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10.束の間の兄弟

 ――無心に剣を振り続ける日々が続くと、ついにその日が近づく。

 兄上は十五歳、俺は十歳になった。来年には帝国の学園へと行かなければならない兄上は、この度帝国にて行われるバルバリーアを無事に終えた暁に、俺たちの元を離れて数人の使用人と共に親元を離れて帝国内で生活することになっている。

 帝国へとしばらく生活の拠点を移すことになる兄上と、俺たちヘルブラム王家はバルバリーア開会式のため、帝国へと向かう準備を整えている。

 

 「時間が経つのは早い。最近になってそのことを考えてしまうよ」

 

 突然俺の部屋を訪れた兄はお茶を飲みこむなり、少し寂しそうな表情をティーカップの水面に映しながら言う。


 「突然どうしたのですか?」

 「今になってかわいい弟と別れるのが辛くなってしまってね……」

 「本当に今更ですね。そんなに名残惜しいですか?」

 

 俺がそう口走ると、兄上はティーカップを持とうとした手を止める。

 そして止めた手とは逆の手で頬杖を突きながら俺を軽く睨む。


 「グライト、私はお前のそういうところだけは恐ろしく感じているよ」

 「お、恐ろしいですか……?」


 とても以外だった。俺は知らず知らずのうちに兄上に恐怖心を植え付けてしまっていたようだ。

 もちろん意図的にそんなことをしているはずもなく、俺は心当たりをここ数年に絞って考えてみたが何も思い当たる節が無かった。


 「どうせ今も、本人に聞くよりも先に何が悪かったのかを考えているんだろ?」

 

 ド正解。図星も図星。

俺は変な汗をかきながら、兄上に弁解するように口を動かした。


「ち、違うんですよ……。これええっと……そう! あ、いや、すみません」


「はぁ……。別に謝罪をすることでもない。ただ、お前が話す姿が気になるんだ。……お前は弟のはずなのに、何かこう、目上の人と話している気持ちになる」

「兄上……」


なるほど、さすがは察しの良い兄上だ。

俺自身から話したアルラを除いて、この世界で最初に俺の過去に気づくのは兄上だと思っていたが、もうここまで違和感を持ち始めているとは思わなかった。

もしかすれば俺は心のどこかでヘルブラム家の人間として欠けている部分があったのかもしれない。


「実は私は、一時期兄が欲しいと考えていたことがある。ちょっとした悩みを相談できて、自信と信頼を持って頼みごとが出来る様な兄を」

「……」

「でも、十歳になるとその様なことを考えることは無くなった」


聞くべきかそれとも話を変えてしまうべきか。

俺はしばらく悩んだ末に兄上から視線を外しつつ聞いた。


「それはなぜ?」

「勉学に忙しくなった。というのもあるが、お前とよく話をするようになったからだ」

 「俺……ですか?」

 「そうだ」


 俺は反射的に顔を上げてしまう。その時目の前にあった兄上の目は、先ほどまで寂しそうにしていたものとは違い、自信と覚悟に満ちたものだ。


 「私はお前に対して、兄として頼られたいと思うと同時に家族の一人として頼ってきた。勉学での悩み、王族としての歩み方、物事の決め方その多くをお前に教わってきたつもりだ」

 「つまり兄上は、俺を『兄』だと思って接することがあったと?」

 「真っすぐそういわれると少し恥ずかしいけどね」

 

 ああ、いつもの兄上だった。

俺の兄上は少し内気で優しくて心配性で、それでいて信頼できる兄上。俺に対して不信感など無く、自分自身のどの超えた信頼を不信に感じてしまうほど良い人物だ。


「それほどに信用されているとは思ってもいませんでした」

「そうかい? それだけ兄としての威厳を保てていたのなら嬉しいよ」


 兄上に信頼されている。家族との関係性をうまく保てず、あまつさえ別れを言うことなく死んだことを引きずっている俺にとって、これほどに嬉しいことはない。

 しばらくお互いにおもばゆい気持ちになり沈黙の時間が続いたため、俺は少しそれた話を持ち出した。


 「兄上、学園に通うようになってからはどの程度会うことが出来そうなのですか?」

 「うん? ああ、一年に二、三回は帰ると思うよ」

 「長期休みが定期的にある感じでしょうか?」

 「そうそう。計三学期あって、一と二の間と二と三の間、一年の終わりにある特別授業の休みで帰るタイミングがあるみたいだよ」


 どうやらそのあたりは前の世界の学校と差はなさそうだ。

しいて言えば、一年の終わりにある特別授業。それがテストの様なものなのかそれとも泊まり込みで勉強するものなのかが気になった。


「一年の最後の特別授業というのは?」

「それがね、僕も詳細は知らないんだよね」


兄上はため息をつくように言った。

学校としては、テストとしての意味合いを兼ねており、それを外に口外されるとまずいのだろうか。それとも学校にとって弱みになる様な事なのか……。

考えすぎもよくないだろう。私は兄上が気にしすぎない程度に忠告交じりに話をつづけた。


「それは少し不安ですね。ですが兄上ならどうにか出来ると思います。怪我や病気にならないようにだけ気を付けてください」

「ありがとう。やっぱりお前に話してよかったよ」

「俺もこのタイミグで兄上と話せてよかったです」


俺が兄上のティーカップにお代わりを注ぎ入れようとすると、兄上は手のひらを一瞬こちらに向け制止する。

 「もう良いのですか?」

 「十分に時間をもらったよ。これ以上はお前の準備にも差し支える」


 兄上は申し訳なさそうに席を立つとドアノブに手をかけた。


 「お気遣いいただきありがとうございます。とは言っても準備はほとんど終わっていますから、もう少し長居しても大丈夫ですよ?」

 「ごめんね。僕もまだいくつかやらなきゃいけないことがあるんだ」

 

 最後にこちらを一瞥し、「……そうだ。これからはお前の自然体で話してくれると嬉しいよ」兄上はそう言い残し覚悟を決めたように部屋を出て行ってしまった。

  既に気づかれていたようだ。隠し通すどころか気を使われてしまった。

 今はこの話し方が染みついてしまっているが、機を見て前の話し方をするのもよいかもしれない。


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