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NTRから始まる鬱ルートを回避するのに必死過ぎて、ヒロインが激重感情を持ち始めた話  作者: アルファベータ
第1部

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第9話 牙を研ぐ救世主

 鬼灯ヤマトとの激闘から数日。学園には、薄氷の上に成り立つような、歪な「日常」が戻っていた。


 ヤマトはあの日以来、「次はもっと殺意を込めてこい」という言葉を遺し、嵐が過ぎ去ったかのように姿を消している。


 だが、彼が刻んだ暴力の爪痕は、僕を囲む少女たちの関係を劇的に変質させていた。


「紫音くん、あーんして。レナちゃんが作ってくれた、高タンパクな特製のおにぎりだよ」


「水瀬さん、勝手に食べさせないで。朝霧くんの咀嚼回数と消化効率は私が管理しているわ。はい、朝霧くん、まずはこの酵素ドリンクから」


 昼休みの屋上。そこは今や、一般生徒の立ち入りを禁じた僕たちの「聖域」と化していた。


 ヤマトに殴られ、腫れの引いた顔で微笑む琴音。そして、全身に包帯を巻きながらも凛とした表情を崩さないレナ。


「……二人とも、もういいよ。自分で食べられるから」


「ダメです! 先輩は、私たちの希望なんですから。……ね、琴音さん?」


「ええ、そうだよレナちゃん。紫音くんが倒れたら、私たちの世界は終わっちゃうもんね」


 かつては殺し合わんばかりの勢いだった彼女らが、ヤマトという「共通の強敵」を前に、僕を共有し、守護するという歪な共同戦線を張っていた。


 特に、琴音の狂気的な独占欲と、レナの真っ直ぐすぎる正義感。それが「紫音を守る」という一点において、おぞましいほどの相乗効果を生んでいる。


「……朝霧くん。ヤマトの動向は依然として不明よ。けれど、彼の取り巻きたちの動きはリュカさんが監視してくれているわ」


 アイリがタブレットをリュカに向ける。


 リュカは僕の影に隠れるようにしながら、小さな声で報告を続けた。


「……はい。図書室の端末から、学園内の防犯カメラのログを……解析しました。ヤマトさんは、放課後に旧市街の廃工場に集まっているみたいです。……朝霧くん、気をつけて……」


「ありがとう、リュカ。……みんな、僕のためにすまない」


 僕がそう言うと、四人の少女たちの視線が一斉に僕に注がれた。


 執着、崇拝、憧憬、恋慕。


 色とりどりの、けれどどれもが重く、逃げ場のない感情の渦。NTRルートを回避し、冷泉を退け、ヤマトの強襲を凌いだ。


 本来なら、これは「ハッピーエンド」へ向かう道筋のはずだ。だが、僕の周りには、僕を愛するがゆえに「普通」であることを捨てた少女たちが増えていく。


「紫音くん、放課後は一緒に帰ろうね? レナちゃんとアイリちゃんが、前後を固めてくれるって」


「……ああ。わかったよ」


 僕は、彼女たちの「愛」という名の防衛網に包まれながら、校庭を見下ろした。ヤマトは引いた。冷泉も沈黙している。


 けれど、この静寂こそが、次の「蹂躙」がより凄惨なものになることを予感させていた。


 ――僕が守りたかった平穏は、もうどこにもないんだ。あるのは、僕を神格化し、食らい尽くそうとする美しき怪物たちの楽園だけだ。



◇◆◇


 ヤマトの圧倒的な暴力を目の当たりにし、僕は痛感していた。知略やデータのバックアップだけでは、剥き出しの「野生」には勝てない。琴音が殴られ、レナがボロボロになったあの光景を、二度と繰り返すわけにはいかない。


「……紫音先輩。私、考えたんです。先輩も、護身術を始めてみませんか?」


 放課後の道場。レナが包帯の巻かれた手で、僕の袖を真剣な表情で引いた。彼女の瞳には、僕を守りきれなかった悔恨と、共に強くなりたいという切実な願いが混ざり合っている。


「レナの言う通りよ、朝霧くん。あなたの生存戦略に、物理的な防衛手段を組み込むべきだわ。……幸い、適任者がいるわ」


 アイリが眼鏡を押し上げ、一枚の紹介状を差し出した。向かったのは、学園から少し離れた場所にある古びた、けれど手入れの行き届いた武道場。


とても緊張はするが、自分の為。

いや、皆の為だ。


「ほう。お前がレナの言っていた『朝霧紫音』か。……ひょろっとしてるが、いい目をしているな」


 そこにいたのは、レナの親戚であり、格闘技界ではその名を知らぬ者はいない実力者

――藤沢翔吾ふじさわ しょうご


 岩のように鍛え上げられた肉体と、すべてを見透かすような鋭い眼光を持つ男だ。


「藤沢師範……。よろしくお願いします。僕に、自分と彼女たちを守る力を貸してください」


 僕は深く頭を下げた。


「良いだろう。ただし情けはかけんぞ。」


それからというもの、ほぼ毎日、稽古に励んだ。稽古は地獄だった。体力の限界を何度も超え、泥を這いずるような毎日。


 だが、数日後の組み手で、藤沢師範が僕の動きを止めてニヤリと笑った。


「……ほう。驚いたな。お前、自分の重心の制御が異常に上手い。……それに、相手の動きを先読みする『観察眼』がズバ抜けている。……ポテンシャルは十分だ。数ヶ月もあれば、並の有段者じゃ相手にならなくなるぞ」


「……本当ですか、師範」


「ああ。お前には、天性の『戦いのセンス』が眠っている。……あるいは、死線を何度も潜り抜けてきたような、奇妙な落ち着きだな」


 僕が前世の記憶を頼りに積み上げてきた「予測」の能力が、格闘技という実戦の場で開花し始めていた。


 レナは僕の成長を自分のことのように喜び、琴音は僕が強くなる姿を「私を閉じ込めるための力」だと解釈して、恍惚とした表情で眺めている。


 一方その頃、学園の地下駐車場。漆黒の高級セダンの影で、二人の男が対峙していた。


「……何の用だ、冷泉。俺は忙しいんだよ。次はあの女と朝霧をどう蹂躙するか、考えてるところでな」


 不機嫌そうに吐き捨てる鬼灯ヤマト。その前に立つ冷泉トオルは、以前の余裕を取り戻したような、不気味な微笑を浮かべていた。


「やあ、ヤマト。君の戦いぶりは拝見させてもらったよ。……だが、力だけでは『朝霧紫音』という男は堕とせない。……彼は今、牙を研いでいる」


「……あ?」


「取引をしよう。……君には、さらなる『自由』と、彼らを追い詰めるための『舞台』を用意してあげる。……その代わり、僕の指示に従ってもらうよ。……彼を肉体的に壊すだけじゃつまらないだろう? ……精神から、尊厳から、すべてをバラバラに分解するんだ」


 冷泉が差し出したのは、ある一枚の資料。そこには、藤沢師範の道場や、ヒロインたちの交友関係を網羅した、緻密な「包囲網」の図が描かれていた。


「……ふん。まあいい。面白そうじゃねえか、冷泉。……その取引、乗ってやるよ」


 僕が力を蓄える裏側で、知略の怪物と暴力の獣が、最悪の手を組み始めていた。

 

 かりそめの平穏は、終わりを告げようとしている。



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