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願いの代償

 ミラに少し遅れてルクスがその場に辿り着いたとき、目の前に広がっていたのは異様な光景だった。

 街の中心部、広場のような空間にある祭壇。

 その中央の台座の上に、何かがある。


「ミラさん、あれは……?」

「……わ、からない……でも……!」


 ミラの声は、絶望に染まっている。

 その場にはルクスとミラの二人しかいない。本来ならばいるはずの、ニコラスとシェーラの姿がなかった。

 そして、台座の上に浮かぶ異物。


「黒い、球……?」


 真っ黒な塊が、球状になって浮かんでいる。

 しんと静まり返った様子で、しかしよく見ればその周囲はまるで波打つように僅かに動いているのが確認できた。

 まるでそれは、あの日に戦った魔王や呪いで変質した魔獣のように。


「シェーラもニコラスもあの中だ! 今すぐ叩き割れば!」

「ミラさん!」


 ルクスが制止するまでもなく、ミラが祭壇へと走っていく。彼女からすればそれも無理もない話だが、できればベオやアディの到着を待ちたかった。

 友人を助けた一心で、ミラは手に持った槍の刃先を黒い球体に叩きつける。


「シェーラを、返せえええぇぇぇぇぇ!」


 渾身の叫びと、力を込めて振るわれた一撃は、嫌な音を辺りに響かせてミラの槍が折れるという結果に終わってしまった。


「な……!」


 槍の穂先が食い込み、そのまま刺さることなく曲がり歪んで、破砕されていく。


「ミラさん、下がって!」


 ルクスが声をかけるのが遅かったら、致命傷になっていたかも知れない。

 黒い塊が、声を上げる。

 この世のものとは思えない、声にもならない叫び。

 それは質量を持った攻撃として、ミラとルクスを吹き飛ばいし、周囲の朽ちかけた建物に罅を入れていく。


「くっ……!」


 何とか離れたところで耐えるルクスと、至近距離でそれを喰らったからなのか、成すすべなく吹き飛ばされていくミラ。

 少し離れたところを何度も転がり、倒れたきり動かなくなってしまった。


「今は確認している時間は!」


 あれが何なのか、ルクスにはわからない。

 ただ、心臓が強く脈打っている。

 それはつまり、ルクスの中にいる『彼等』があれを倒すべき敵と定めた証拠だった。


「魔王や、それに近い何かだっていうのか……!」


 球体の中央が裂ける。

 そこから白い部分が姿を見せた。


「……あれは、目……?」


 ルクス達に向けた面の大半を覆うような、白い角膜に黒い瞳の目。それがルクスを見つめている。


『願いを、願いを叶えよう。願いを、願いを。お前達の望みを、願いを、叶えよう。代償を差し出せ、魔力を差し出せ、願いを叶えよう』


 無機質な声が響く。


「……お前の中にいる、シェーラとニコラス博士を解放しろ」

『願いを、願いを、願いを、望みを』


 声はルクスには答えることはなかった。どうやらこちらの意思を聞くつもりはなく、単に機械的に声を発しているだけのようだ。


「……だったら、力尽くで吐き出してもらうまでだ!」


 黎明の剣を握り、突撃する。

 瞬間、目が大きく見開いた。

 凄まじい量の魔力が迸り、黒い塊となってルクスを飲み込もうと球体の身体から伸びてくる。

 それらを黎明の剣で叩き落とし、目の前に迫る。


「中心を裂けば!」


 それでなんとかなるのかはわからないが、少なくとも剥き出しの目玉は弱点になり得るだろう。

 例え得体の知れない相手でも、それが生物であるのならの話ではあるが。

 黎明の剣がその目に触れる寸前、あの時と同じような衝撃が今度はルクスを襲った。


「ぐっ……!」


 耳障りな異音と共に放たれる、全身を殴りつけるような衝撃。

 どうやらあの時ミラが喰らったのは、至近距離でのこの攻撃のようだった。


「まだ……!」


 片手に黒い雷を生み出す。

 しかし、それはそのまま球体に飲み込まれるようにして消滅してしまった。

 ルクスの身体がまるで紙屑のように吹き飛んで、地面を転がる。

 すぐに立ち上がるが、黒い塊は次の行動に出ていた。

 その結膜に不気味な黒い線が幾つも走り、魔力が発生する。

 周囲に黒く細長い塊が幾つも生成され、尖った切っ先が全てルクスの方へと向けられている。


「叩き落とすにしても!」


 一気にそれらが発射される。

 一本、二本と剣で落としたところで、防ぎきれるものではなかった。

 中心を狙ったものから身をかわすように、地面に身体を投げ出す。

 だがそれは、苦肉の策だ。次の回避行動を捨てたのと同意だった。

 そこから先はルクスも考えておらず、空中に展開する黒い刃はまだ幾つも残っている。

 それらがルクスのことをボロ屑のようにせんと、一斉に放たれた。

 二つの影が、ルクスの前に立つ。

 一つは青く透き通る触腕で、もう一つは赤く燃え滾る炎で。

 ルクスに迫るそれらを、全て迎撃して見せた。


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