やってみなけりゃ
「そうはいっても、正直なところボクが知っていることは多くはない」
屋敷の庭園。イングリッドはしゃがみ込んで今しがた倒した石の兵隊の死体に触れながら、そう言った。
その様子を見てエリアスが驚いた顔をしていたが、気になるものを調べたくなるのは魔導師として仕方がないことだ。
「シェーラが子供のころは、ニコラス博士も優しかったらしい」
「人造兵ってのは、ある程度の年齢までは特別な培養液の中で成長させるって聞いたが?」
「一般的にはね。話を聞くに、ニコラス博士がそれ以外の方法を知っていたというだけの話だろう」
イングリッドの説明で、一先ずオーウェンは納得したようだった。
「子供のころは優しかったって、今は違うってことか?」
「……ああ。ニコラス博士のシェーラへの対応は……正直、何度彼を害してあの子をここから連れ出そうと思ったものか」
「なんで急にそんな……」
「……自分の娘にそっくりな人造兵を造ってみたが、それは全くの別人だ。本当に小さな子供のころは気にならなかったが、成長していくにつれてその違いが明確になっていったってところだろ」
イングリッドの代わりにオーウェンが答える。実際のところはわからないが、イングリッドもミラも、内心では同じ理由だと思っていたことだった。
「じゃあ、育ててみたらやっぱり自分の娘と違ったから、酷い扱いをして、次の目的のための道具にしたってことかよ?」
「……真相はニコラス博士しか知らないが、ボク達はそうだと思ってる。でも、シェーラは違う。彼女は自分が悪いから、だから父親から厳しくされているんだって」
それはかつて、シェーラ自身が言っていたことだ。
イングリッドもミラも、何度もシェーラにニコラスが普通ではないことを伝えた。でもそのたびにシェーラは、自分の所為だといい続けた。だからこそ、頑張って再び父親に愛してもらうんだと。
「ふざけんなよ! そんなの……!」
「この嬢ちゃんにあたっても仕方ないだろ」
「ボクは貴方より年上だけどね」
オーウェンがエリアスを落ち着かせる。
深呼吸をして落ち着いたエリアスは、質問を再開した。
「それで、あんたらはなんで片棒を担ぎ続けた? シェーラを諭して、ここから逃がしてやればよかったじゃねえか」
「何度も試みたよ。でも駄目だった。シェーラにとっては、父親が全てなんだ。幼少期の、ほんの僅かな思い出に縋り、それを諦めてない」
「……それって、シェーラが人造兵……だからか?」
それを尋ねたエリアスの表情は、悲しみに歪んでいた。もしかしたら彼の友人である人造兵の少年のことを想っているのかも知れない。
「どうだろう。人造兵のことは詳しくはないが、違うとは思っている。……シェーラは素直で、寂しがり屋で、家族が欲しいだけのいい子なんだ」
「……その結果が、生みの親に生贄にされるってんじゃ救われねえよ」
「そうだね。だからボクはあの子を助けに行くつもりだ」
石の兵隊から手を放し、立ち上がる。
「そいつのことはあんたも知らないのか?」
オーウェンの質問には、首を横に振って応えた。
「でも、心当たりがないわけじゃない。ことが起こる寸前、大公の使いのレイヴンという男がニコラス博士に接触していた」
「大公の? ……妙な話だな。幾ら国の機関に在籍していた過去があるとはいえ、大公からわざわざ使いが寄こされるほどかね」
「その辺りの人間の事情はボクにはわからないよ。ただ、これは……うん、普通じゃない」
倒れている石の兵隊を見ているだけで、嫌な感覚が身体の中を奔る。
とても悍ましい何かを、それこそかつて大地を蹂躙したあの魔王と同質のものを見せられているような、そんな気分だった。
「シェーラを助けに、ミラと一緒に俺達のギルドマスターも向かってる。あんたも行くなら、道中は一緒ってことになる」
「うん。風の魔法を使えば僅かだけど、移動を加速することができる。向こうに付いたらボクの魔力はなくなるかも知れないが……。君達の方が戦力になるだろう」
「そいつは何とも言えないが、何にせよ追い付かなきゃ話にならないことには同意だ。それで行こう」
話がまとまり、二人が庭園から外に出て行こうとする。
イングリッドはその背中に対して、思わず縋るような声をかけてしまった。
「ぼ、ボクは。エルフだ」
「……見りゃわかるけど」
間抜けな顔でエリアスがそう答えた。
一方のオーウェンは、声色から察したのか神妙な顔でイングリッドの言葉の続きを待っている。
「君達人間の敵、ではないが敵対する者もいる。ボクは逸れのエルフだから彼等に力を貸すことはないが。……それでも、英雄が怖かった。英雄と呼ばれる君達人間にだけ与えられた力に、同胞が蹂躙される悪夢を何度も見てきたよ」
イングリッドは、主だったエルフの集落からは距離を置いている。そこに特別な理由がるわけではなく、エルフの中には時折そうやって世界を旅する個体が現れるというだけのことだ。
だから他のエルフに仲間意識は殆どないし、亜人達の反乱にも力を貸すつもりはない。ただそれでも、英雄と呼ばれる圧倒的なまでの凶器。それが人間の手の中にあることに恐怖を覚えた。
その気になれば自分も含めた、種そのものを滅ぼしかねない力。多種族から見た英雄とは、忌むべき暴力と恐怖の象徴でしかない。
「……ニコラス博士の研究は、ボクにとっては可能性だった。まだ発見されていない力や技術。それを知ることで英雄に対する抑止力を得ることができるかも知れないと、そんな浅はかな打算で友達を利用していたんだ。……そんなボクが、あの子を助ける資格があるだろうか?」
その回答を、今会ったばかりの二人に託すべきではない。
頭の中では理解していながらも、口から次いで出る言葉は止まらなかった。
それに対して、オーウェンは黙ったままだった。
「いや、それを俺らに聞かれても……」
と、エリアスが至極当然な回答を口にする。
「……確かにそうだね、ボクとしたことが」
「そういうもんじゃねえの? 俺も最初は無理矢理ギルドに入れられたし、命がけて助けに行った時だって、心の何処かじゃ居場所を失いたくないだけだった気もするし。……でも、やってみりゃそのまま上手くいってるからさ。あんまり考え込んでも仕方ないって。シェーラを助けてやらないと、謝ることもできないわけだしさ」
会ったばかりの他人の、気休めに等しい言葉。
しかしそこには確かな実感が籠っていた。そしてそれは、今のイングリッドにとっては気休め以上の力と動く理由をくれるものとなった。




