三人の思い出
シェーラとの出会いは、今でもまだ記憶に残っている。
ミラは駆動鎧の技師だった。正確には、技師になるためにずっと勉強をし続けていた。
そして技師としてギルドに所属したものの、その性格が災いし疎まれ、それは失敗に繋がってすぐに仕事を干された。
トボトボと街を歩いていたところを、迷子だった彼女に道を聞かれたのが全ての始まり。
道案内をしながら、お互いの身の上を語る。
人造兵であることを聞いたときは驚いたが、まともに喋ることのできないミラの話を聞いてくれるシェーラに対して既に敵意を抱きようもなかった。
そして、二人は友人になった。
シェーラは恥じることなくミラを頼った。いつしかイングリッドも合流し、三人は同じ時間を過ごした。
彼女のために、培った技術を使えることが嬉しかった。
ガラクタを集め、時には三人で魔物退治の仕事などをして、僅かな賃金を頼りに駆動鎧を完成させた。
今ミラが纏っているのは、彼女一人で作り上げたものではない。
三人が一緒にいた証そのものだ。
「……シェーラ」
鎧の中で力を籠める。
魔力を用いた回路が張り巡らされた鎧は、シェーラの動きを完璧にトレースして、鎧の動作へと繋げてくれる。
これだけのものができたのも、シェーラがいてくれたからだ。
何をやっても上手くいかない、全てを諦めていたミラに光をくれたのは、紛れもなく彼女だ。
「絶対助けるから。そしたら今度は、三人でギルドでもやろうよ」
穂先が折れた槍を掴み、構える。
横ではルクスも同じように、ベオの号令を待っていた。
「じゅ、準備完了!」
「よし……奴の次の攻撃を待って……!」
無機質な声がする。
球体の前面に浮かんだ瞳が不気味に動き、こちらを睨みつけてくる。
相手の動きは何処か緩慢で、正常な動作とは思えないが、それでもルクス達を抑え込むには充分過ぎるほどの出力があった。
「きた!」
黒い触手と刃が、無数に生み出されては飛来する。
ベオはそれを睨みながら、この状況であるというのにも関わらず犬歯を見せるように笑っていた。
「でかいのを撃つぞ! 収まるまで前に出るな!」
ベオがそう言いながら両腕を前に突き出した瞬間、圧倒的なほどの橙色の輝きがミラの視界を一瞬塞いだ。
彼女の放つ炎、ミラの知る限りではとてもではないが人間が生み出せるとは思えないほどの規模の炎が、襲い掛かってくる黒い暴力を飲み込んで焼き尽くす。
「今だ、行け!」
再び両腕に魔力を貯めながら、ベオが叫んだ。
同時に三人が動く。
ルクスが地を蹴り、少し遅れてミラが。
すぐに再生し迎撃しようとする触手を、アディが生み出した巨人のような黒い塊がその触腕で抑え込む。
「ぱ、パワー……!」
などと頼りなさげな声とは裏腹に、それは凄まじい圧力を持って敵を押さえつけていた。
だが、それでもまだ足りない。
衝撃波がルクスとミラに襲い掛かる。
二人は一気に斬りかかるのではなく、一度備えて、後退させられながらも距離を詰めることに成功していた。
ミラが必死で地を掛ける。
『願いを、願いを、願いを叶えよう』
男の妄念が探し求めた何かは、彼の願いを叶える様子はない。
もし古文書に書かれていたことが本当ならば、とっくにニコラスの娘は生き返っているはずだ。
目の前の壊れた何かは、まるで飢えに対して喘ぐように願いを求め続けている。それが自分の唯一の使命だとでも言いたげなほどに。
『願いを、願いを、願いを、人々の、希望を』
「黙れ……!」
それでも、その球体の力は圧倒的だった。
アディに抑え込まれた状態でありながらも、幾つもの触手を生み出してはルクスとミラを迎撃するために伸ばしてくる。
駆動鎧が嫌な音を立てる。
目の前の相手は、人知を超えた怪物といってもいい。
その戦いに、既に限界を迎えつつあった駆動鎧の身体に罅が入っていった。
ミラは技師としては、間違いなく優秀な部類に入る。廃材やちょっとしたパーツから駆動鎧を組み上げられる人物など、アルテウルを探しても滅多に見つかるものではない。
だとしても、所詮はガラクタを組み上げた程度のもの。
それにルクス達との戦いを経て、殆ど整備されていない駆動鎧は最早限界が近い。
「シェーラ、イングリッド……!」
三人の思い出に、罅が入る。
無数に飛来する黒い刃が、叩きつけられる触手が容赦なくミラの鎧を傷つけ壊していく。
三人で、顔を汚しながら廃材置き場を漁った日々が、足りないお金を分け合った思い出が壊れていく。
「今は、これでいい。壊れてもいい!」
歯を食いしばる。
生身ほどではないが、打ち付けられた痛みは確実に内部へと響いている。
ぐらぐらする頭に対して喝を入れるように、ミラは鎧の中で叫びながら、折れた槍を握り振るった。
飛来した攻撃を弾き飛ばし、足を踏み出し身体を前へ。
魔力の伝達によって強化された鋼の身体が、一気に球体の前方へと躍り出た。
「シェーラと、イングリッドと、これからの思い出を作るんだ……! 二人が何にも囚われてない毎日を……!」
誰かのための日々ではなく。
何かの解決を探る毎日ではなく。
自分達の未来を歩みたい。三人で同じ時間を過ごしたい。
その想いを受けて、駆動鎧に通された回路が更なる力を生み出す。
衝撃波がミラを襲う。
全身を貫かれるようなその攻撃に全面を晒しながらも、ミラは耐えた。
内部に伝わるほどの衝撃は、ミラの全身を強く打つ。胸部や腹が圧迫され、凄まじい痛みと共に口から血が零れた。
「げほっ……! まだ……!」
顔を上げる。
目の前には、球体に浮かんだ目玉が一つ。
『望みを、願いを、お前達の、希望を』
「わたしの望みは……」
駆動鎧用の折れた大槍を、ミラは手放していない。
それを真っ直ぐに、叫び声と共にその目玉に向けて突き出した。
「シェーラを、返せえええぇぇぇぇ!」
叫びと共に繰り出された一撃は、ミラを睨みつけるその瞳へと迫る。心なしか、そこには焦りの色が浮かんでいるようにも見えた。
「がっ……!」
『望みを、願いを、お前達の、希望を』
――黒い球体は狂ったように、それだけを繰り返す。
「……ごめん、シェーラ」
収束された衝撃波が、ミラの身体を打った。
最早抵抗する力は残っていない。全霊を込めて繰り出された一撃は、後一歩のところでその切っ先を止めてしまっていた。
身体が宙を舞う。
地面に叩きつけられる瞬間、限界を迎えた駆動鎧の兜部分が砕けて、ミラの視界が広がった。
「やっぱりわたしじゃ、シェーラを助けられなかったよ」
赤い光が走る。
その後に続いて、一つの影が。その手に持った黎明の剣の輝きを纏うように、黒い球体へと取りつくのが見えた。
「だから、後は……お願い、します」
それを見届けて、ミラは意識を手放した。
無防備に宙を舞った彼女の身体は、間一髪でアディが生み出したウーズがクッションになって受け止める。
同時に、球体へと取りついたルクスが、黎明の剣でその目玉を一直線に縦に斬り裂いた。




