理不尽の痛み
それからルクス達は手早く準備を整えて、二手に分かれてポータルを使って行動を開始した。
ミラ曰く、イングリッドはニコラス博士の研究室に侵入して襲撃を受けた。そして意識を失う直前に、予め仕掛けておいた魔法を発動させてミラへとメッセージを伝えていたのだという。
つまりは、イングリッドは最初からニコラスの計画がろくでもない結果に繋がることをある程度は予想していたということだ。
オーウェンとエリアスは今、二人で彼女を救出するためにニコラスの屋敷へとやってきていた。
ポータルで移動した最寄りの街から更に徒歩で移動。そこにある滅多に人も寄り付かないような集落に、不自然にその屋敷は立てられていた。
「……ここっすね」
集落の人達に近づかないように言い含めてから、二人は屋敷の前に立つ。幸いにも他の住民達からもニコラスは疎まれていたようで、誰もオーウェン達の言葉に異を唱えることはなかった。
「……シェーラのことを心配してる人がいたのが、あの子の救いっすね」
「……まぁ、そうだな」
咥えていた煙草を地面に放る。
オーウェンの背には、いつもの愛用品とは別にもう一本の槍が背負われていた。
「それにしてもオーウェンさん、なんかここに来るのに迷ってませんでしたね? 来たことでもあるんすか?」
「……ああ」
煙草の火を、靴で踏み潰す。
オーウェンにとってこの屋敷にくるのは初めてではない。
「一度だけな。まだ騎士団にいたころ、命令を受けて」
「命令?」
「ニコラス博士は優秀な人材だった。だからこそ取り戻したかったんだろうよ。……結果は知っての通りだが」
家族を失った彼は、焦燥し切っていた。それこそ、今にも後を追いかねないほどに。
それに対して当時のオーウェンが掛けられる言葉などあるわけがなかった。オーウェンとて、魔王戦役を始めとする戦いで多くの部下や同胞を失っている。
「かつて一緒に戦った部下や仲間はな、一時は自分の半身みたいなもんだと思ったんだ」
「え、あ、はぁ……?」
「そいつが消える痛みは理解しているつもりだったが、ありゃ違うよな。『家族』を理不尽に奪われる痛みや苦しみは、半身以上のものを無理矢理持って行かれるようなもんだ」
「……かも知れませんね。俺も、母さんが死んだときは辛かったんで。親父のときはまぁ、それどころじゃなかったっすけど」
魔王戦役による傷痕。
誰もがその痛みを抱えている。
しかしだからといって、『誰もが』そうであるからなどという言葉は何の慰めにもなりはしない。
「エリアス」
「はい!」
オーウェンの声が硬さを帯びる。
それにすぐに気が付いたのか、エリアスも同じように短弓を抜いて戦闘態勢に入った。
屋敷の門をくぐった先、すっかり世話をする者もいなくなって荒れ放題の庭園。
そこに何かがいる。
「なんっ……!」
エリアスが反射的に弓を放っていた。
真っ直ぐに飛来した矢は、その人型の顔面に吸い込まれカン、と硬質な音を立てる。
鎧を着ているわけでもない、だからといって身体が剥き出しなわけでもない。
灰色の、まるで石で固められたような皮膚の人型だ。顔の部分はのっぺりとしているが、たった一ヶ所、片目の部分だけが石のような皮膚が剥がれ落ちている。
そしてそこから、ぎょろりとした剥き出しの眼球が二人を捉えていた。
「なんすかあれ!?」
「さあな!」
石の兵隊が動く。
オーウェンとエリアスを敵と見定めて。
「くそっ、こいつ!」
すぐさまエリアスを後ろに下げて、援護の陣形を取る。
石の兵隊の両手が、まるで裂けるように広がっていく。指が伸び、尖り、一本一本がまるで刃のように変化した。
「こいつ……!」
オーウェンが槍でそれを受け止める。
そのままはじき返し、即座に胴体に反撃を打ち込む。
ガキンと硬い音がして、胴体に罅が入った。
同時に、石の兵隊の身体が更なる変化を遂げていく。
「オーウェンさん!」
オーウェンの死角から襲い掛かったそれを、エリアスの矢が叩き落とす。
「羽根……?」
その背中からは、羽のような何かが生えてオーウェンを攻撃していた。もっとも飛ぶための機能は持たされていないのか、硬質で、まるで骨のように鋭く細い。
「厄介な奴だ!」
「見ればわかります!」
槍で羽を弾き、距離を取る。
見れば、オーウェンに突かれた腹部はぽろぽろと崩れるようにして剥がれていた。
「だが、見た目ほど硬いわけじゃなさそうだ……がっ!」
一瞬で、石の兵隊が目の前に迫る。
振りぬかれた爪が、オーウェンの着込んでいる鎧を削り取った。
もし後退が一瞬遅れていれば、そのまま肉を持って行かれていただろう。
「オーウェンさん!」
「……大丈夫だ。……だが、こいつは」
オーウェンは頭の中で認めていた。
目の前の敵を、少しばかり見誤っていたことを。
ルクスよりは遅いと、ウィルフリードのような難敵ほどの強さはないと勝手に決めつけていた。
それは確かにオーウェンの落ち度といえるだろう。
だが、そうであったとしても。
「油断したつもりはねえぞ……。こいつの早さ……!」
次の一撃を槍で受けとめ、そのまま地に叩き伏せようとして、再び弾かれた。
速度も、力もこちらの予想を遥かに超えている。
以前に戦った人造兵よりも早く、鋭い。
「なんだ、こいつは……!」
人間や獣人、亜人種などの強者を模して作られたのが人造兵だ。だから彼等は『兵』の名を与えられている。最終的には用途は様々に広がったが、元は強靭な兵士として作られたと、オーウェンは聞いている。
目の前の怪物の無機質さ、その動きは人造兵に酷似している。だが、そうでありながらそれとは比べ物にならないほどの力と速度。
「オーウェンさん、考えるのは後にしましょう!」
「……ああ、確かにな」
伸びてきた爪を槍で打ち払う。
例え想像より大きな力を持っていたとしても、オーウェンが手こずるほどではない。ましてや、後ろにはエリアスがいる。
エリアスは敵の動きを撹乱するようにあちこちを飛び回りながら、絶妙なタイミングで石の兵隊に対して魔法矢を打ち込んで動きを止めてくれる。
そのたびにオーウェンの槍が直撃し、その石の身体は少しずつ崩れていった。
「ちっ……やっぱりな」
その下から現れたものを見て、オーウェンは舌を打つ。
人の肉だ。既に死んでいるかどうかはわからないが、攻撃を受けるたびにそこからは赤黒い血が噴き出している。
「楽にしてやる」
薙ぎ払った槍が、腹部に突き刺さる。
そのまま腹の真ん中ぐらいまで一気に食い込み、無理に動こうとした上半身と下半身が千切れていった。
大量の血を吹き出し、それでも伸びる翼と爪をオーウェンに向けながら、その石の兵隊は崩れ落ちていった。
「……まだ動くのかよ」
地面に落ちてもそれは、腕を伸ばし続けている。オーウェンを攻撃するために、敵対者を滅ぼすために。
その頭に数度突き立てて、ようやく動きが止まった。
「や、やったんすか?」
「ああ。いい援護だった」
「い、いや……。俺、今回もあんまり……」
「そんなことはないさ」
肩を落とすエリアスの肩を少し強めに叩く。かつても、同じように落ち込む部下達にそうしてやったように。
「お前さんがいたからこいつを楽に倒せた。……正直、あの時驚いててくれなけりゃ逆に俺が冷静じゃなかったかも知れん」
オーウェン一人で倒せない相手ではなかった。それは事実だが、エリアスがいなければもっと手傷を負っていただろう。
「それに、お前さんの仕事はここからだ」
声から警戒が抜けない。
エリアスも顔に怯えを見せながらも、気丈に武器を構えてくれる。実に頼りになる同僚だった。
「一、二、三……」
「数えてくれるな、嫌になる」
周囲には同じような石の兵隊が、後三体。多少体格や大きさは違えど、同じように灰色の肌に覆われて背中からは骨のような翼が生えている。
「こいつを倒すには物理攻撃じゃ骨が折れる。……噂の魔法使いさんを解放してきてくれ」
「も、もし中にいなかったら……?」
「そこはミラのお嬢さんを信じるしかないな。それから、時間稼ぎする俺のことも」
ニコラスはイングリッドを殺しはしないだろうというのが、ミラの見立てだった。詳しい理由は聞いても納得できるものではないが、とにかく無暗に人を殺すような性格ではないらしい。
そして満身創痍とはいえ魔法が発動できたということはイングリッドは生きている。そう推理して二人はここにやってきていた。
「ま、またこんな役回り」
「大事な役目だ。代わりに行ってやりたいんだが、煙草の所為か飛んだり跳ねたりがキツくてね。……お前にしかできない、いつものやつってことだ」
「……わかりました」
その一言で、腹は決まったようだった。未知の敵を見て一瞬、気が弱まっただけのことだ。こうやって発破をかけてやればすぐに立ち直る。エリアス・カルネウスはそういう男だった。
「『エンチャント・ブースト』!」
加速の魔法を唱える。
「その魔法、今度俺にも教えてくれ」
「その年まで出来なかったら厳しいと思いますよ」
「軽口まで叩きやがる」
お互い、それで大丈夫だと伝え終わった。
エリアスが跳躍する。
それを追おうとする意志の兵隊たちの前に、オーウェンが立ちふさがった。
「お前さん達が何なのかは知らんが、もう少しこっちの相手をしてくれよ。先輩の格好いいところが見たいんでね」




