計画失敗
「二度に渡る魔王の進撃は、我等にとっても予想外だった」
豪華な家具や調度品に囲まれた部屋。
艶のある美しい木のテーブル、そこに備えられたソファに座りながら、一人の老人がそう呟いた。
既に六十を超える老人の名はモーリス。大公であるベルクマン家の現当主であり、王家に意見できる数少ない人物である。
彼の話を聞いているのは長身で黒衣の男。
その名前をレイヴン。これは本名ではなく、通り名だった。
王家の影として代々伝える一族の彼等に、親から名付けられる名前などはない。ただ過去より同じ名が受け継がれ続けているだけだった。
「『英雄達』の性能は如何でした?」
「ふん、つまらん名をつけるな。……お前の言った通りだ」
忌々し気に、モーリスが答えた。
「古き神の件はどうなった?」
「失敗です。例のギルドの介入を受け、恐らく古き神は完全に破壊されたものかと」
「まぁ、それならそれで我等にとっては都合がいいがな。それにしても、まさかあの古文書が田舎貴族の元にあろうとは」
「何事も、混乱による流出は免れないということでしょう」
「……この地を奴等から取り戻すのにも、随分と時間がかかったようだからな」
かつて魔王を打ち、人間達が治めていたこの地は亜人達によって簒奪された。
神の血を引く者達はそれでも諦めずに逃げ遂せ血を繋ぎ、そしてあるとき英雄を生み出すことで亜人達を駆逐しこの地を取り戻した。
そうしてできたのがこの国、アルテウルだ。
その後は武力により反乱分子を討滅し、ノール・オーヴァを滅ぼして大陸の全てを手に入れた。
「何事においても、思う通りにはいかないようですね」
「……そういうことだ。ノール・オーヴァを滅ぼしたと思えば今度は魔王の誕生。更には魔王再誕に、ウィルフリードの反乱。既にこの国はぼろぼろだ。内側から腐り、落ちかけている」
その原因の一つは、紛れもなく政治に興味のない王家によるものだった。
神の血を引く王家こそが、英雄の力を与える資格を持つ。その力を利用したい大公達は、彼等を傀儡とするためにひたすらに甘やかし続けた。
その結果、政治や民には全く興味を持たない暗愚たる王家が出来上がった。だがそうやって無理矢理に作られた秩序は、遅かれ早かれ歪んでいく。
「それから、ニコラス博士の件ですが。与えられていた『英雄達』を数体、貸し与えました。事が済み、彼の知識でより改良されればとも思ったのですが」
「だが、計画は失敗したのだろう? ニコラスが死んだのなら、回収を急げ」
「いえ、全て破壊されました」
「……なんだと? ギルド・フェンリスの介入でもあったか?」
レイヴンが黙って首を振る。
老人は心の中で考えを巡らせ、やがて一つの結論に辿り着いた。
「奴等か」
「はい。あの人造兵、ルクス・ソル・レクスのギルドです」
「名前なんぞはどうでもいい。所詮は人造兵なのだからな。……だが、どうにも厄介で解せん連中だ」
十人にも満たない小規模なギルド。
特筆する部分といえば、ギルドマスターが人造兵であることぐらいだろう。だがそれも、本来ならば珍しい以上の感想を抱きようもない。
だが、それでも彼等は居合わせた。
本来ならばより大きな災害となっていた魔獣を倒し、ギルド・フェンリスとの小競り合いを経て彼等が保管していた『魔王』を手に入れた。
様々な事件に彼等は介入し、結果を生み出す。
今回の件には関してはそれらに比べれば小さなものだろう。だがそれでも、確実に小さな歪みとなった。
「まあいい。そのような些事にいちいち関わっている暇はない。所詮ギルド、幾らでも首に縄のつけようはある」
「今の問題は、魔王軍ですね」
「ああ、そうだ。我等の治める地で、そのような不敬な名前を付けるとは」
「他のギルドによる討伐を?」
「奴等の動き次第ではな。このまま大人しくしているならばよし、もし怪しい動きを見せるならば」
モーリスの表情が苛立ちに歪む。
あちこちを放蕩し、適当に事を成すハミルトンとは逆で有能な男だが、ここ数ヶ月の出来事には流石に思うところがあるようだった。
「だが、何もなければ放っておけ。厄介なフェンリスも、人造兵のギルドも、愚かな亜人共も」
自らを落ち着かせるようにソファに深く腰掛けて、息を吐いた。
そしてそのまま、虚空を見つめながら呟くのだった。
「あれが完成し、あの方が目覚める。それで全てが片付く、ようやく世界は静寂で満ちるのだ」
レイヴンはそれを聞いても何も答えず、ただ黙ってその場に立ち尽くしていた。




