11.入国の時
「ではライト国王、お気を付けください。あなた様はこの国の防衛の要であり光であります。民は皆、貴方様の無事をお祈りしております」
「大げさな奴だ、カーメス。ただしばしの間帝国に赴くだけだ」
「ですが、ここ最近は帝国の良くないうわさも立っております。何時ぞやの『魔獣頭』の目撃情報すらあったとか……」
「安心しろ。私はヘルブラム王家であると同時にこの国最強の騎士だ。家族も民も皆を守ってみせる」
「お心強いお言葉、痛み入ります」
カーメスと呼ばれた転移陣の守り人は、光の内側にいる父上に、俺たちがその姿を見ることが出来なくなるまで深々と頭を下げた。
やがて俺たちを包んでいた光も力を失い霧散するように消えると、そこは今まで自分たちがいた転移陣とは様変わりした場所だった。
「内装がだいぶ違うな」
「転移陣はその移動の速さと移動距離から生じる混乱を少しでも抑えるために、内装を国の特色に合わせたうえで似ないように工夫されているんだ。室内には国旗の掲揚も義務付けられている」
「さすがは兄上」
「フィルト、よく勉強しているようですね」
「ありがとうございます。母上」
兄上が誇らしそうに笑顔を浮かべている。
母上は決して人をほめないタイプということはないが、やはり努力する子にとって親に褒められるというのは嬉しいものだ。
「ガーレ帝国を代表しご挨拶もうしあげます。お久しぶりです、ユリーラ王女、ライト国王」
黒にも近い紫色の髪に血にも似た赤色をする目をし、帝国特有の鈍く光る黒い鎧を身に着けているがその人物からは威圧感の類は一切感じられない。
「気が付けばお久しぶりになってしまいましたね。『キーパ・グリム』卿、その節は助けていただきありがとうございました」
母上はキーパ・グリムに、つまり過去に自分を助けてくれた男に姿勢と言葉で感謝を伝えた。
グリムと言えば、父上と母上が出会った一件において魔獣頭を追い払う際に力を借りた、帝国の国境を守る騎士の名前だ。
「母上、この方はお知り合いですか?」
件の話を知らないであろう兄上はその知識的欲求を我慢できずに母上に声をかけた。
「彼はキーパ・グリム。昔に私とライトを助けてくれたガーレ帝国の兵士です」
「お初にお目にかかりますフィルト第一王子、グライト第二王子。改めてキーパ・グリムと申します。現在は皇帝直属の護衛騎士団の副団長をしており、本日は皇帝の命を持って参上いたしました」
「なんと、随分と出世いたしましたな! 実力は存じ上げているつもりでしたが流石はグリム卿」
「お恥ずかしながら実力は大して変わってはおりません。それこそ、ライト・ヘル・ブラム国王のお噂は私の耳にも聞き及んでおります」
お互いがお互いを褒め合い、それでいて皮肉や嫌味など一切なく互いに認め合っている光景というのは見ていて輝かしく感じる。
しばらく父上とグリム卿の話が咲き誇り、聞いているだけでためになるような話が続いた。そしてその話を最初に切りかかったのはグリム卿の後ろについていた騎士だった。
「グリム副団長、そろそろ国王の会合の時間が近づいております」
「おっと、そうでしたな。ではすぐに向かうとしましょう」
父上は席を立ち使用に荷物を持つよう指示し、俺たちセルブラム王国ご一行は皇帝の待つ城へと歩みを進めた。あくまでも馬車を利用して……。
――長距離の外出経験と馬車に乗る機会が無かったため、とても長い時間揺られていたような気がする。車という文明の利器のすごさを改めて噛み締めつつ揺れに耐えた。
やがて帝国の城に着くと、騎士たちの案内によって俺と兄上、父上と母上に分かれて行動することとなった。
「兄上、これからどうしますか?」
「そうだね……。僕はここの書庫に入れないか確認してみようかな。帝国の書物はセルブラムの方でも大体は読めるけど、それでももしかすれば面白いものが見つかるかもしれない」
「さすがは兄上です。では、俺も俺らしく、鍛えられそうな場所を探すことにします」
「決して怪我だけはしないようにね。父上や母上であればないだろうが、万が一にでも怪我をしたら国家間の問題になりかねない」
「わかっています。軽く素振りをするだけです」
「なら大丈夫そうだ。会合が二、三時間程度で終わると言っていたから、そのぐらいにまたここに集合しよう」
「了解しました。兄上もお気をつけて」
「ああ、もちろんだ」
こうして兄上とも別れた俺は、一人城内で剣を振るえる場所を探して歩き回ることにした。
しばらく庭の様な場所を目指して似たような景色を歩いていると、見たことのある人物が前を歩いていた。それも、剣を抜いても問題なさそうな場所を知っていそうな人物だ。
「グリム卿、少しお時間を頂けないでしょうか?」
「ん? おっと、グライト第二王子。道にでも迷われたのでしょうか?」
「そんなところです。実は――」
「なるほど。県の腕を鍛えるための場所を探していたと」
「どこか私でも自由に剣を振るえる場所はないものでしょうか?」
しばらくグリム卿はいくつか案を浮かべては取り消しを繰り返し、やがて一つの答えを俺に提示し、俺を五分ほど歩いた場所へと案内した。
「……ここは?」
案内されたのは綺麗な芝生が地面を覆っている庭だった。
しかし皇族の私有地とは思えないほど殺風景であり、白い丸テーブルと椅子が一つづつおいてあるだけだ。
「ここは皇族家の三女、アリス様の個人的な庭です。他の皇族が訪れることがほとんどないので、自由に剣を振るうことが出来ます」
「皇族の庭で剣を振って大丈夫なのですか? 何かの拍子に怪我でもされたら問題になるのでは?」
「それについては問題ありません。アリス様自身が剣を振るっている姿を見るのが好きですから」
「問題の回避と解決になっていないのでは?」
「まあとにかく、ここであれば思う存分剣を使用していただいて問題ありません。いざとなれば私の首が飛ぶだけですから」
「それで以前僻地に移動になったのですよね?」
「良くご存じで。ユリーラ王女から例の一件をお聞きになったのですか?」
「ええ、まあすこしの思い出話程度に」
「なるほど。フィルト第一王子と違ってグライト第二王子が私との関係に驚いていなかったのはそういうことでしたか」
「だから何だという話ですけどね」
長くなってしまいそうな話を遮るように、俺が剣を抜く音が庭に響いた。
「さっそくやる気ですね。良ければ、私との手合わせなどいかがですか?」
帝国の騎士としてあまりにも不適切な発言ではあるのだろうが、俺としては有難いだが、これを受けることは兄上との約束を違えることになる。
「とても興味深い申し出ですが、さすがに自分の身分はわきまえていますので」
「失礼しました。では私はこの辺りで下がると致しましょう。会合が終わるころにまた来ます」
「兄上との約束もあるので少し早めに来ていただくことは出来ますか?」
「問題ありません。では三十分前にまた」
グリム卿は深くキッチリとした姿勢を見せ、来た方に戻っていった。
俺はその姿を見送り、抜いた剣をしばらく眺めるとゆっくりと姿勢を固め剣を振り始めた。




