やべえ奴等
エリアスにとっては幸いなことに、屋敷の中にはあの怪物の気配はなく、しんと静まり返っていた。
時折外から聞こえてくる、オーウェンの戦う音に焦りを覚えながらも、当然屋敷の見取り図など知らないエリアスは、一つ一つの扉を開けては確認していく。
「……本当に人が暮らしてたのかよ」
そういいたくなるほどに、生活感のない屋敷だった。
恐らくこの屋敷の住人は、毎日決まった場所しか使わなかったのだろう。埃が積もっている場所とそうでない場所が明白で、掃除されている形跡も殆どない。
数少ない生活の痕跡を辿っていくと、隅にある一つの部屋に辿り着いた。廊下のその部分にだけ、そこに人が暮らしている様々な痕跡がくっきりと残っている。
ショートソードを片手に握りながら、扉を開く。
部屋の中には一先ず敵はいない。エリアスは胸を撫でおろしながらも、警戒しつつ中へと侵入していく。
「……子供部屋か?」
可愛らしい装飾のベッドに、丁寧に並べられた人形。どれも古ぼけてはいるが、手入れが行き届いている様子が見て取れる。
「……でも、変な部屋だな」
しかし、ここにも人が生活している気配はない。掃除と手入れはされているが、誰もここを使っていない部屋、というのがエリアスが抱いた感想だった。
部屋の中を見渡し、何もないと出て行こうとした瞬間、奥から音が響いた。
一瞬、その場から逃げ出そうとしてしまうが、何とか堪える。音が出た場所は、クローゼットだ。
部屋に入るときと同じようにショートソードを構えたまま、クローゼットを勢いよく開く。
そこには、両手両足を縛られ轡を噛まされた、イングリッドが押し込められていた。
「……あんた」
エリアスを見上げて何か言いたげにしているイングリッドを、クローゼットからベッドに運ぶ。そこで丁寧に縄を切ってやり、彼女を開放した。
「無事で何よりだよ。あんたがイングリッドだろう?」
「そうだけど、君は?」
「エリアスって、ルクスのダチだよ。ミラが凄い勢いで俺達のところに駆け込んできてな。それで、ギルド総出であんた達を助けるために動いてる」
「……そうか。世話を掛けるね」
「まぁな。だが無事がわかったならそれでいい。外じゃ仲間が戦ってるんだ。あんた、魔法は?」
「いけるよ」
そういいながら、イングリッドは手首の辺りに張られた一枚の紙を剥がす。エリアスが武器に刻んでいるようなルーンが書かれたそれは、恐らくは魔法を封じるための道具だ。
「簡易式の魔封じさ。剥がしてしまえば効果は消える」
イングリッドが床にそれを放ると、地に付く前に塵となって消えていった。
「よし。すまないが力を貸してくれ。やべぇ奴等が屋敷の外にいるんだ」
「やべえ奴等?」
「見てもらった方が早い!」
イングリッドの手を引くようにしながら、屋敷の外へと戻っていく。
そこでは相変わらず、オーウェンがあの石の兵隊を相手取って奮戦していた。
二匹が彼を左右から攻め、それを槍で捌いている。少し離れたところには一匹が倒れており、致命傷のようだがまだ僅かに動いていた。
「……なんだ、あれは?」
後ろでイングリッドが、怯えたような声で呟いた。
「あんたも知らないのか……。今はとにかく、オーウェンさんの援護を!」
「わ、わかった!」
「オーウェンさん!」
エリアスは飛び出し、短弓を構える。
「『エンチャント・ファイア!』」
果たしてあの石の兵隊に炎の攻撃が効くのかどうか。わからないが何もしないよりはましだろうと、炎の矢を放つ。
勢いを増した矢は石の兵隊の背中に突き刺さり、片方の狙いがエリアスに向いた。
「このっ!」
振りかぶられた爪を、ショートソードで受け止める。
「くっ、重……っ!」
想像よりも鋭く、重い。あれを難なくいなしていたのは、オーウェンの力と技量あってのことだった。
速度には長けるが正面からの打ち合いには劣るエリアスが、簡単に受けていい攻撃ではなかった。
「エリアス!」
「大丈夫だ。援護はボクに! 『風の刃よ!』」
イングリッドが魔法を唱えると、彼女の掌から不可視の刃が飛来する。それはまるで意思を持つようにエリアスを避けると、左右から石の兵隊に向かって襲い掛かっていく。
ガキガキガキッ、と金属に刃を突き立てたような音が何度も響き渡る。致命傷には至らないものの、その衝撃によって何とかエリアスはそいつと距離を取ることができた。
「助かった! 助かったついでに、なんかでかいのを頼む!」
「注文が多いね」
言いながらも、魔力の集束を感じる。
それに反応したのか石の兵隊がイングリッドの方を向いたが、彼女に向かって跳躍する寸前にエリアスがその足を引っかけて地面に倒した。
「やらせねえよ!」
倒れた状態から、翼を伸ばして立ち上がる石の兵隊。
そのまま襲い掛かってくる骨の翼を、上手く避けてはすぐ傍にまとわりつく。
「くそっ、怖えぇ……! ここはルクスの距離だろうが!」
改めて、小柄な体躯を生かすためとはどんな強敵とも至近距離で渡り合っているギルドマスターを尊敬する。
「長くは持たねえぞ!」
「持たせる必要もないよ」
爪のように鋭く伸びた手が、エリアスを上から襲う。
額に痛みが走り、鮮血が舞う。
「掠っただけだ!」
ショートソードで、下から上に顎を跳ね上げる。
やはり人間とは違う。喧嘩では有効打になる一撃だが、目の前の無機質な生命には大した効果も与えられなかった。
「伊達に格闘も、訓練してねえぞ!」
腹部を思いっきり蹴り飛ばし、その勢いで距離を取る。
痛みこそないものの、流石に顎に続いて腹への衝撃には堪えたのか、石の兵隊が態勢を崩した。
「『インパルス!』」
不可視の衝撃が、石の兵隊を襲う。
エリアスと戦っていた場所から遥か彼方に吹き飛んで、そのまま石の兵隊は仰向けに倒れた。
「……やったか?」
「そういうことは言うものじゃないよ。……ほらね」
片手と羽根が砕け、皮膚からはその後ろにある肉の身体が見え隠れしている。
それでもまだ、石の兵隊は立ち上がろうとしていた。
「時間稼ぎ、助かったぜ」
そこに、オーウェンが一撃を浴びせる。
腹を貫かれて、そこから大量の血を吹き出してから、石の兵隊は大きく戦慄いて動かなくなった。
見れば、オーウェンは自分が戦っていた一体を仕留め、その後に倒れていたもう一匹にも止めを刺し終えていた。
「エリアス、助かった」
槍に付いた血を拭いながら、オーウェンがそう口にする。
「そっちのイングリッドさんも無事でよかった。……まだ落ち着いてないところ悪いんだが、知ってることを教えてもらっていいかい?」




