古き神の眠り
閃光となった槍に撃ち抜かれ、古き神の悲鳴のような、憎悪に満ちた声が地下に木霊する。
何が起こったのかわからないルクス達の横に、よく見知った人物が近付いて助け起こしてくれた。
「エリアス!」
「よぉ、ルクス。遅くなっちまったみたいだな。ベオさんも」
「ふん、本当にな」
「厳しいなぁ」
エリアスは二人を助け起こすと、ショートボウを抜いて矢を番えた。
「で、今度はどういう化け物と戦ってんだよ? 逃げたらまずい相手か?」
「逃げられるものならな」
ルクスの代わりにベオが答えて、エリアスはそれで全て納得したらしい。
「やっぱりな。こんなことなら、入り口で待ってるんだった」
「そんなこと言って、真っ先に飛び込んでったのはお前さんじゃないか」
足元に捨てた煙草の火を消しながら、オーウェンがそう言った。
「やれやれ、結構高かったんだが、まさか使い捨てになるとはな」
「何の話ですか?」
「今投げた槍だよ。……だがまぁ、お前さん達の命を救えたなら上等か。ギルドマスター、命令は?」
今の一撃を受けても、古き神は止まらない。
むしろ先程よりも憎悪を燃え上がらせて、意思の灯らない瞳が不気味に爛々と輝きを増しているようにすら見えた。
「倒します、何とか」
「あの目玉が弱点ということには変わりあるまい。アディの召喚物を足場にして、攻撃をするだけだ、問題は奴の攻撃だが」
「一応、あの魔力嵐は何とか防いでみるよ。完璧にというわけにはいかないけどね」
イングリッドが杖を構える。どうやらエリアス達と一緒にここにやってきたようだった。
彼女は一瞬、アディに守られているシェーラとミラを見て、心底ほっとしたような表情を見せた。
「ベオ、ボクに魔力を同調させてほしい。二人でやれば、かなりの時間防げるはずだ」
「私は防御に関してはろくにできんぞ?」
「……あれだけの炎を操れてかい? ちぐはぐな魔導師もいたものだ。コントロールはボクがやるから、その辺りは心配いらないよ」
「ふむ。ならお前に託した。助けてやったのだから、しっかり働けよ」
「……ああ、わかってるよ。ルクス君だったか? ……いや、今はいいか。終わったら、全部話すよ」
再度、悲鳴のような咆哮が上がる。
黒い靄が広がり、ルクス達を包囲していく。
「大きいのは私達が引き受ける! お前達はその間に!」
ベオの言葉を受けて、ルクス達が飛び出した。
四方から迫りくる黒い刃や触手を叩き落とし、器用に建物の瓦礫やアディのクラゲを伝って跳躍しては、その眼球へと攻撃を浴びせていく。
古き神が放つ魔力嵐はイングリッドが語った通り、ベオと二人で防いでくれているようだった。時折何かを放ってはいるが、多少の衝撃こそあれそれがルクス達への大きなダメージになることはない。
アディはシェーラとミラの二人を庇いながらも、懸命に援護を続けている。この場で一番負担を強いているかも知れないが、本人は何故か殺意全開で古き神を睨みつけている。
「はああああぁぁぁぁぁぁ!」
ルクスの一太刀が、目玉を傷つける。
辺りは浅いが、その直後にオーウェンの槍が深々と突き刺さった。
更にはエリアスの、エンチャントされた雷の矢が撃ち抜くが、それでも古き神は動きを止めることはない。
むしろ攻撃は次第に激しくなり、空洞の揺れは大きくなっていく。
天井から落ちていく瓦礫にも次第に大きなものが混じり始め、一刻も早く奴を倒さなければここが崩れることは明白だった。
「どんな耐久力だよ!」
エリアスが悲鳴のようなボヤキを口にする。
「俺の後ろに下がれ!」
一度ルクスとエリアスを背後に下げさせて、飛来する攻撃を全てオーウェンが叩き落とす。
二人の息を整えさせながら、攻撃の隙間にオーウェンがルクスに問いかけた。
「ニコラス博士はあの中か?」
「……はい」
「そうか。通りで、奴からニコラス博士の声が聞こえてくるはずだ」
そう言いながら、目玉を睨みつける。
古き神は戦いながらもずっと、ニコラスの声で言葉にならない言葉を紡ぎ続けていた。
『何故我等が、こんな地下に、全てはあの日、あの日に変わった』
「何を……!」
古き神の声色がまた変わる。
今度はより感情の色が濃く、声はニコラスのものから次第に複数の人物の声が混じったようなものに。
『簒奪者、我等を地の底に追いやり、地上を制した忌むべき者達!』
それは紛れもない、呪詛だった。
あの時、魔獣と接触した際に聞こえたものと同じ。
魔王の内側で、その本体と打ち合いながら叫ばれたものと同種。
そして、ウィルフリードですらも内側に秘めていた、理不尽に奪われたことに対する怒りと嘆き、怨嗟の声。
それを力のように振るい、ルクス達にぶつけていた。
それは古き神だけの力ではない。
「おい、ルクス! ……あれ」
エリアスの引き攣った声に釣られて、目玉の背後を見る。
そこだけではない、ルクス達にははっきりと見えていた。
ルクス達を包む靄の奥にうっすらと見える、大勢の人の姿が。
その多くが亜人、エルフや獣人の他にもルクス達が見たこともない種族も、血の涙を流しながら声を上げていた。
「また、か」
誰にいうでもなく、ルクスが呟く。
英雄にすら救えなかった者達、それどころか彼等がいたからこそ生まれてしまった数々の悲劇。
「これが救いになるのかはわからないけど……!」
『お前は』
瓦礫を蹴り上げて、目玉の上に跳躍する。
両手に握った剣を、頭上に掲げた。
『何者でもないお前は』
それはルクスにとってはお互い様だった。
名と役割を失った古き神も、その背後にいる数多くの恨みの集合体も。
そのどちらも、肉体も名前も、心すらも失った哀れな亡者達でしかない。彼等の怒りが本物であろうと、それが罪のない人を傷つけるのならば、この地上に残しておくわけにはいかなかった。
『何故だ』
「人を救うための神ならば!」
一太刀、輝きを増した黎明の剣が目玉を縦に斬り裂いた。
『お、おおおおぉぉぉぉ!』
割れた目玉から大量の、黒い膿のようなものが溢れて地面に零れていく。
それらを吐き出しながら、目玉は次第に小さくなっていっている。
『魔力が、尽きる……怒りが、恨みが……』
その内側に溜まった全てを吐き出すようにして、呻き声を上げながらも目玉は少しずつ萎んでいった。
『人造兵』
最期に聞こえた声は、果たして誰にあてたものだったのだろうか。
真っ二つに裂かれた目玉のその視線が、果たしてどちらを向いていたのか、最早その場の誰にもわからない。
ただ確かに、声は響いた。
優しい、落ち着いた大人の男の声が。
『すまなかったな、そして……ありがとう』
その声を最後に、古き神も、その周囲に広がっていた黒い靄も一斉に消滅していった。
「おい、ルクス! 呆然としてる場合じゃねえぞ!」
エリアスの切羽詰まった声が空洞内に響いた。
「空洞が崩れるぞ! 倒したなら早く逃げようぜ!」
ベオとエリアスが、ルクスの腕を掴んで半ば無理矢理に引っ張っていく。
オーウェンとアディも、それぞれミラとシェーラを担いで脱出を始めていた。
イングリッドは何か思うところがあったようだが、振り切るように踵を返すと合流して一緒に外へと走っていく。
ルクス達が空洞を脱出した直後、背後で轟音が響いた。
大量の塵や埃を巻き上げながら、空洞の唯一の入り口が崩れて塞がれていく。
こうして数々の謎を残したまま、『願いを叶える秘宝』は再び封印されたのだった。




