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12.振る剣が止まる理由

 ――ひと振り目とは初動であり止めであると、父上が俺に剣を教える時、必ず口にする。

 意味合いとしては、そのまま読んで字のごとく、一撃目は不意打ちにも止めにもなる戦いにおいて最も重要な動きだということ。

 最初にそれを聞いたとき、俺は解しがたい訳ではないがそればかりを注視することでもないと思ってしまった。初動であれば手の内が分からないことを利用する手立てがある。しかし、それが通用しなかったとき、すべてアドリブでどうにかなるとも思えない。力量の差や幸不幸などの要因があれば何もかも無駄になる話だと。

その様なことを父上に言うと、子供相手だからか「なるほど」いう態度を見せながら、父上なりに子供が理解できるように説明してくれた。


「料理の一口目、どこから食べるのかを考えステーキの左からナイフを入れフォークを刺す。二口目はどこに行く?」

「……切った続きから食べ進める?」

「そうだ。右を切って左を切って真中を切る、その様な食べ方はあまり好ましくないと私は思う。最初からすべてを切るならどちらからか順当に、均等に切りたいのであれば真中の次も真中に切るべきだ」

「えっと……それはつまり?」

「優柔不断は何事においてもよい結末を齎さない。初動を見極めその一手を振るうのならば、その一手から続く動作には一連の流れがあるのだ」

「……なるほど?」


正直、初めてこの会話をしてから数年が経つがいまだにこういうことかという境地に辿り着いていない。

ただただ経験不足という話なのか、それとも俺自身の理解力が無いのか。前者であれば時間が解決してくれる可能性がある。しかし、前世も含めて数十年かけて凝り固まった頭が原因だとすればどうにもならない可能性が高い。もしこれが単純に子供の疑問であれば簡単な話なのだろか……。

剣を振っていると毎度の様にこの話が頭を過る。そのくせ全く答えが出てこないのだから不完全燃焼極まる。

もちろん、今ここで剣を振っている状況でも同じことだ。普段と違う場所であれば何か違う発想が生まれると思ったが、俺にその様な感性は無いらしい。

もはや無心で振り続けることすら考え始めたその時、タイミグ良く話しかけてくる女性の声があった。


「何を切っていらっしゃるのですか?」


素振りをしているだけの俺に、その綺麗な声の主は問いかける。

 俺は反射的に振るっていた剣を止め、その声がした方向を振り向いた。

 そこにいたのは、手入れの行き届いた長く綺麗な金髪を風になびかせ日傘で隠れている顔の中でも一際目立つ赤い瞳をした、俺と同じぐらいの少女だった。


 「えっと……特に何も切っていませんが?」

 

 俺が答えに困りとっさにあるがままのことを言うと、少女は日傘を畳近くにあった椅子に腰を下ろした。


 「いいえ。貴方は何かを切っているはずです。出なければ、貴方が持っているソレは『ただの棒切れ』に他なりません」

 「た、ただの棒切れ……」

 

 俺はずっと握りしめていた剣を見つめ、それが剣であることを確かめる。

 そして改めて少女の方を見て、自分なりの反論をした。


 「今はただの素振りです。切る対象が無いは仕方ありませんよ」

 「そうですか。では貴方は敵が現れた時、素振りで戦うのですね」


 少女は嫌味を言いながら子供らしい笑顔を浮かべた。

 

 「そんなわけはありません。敵が相手であれば俺は切ります」

 「いいえ。貴方は切れません。何も切っていない貴方に切れるものなどあるはずがありません」

 「普段であれば一日の修練の終わりに試し切りを行っています」

 「なるほど。ではその時に鉄を切っていらっしゃるのですね」

 「て、鉄は俺の技量などではとても……」

 「でしたら何を?」

 「試し切り用の――木などです」

 「そうでしたか。貴方の敵は、試し切りの木でできた鎧を身に着けていらっしゃるのですね」

 

 その一言で、俺の中の子供の部分が堪忍袋の緒を切り刻んだ。


 「ちょっと待て。さすがにそれは剣を持っている者に対してしていい発言ではないぞ」

 「では今のところ何も問題はありませんね。貴方が持っているのは、何かを切ることのない『ただの棒切れ』なのですから」

 「これは剣だ。父上から賜った、我が国随一の鍛冶師が鍛えた名剣だ。次にその声でこの剣を『ただの棒切れ』といてみろ、貴様の首で証明してやる」

 

 俺は自分自身がどれほどにまでガキなのか理解しつつも、心の底から湧き出も文句を何かに包むことなく相手に飛ばす。

 少女は立ち上がると、肩に掛かった髪を後ろに回し、自身の綺麗な左手で首を掴みながら剣の間合いに入るように近づいてきた。


 「やれるものならどうにでも。でも、貴方ごときに切れるかしら? わたくし、『アリス・ファル・ガーレ」のこの首を』


俺は一度剣を強く握りしめ、すぐにでも切りかかれる姿勢をとった。がしかし、真っ先に視線を奪ったその赤い瞳を見て、俺は剣を鞘に納めた。

決して、少女の今の言葉を軽い挑発だと思ったわけではない。少女が名乗ったその名に臆したわけでもない。だだ、この少女の首を俺は切ることが出来ないと、心の底からくる諦めの感情が押し黙らせたのだ。


「無理ですね。俺には、貴女の首を切る実力など無い」


その言葉を受けて、少女は口を隠して笑いだす。まるで、いたずらに成功した子供の様に。


「うふふ。貴方はわたくしに恨みを晴らさなくてよろしいのですか?」

「貴女は安易な憎しみで切れる様な方ではないでしょう」

「意外と素直なのね。貴方、お名前はなんとおっしゃるの?」

「――セルブラム王国第二王子、グライト・ヘル・ブラム。セルブラム王国の剣を目指す者として、ガーレ帝国の花顔たるアリス・ファル・ガーレ様にご挨拶を申し上げます。そしてそれに伴い、先々の無礼の数々をその帝国の偉大さに負けずとも劣らないお心にてお赦しいただけると幸いです」


 アリス・ファル・ガーレの顔はその挨拶と共に固まってしまった。

 ほぼ口から出まかせに近しい、したこともない挨拶をしてしまった俺も、この後のことを全く考えていなかったため硬直し、草一つ靡かない不動の時間が過ぎた。


 「な、なるほど。剣の腕に覚えのある方なのは分かっていましたが、そうですか、貴方がセルブラム王国から起こしなった第二王子でしたか――そうなると、わたくしも改めてご挨拶した方がお互いにとって良いでしょう。わたくしはガーレ帝国の心臓たる一族、ファル家の三女、アリス・ファル・ガーレと申します。度重なるグライト・ヘル・ブラム様に対する侮辱するお言葉の数々をどうかお許しください」

 

彼女はこの帝国の第三王女。『ファル家の三女』はこの国での呼び方の一つだ。

それにしても、自分の家とは言え護衛の一人も付けずに、誰とも知らない剣を持った人間に近づくのは少々危機感が足りていないような気がする。

事前にガーレ帝国の皇帝には俺と歳が近い娘がいると父上が言っていたが、それもまた彼女のことなのだろう。


「貴方は、他人から少し変わっているとは言われませんか?」

「唐突ですね。直接的に言われることは少ないですが、「弟っぽくない」や「難しい言い方をする」などはよく言われます。やはり何か変わり者のオーラを感じますか?」

「いえ。悪い意味で言ったわけでも含みを持たせたつもりは無いのです。わざわざこうして剣を抜ける場所を探してまで鍛える王子というのには物珍しさがありましたので」

「確かにそうかもしれませんね。俺も兄の様に書庫を探すような知的な人物になることが出来ればよいのですが」

「それもよいかもしれませんね。ですが、わたくしは貴方のように真っすぐに剣を振るい続ける方も好きですよ」


アリス・ファル・ガーレは恥ずかしげもなくそういうと、先ほどの椅子まで戻り腰を下ろした。


「そういえば、アリス・ファル・ガーレ様は俺がここにいても驚かないのですね」

「元より剣を振るうために準備した場所です。差し詰め、キーパがここに案内したのでしょう。それにわたくしに気が付かず剣を振るい続ける刺客がいるのなら、是非お話してみたいものです」

「確かにそれは俺も見てみたいです」


その様な誰が得をするでもない話を続けていると、カシャカシャと金属のすれる音と共にキーパが駆け寄ってきた。


「アリス様、こちらにいらしたのですね。――っとそうでした。グライト第二王子、そろそろお時間ですので待ち合わせの場所に向かいましょう」

「グリム卿、重ね重ね有難うございます。アリス・ファル・ガーレ様、貴重なお時間を有難うございました」

「いいえ、お気になさらず。それと、良ければ次からはお気軽にアリスとお呼びください。フルネームで呼ばれては会話で気が抜けませんので」

「わかりました。改めてよろしくお願いします、アリス様」

「ご友人が出来てよかったですね、アリス様。それではグライト様、行きましょう」


 グリム卿は振り返り道案内をするように先に行ってしまった。俺もそれに続こうと歩みを進めようとしたときアリス様に呼び止められた。

 

「グライト様、貴方の剣に足りないものは形で解決するものではありません。貴方はその賢さゆえに深く考え過ぎている。どうか自分が何者なのかを改めるのです」

 「――自分が何者なのか」


 アリス様は俺の悩みとその解決の仕方を知っているのだろうか。それにあの言い方は剣を振るい続けるだけで見つかるものではないのだろう。

 ――自分が何者なのかを改める。果たして本当の俺は何者なのか――それとも、其れすらも考えすぎなのか?


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