ディンという男
ディンという男は、単なるチンピラに過ぎなかった。
別に何者でもない、何処かのギルドに所属しているとか、高貴な生まれとかではない。
一応、魔王戦役の際に家族を失ったという過去はあるが、そんなことは彼だけが経験していることではない。
だからといって大きな悪事に手を染めるほどの力も頭もなく。
ただ単にその場しのぎの悪事を繰り返し生きている、取るに足らない男だ。
だからこそ、彼はニコラスには都合がよかった。
足がつかず、報酬さえ与えておけば最低限の働きはするチンピラ。それより有能な駒を探せば、お互いに余計な腹の探り合いが行われることになる。
その辺りの都合がついたこと、また偏屈なニコラスに対して報酬以上の価値を見出さなかったことが、二人がそれなりに長く続いた理由だろう。
ディンは今、とある遺跡へとやってきている。
ギルド・フェンリスが拠点を構える街からそれほど離れていない場所にある、その遺跡は、地下にある古代都市の入り口だった。
発見されたときは一部の学者たちの間で何かと話題になったその場所は、近くに幾つも似たような場所が発掘されたこと、つまりは古代文明のありふれた都市の一つでしかないことがわかって、今は殆ど人が入らない場所となっている。
「この都市を作ったのは、恐らくは今の亜人達よりももっと古い種族だ」
「エルフとか、ですか?」
「そのエルフ連中の祖先のような連中だな。奴等はこの大地由来のエネルギーを使い、かつてはそれなりの文明を興していたようだ」
既にほぼ土塊と化したかつての街並みを、ディンとニコラス、そしてシェーラの三人は進んでいく。
街と言っても千年は前のものだ。殆どの建物は倒壊していて、ディンのような学がない人間では言われなければここが街だとは気付かなかった可能性すらあるほどに朽ちている。
「恐らく奴等は何らかの理由で地下に都市を作った。だが、ここでは得られる資源などたかが知れている。ましてや光すらないのだ。それを解決するために用いられたのが、後に『願いを叶える秘宝』と語られたものだ」
ニコラスの言っていることは、実際のところディンにとっては半分以上が意味不明だった。
「そいつを起動させるのに、シェーラが必要ってことですよね?」
名前を呼ばれ、シェーラが一瞬ディンを見る。
その無垢すぎる、人造兵特有の光彩を放つ瞳から咄嗟に視線を逸らした。
「そうだ。人造兵がこんな形で役に立つとはな」
ニコラスが微笑んだのを見て、シェーラも笑っている。彼女はこれから自分がどんな目にあうか、想像もしてないのだろう。
「あの、ニコラス様?」
「どうした?」
「その、生贄の件なんですけど」
シェーラは遺跡が気になるのが、二人が立ち止まるとそのまま先へと歩いて行ってしまう。
ちょうどいいタイミングだと思って、ディンはニコラスに切り出した。
「他の生贄を探すとかじゃ駄目ですかね?」
自分でもどうしてこんなことを言っているのか、ディンは理解できなかった。
ディンはシェーラに対して好感を抱いたことなど一度してない。ニコラスが疎んでいるから、見下していいものだと判断して勝手に疎んでいた。その程度の関係だ。
「馬鹿なことをいう。私にこれ以上待てというのか?」
「そりゃ、俺はあんたの目的も知りませんし」
「お互いそういう形を良しとしたのだろう。金は充分にやったはずだ。私のやり方が気に入らないなら、消えろ」
やはり今更ディンの言葉一つで止まるような人物ではない。
ここでニコラスに襲い掛かっても、状況がわかっていないシェーラは全力で反抗してくるだろう。それに、ニコラスがそれに対して手を打っていないとも考えにくい。
「だが、一ついい方法がある」
意外にも、光明はニコラスの方から差し伸べられた。
もっとも、それはディンにとって本当に光であったかは疑わしいものだが。
「あの駆動鎧の娘に逃げられただろう? 連中は恐らく、例のギルドを連れて戻ってくる。そしてそのギルドマスターは、シェーラと同じ人造兵だ。……いや」
ニコラスの顔に狂気が滲む。
それを見たディンは思わず後ずさった。
「奴は特別製だ。シェーラ達から聞いた話や、噂が正しければな。奴は……英雄の心臓を持つ人造兵だ。そこに秘められた魔力なら、『秘宝』の機動には充分だ」
「……それを奪えって? 俺に……?」
「ああ。やって見せろ。あの役立たずを救いたいのならな」
冷たい目で、ニコラスが吐き捨てる。
その視線は一瞬シェーラに向くが、そこに親子の情などといったものは一切感じ取ることができなかった。




