるはずの彼女が、今はわざと、逃げ場のないほど密着してくる。


「……紫音くん、ずるいよ。アイリちゃんばっかり」


 反対側から、琴音が濡れた瞳で這い寄ってきた。彼女は僕の膝の上に座り込むと、火照った僕の首筋に、自分の冷えた指先を這わせる。


「私の方が、紫音くんの『痛み』をわかってるのに。……ねえ、もっとこっち向いて? 私の……私の全部で、癒してあげるから」


 琴音が僕の首筋に顔を埋め、深い吐息を漏らす。湿った舌先が僕の鎖骨をなぞり、彼女の豊かな胸元が、僕の腕を包み込むように圧迫した。甘い香水と、少女特有の甘い匂いが、道場の汗の臭いを塗りつぶしていく。


「あ、あの……皆さんはしゃぎすぎですよ! 先輩は修行で疲れてるんですから!」


 レナが顔を真っ赤にしながら、僕の正面に陣取った。彼女は「マッサージ」という名目で僕の太腿を掴むが、その指先は震え、力加減が定まっていない。


「私……空手部の知識で、効率的なマッサージ、知ってますから! ……ほら、ここ、硬くなってますよ、先輩……」


 レナが僕の体を自分の方へ引き寄せようとした拍子に、彼女の鍛えられた、けれど確かな柔らかさを持つ胸が僕の胸板に強く当たった。道着の隙間から覗く、汗に濡れた白い肌。健康的な色香が、僕の理性をじわじわと削り取っていく。


もう、やめてくれ……と願うばかりだ。


「……あ。あの……お水……冷やしておきました……」


 リュカが、震える手でスポーツドリンクを差し出す。彼女は他の三人の勢いに押されながらも、僕の耳元に口を寄せた。


「……朝霧くん。……私、お家で……もっと……ゆっくり、マッサージの練習……してきたんです。……今夜……いい、ですか?」


 耳元で囁かれる湿った声。


 背中にはアイリの圧迫、腕には琴音の狂気的な密着、正面にはレナの弾力のある感触。


 ヤマトに勝つための力を手に入れたはずなのに、僕は今、四人の少女たちの「愛欲」という名の、底なしの沼に沈みかけていた。


 修行の疲れで抵抗できない僕の体は、彼女たちの熱い吐息と、柔らかな肌の感触に蹂躙されていく。


「……紫音くん、顔、赤いよ? ……もっと、熱くしてあげようか」


 琴音の囁きと共に、道場の照明が、アイリの手によって「誤って」落とされた。


 暗闇の中で、五感だけが異常なほど鋭敏に研ぎ澄まされていく。



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