魔王軍
とある空洞が落盤によって埋まってしまった事件は、地殻変動によるものであると報告された。
未だに採掘途中の遺跡が埋まってしまったことを残念がる学者もいたのだが、多くの者達にとってはそんなことは大した話ではない。
この国も、そしてギルドもまたそのようなことにいちいち煩わされている時間などないのだから。
フィンリーはその事件に心当たりがあったのだが、特に報告をすることはなかった。下手なことをいって、出世に繋がらない仕事を増やすのは嫌だったし、何よりもこれ以上彼等に巻き込まれて振り回されるのが嫌だったからだ。
「報告は?」
彼女のギルドには、現在ギルド・フェンリスのギルドマスターであるエレノア・スカーレットが訪れている。
既に齢六十を超えているのにも関わらず未だ壮健、傍目には全く衰えを見せることのない女傑だ。
彼女はギルドのロビーに入ってくるなり、驚く他の団員達を尻目にフィンリーにそう尋ねた。
「は、はい。やはりあの石の兵隊は、各地で発見されている様子です。彼等の主な狙いは魔物や亜人、それ以外にも」
ギルドの地方支部には、ギルドマスターを始めて見る者もいるだろう。自分達を率いる人物に対して好奇の目を向けようとする部下達を、鋭い視線をぶつけることで追い払う。
「個体によっては何らかの命令を受けたかのように……ギルドを狙う者達もありました」
「……ふん」
面白くなさそうに、エレノアが顎に手を当てた。
「他のところと同じだね。……死傷者は?」
「石の兵隊による死者は今のところゼロです。怪我人は重傷者が数名、軽傷者は多数」
「ほう。死人を出してないとは、あんたは優秀だね」
にっこりと笑いながら、エレノアがフィンリーの頭を乱暴に撫でる。
部下が見ている前でこういうことをされるのはやめてほしいのだが、同時にその温かさが心地よいのも事実だった。
「その言い方ですと、他の支部では」
「ああ。死人も出てる。無理もない、あたしもやりあったが、かなり強いね、あれは」
「解析したところによると、表面は石ではなく硬質化した皮膚のようなものであると」
「そうだね。そしてその中に入ってたのは」
「人間、ですね」
あの石の兵隊はその堅い皮膚の内側に、人間を隠していた。
今のところ捕まえた奴等の中から出てきたのは、年齢も性別もバラバラで統一性を見出すことができない。というのも、戦いの余波で内部の損傷が激しく、詳しく調べることができないからだった。
「そういうことだ。どうやら人間をいじった化け物みたいだね」
「……そんなことが……」
「ない話じゃないさ。人間を怪物に変えちまう魔法なんてのも、魔導師の間じゃない話じゃないらしい。ただ、材料やら儀式やらで時間が必要な割に、それほど強くもないから誰もやらないらしいがね」
「それはつまり、この石の兵隊は」
フィンリーの理解が早くて嬉しいのか、エレノアが笑う。嬉しさもあるが、何処か凶悪さを感じさせる笑みでもあった。
「確定ではないがね。何処かの誰かが、低コストでこれだけの強さを持つように人間を改造する術を得た」
「……それができるとしたら、ギルド・グシオン辺りが有力でしょうけど、あの組織は……」
ギルド・グシオンはギルドマスターであるウィルフリードが行方不明になったことにより、解散された。
散り散りになった戦力の一部はギルド・フェンリスが回収したが、中には野盗になるものや亜人達にと合流したもの、他のギルドと合流、または立ち上げる者達もいるらしい。
それによるギルド・グシオンの持っていた技術や情報の流出も、今となっては無視できない問題となっていた。
「うちの魔導師共が言ってたよ。凄まじい技術だが、だからといって何もないところでできるものじゃないってね」
「魔法一つで人間をああする、というわけではないということでしょうか?」
「そういうことだ。例え本来のものよりコストダウンしてたとしても、何らかの設備やらなんやらは必要になる」
「……つまりは、何かしらの大規模な組織が関わってると」
「そういうことだね。だが、まだまだ情報が足りない。フィンリー、例の連中はどうなってる?」
「例の、といわれますとあの」
「ああ、そうだ。あの連中だ」
エレノアが言うのは、ウィルフリードの反乱の少し後に発足したギルドだ。
そのギルドマスターは凄まじい実力とカリスマ性で、瞬く間に多くの人員を纏め上げて一つの街をそのまま手中に収めていると聞く。
一説にはウィルフリードが再起を図っているという噂もあったが、後の調査でギルドマスターが彼とは似ても似つかない人物であることからその噂は払拭されていた。
「魔王軍とは、ふざけた奴だね」
何よりも彼等の名声を轟かせたその理由は、ギルドの名前によるものだった。
魔王、この国では口にするのも憚られる忌むべき名前を、そのギルドは自ら名乗っていた。
「宣伝の一種なんだろうけどね、命知らずな奴だよ」
「下手をすれば、騎士団の介入の可能性もありますね」
幾らなんでもその名前は不届きすぎる。下手に大公や王族の耳に入れば、不興を買って騎士団を差し向けられる危険性すらあり得る。
「それを知らないほどの馬鹿か、もしくは……」
エレノアが笑う。
それは彼女がよく見せる、年老いてもなお子供を思わせるような無邪気な笑顔だった。
彼女がこの笑みを見せたとき、既にその先にある何かを見ている。そしてそれは、大抵の場合この国に対する大きな混乱を意味していた。
それなりに長い付き合いになるフィンリーには、それがわかっていた。
「それだけの力を持った奴ってことか。楽しくなってきそうじゃないか」




