悪い噂
食事を摂りにルクスが夕立亭に向かうと、そこには何やら苦い顔をしながらアイスを食べているベオと、それに対して微妙な表情をしているエレナの姿があった。
「どうかしましたか?」
こういうときは、大概ベオがエレナに対して無茶を言っているときだろう。勝手にそう判断したルクスは、二人の会話に割って入る。
「あ、ルクスさん」
ところが、事情はまた違うようだった。
「今、妙な噂が街に流れているらしい」
ベオが不機嫌そうに言う。
エレナがそれに苦笑いを浮かべながら、状況を説明してくれた。
「ルクスさん達のギルドに対して、悪い噂が流されているみたいなんです」
「悪い噂?」
「はい。なんでも街にゴミを捨てただとか、食い逃げをしたとか、依頼料が高いだとか……」
「……はぁ……」
ルクスは思わず微妙な表情で、気のない返事を返してしまう。
なんというか、随分と気の抜ける悪い噂だった。勿論ゴミのポイ捨ても食い逃げも褒められたことではないが……。最後の依頼料に関しては、ギルドの依頼料は応相談なのでそんなことを言われてもといった感じだ。
「うちのギルドは、ルクスの意向で依頼料を限界まで安くしてるんだぞ。なのにこんなことを言われるとは……。私達の功績を考えればもっと金をとって、その分をアイス代……いや、ギルドの装備や設備代に変えてもいいぐらいだというのに」
一瞬本音が零れたベオのことは、無視しておく。というか彼女は今も毎日アイスを食べているので、お腹事情を考えてもお金が増えたところでそれが一日二つになることはない。
「どうなんでしょうね、こういうの?」
「有名なギルドならよくある話だとは思いますよ。うちでも、お客さんが大規模ギルドの悪口を言うことってよくありますから」
「ですよね……」
「それに、ルクスさん達のギルドにはこの町全体がお世話になっていますから! 今更こんな噂、誰も信用しませんよ!」
ぐっとこぶしを握り、力を込めてエレナがそう力説してくれる。
実際、ルクス自身も話を聞いたところで今一つピンと来ていないというのが本音だった。事実、今日も受付にはそれなりの数の依頼主が現れている。
「とはいえ、こういうのはじわじわと効いてくる可能性もある。それこそ、毒のようにな」
アイスを食べ終えたベオが、スプーンを器に放りながら口を開いた。
「何より、私のギルドをコケにするような行為を許すわけにはいかんだろう」
「気持ちはわかるけど」
「なんだというのだ?」
「この手の噂って後から後から出てくるから、対処のしようもないような気がする。まさかそれを言ってる人全員を捕まえるわけにもいかないし」
そもそも噂を言うこと自体に罪はない。そんなことをすれば無断でギルドが一般市民を逮捕したという事件になり、ミリオーラの憲兵と争うことになる。
「そういうのがますます持って歯痒いのだ!」
「確かにベオちゃんはそういうの嫌いそうですよね」
エレナがそういいながら、ベオを宥めるように両肩に手を置いた。
「……あんまり酷いようなら、噂の出所を探す必要はあるかも知れないけどね」
勿論ルクスとて、自分だけならともかくギルドの仲間達が悪くいわれているのはいい気分はしない。今のところ食い逃げやポイ捨て程度だから気にも留めないが、これがエスカレートすれば何らかの対策を講じる必要が出てくるだろう。
「……ただ、あんまり効果的な方法はないと思うけど」
「噂は所詮、噂ですからねぇ」
エレナもまるで自分のことのように、腕を組んで考え込んでしまう。
「こんなことをせずに、噂をばら撒いた阿呆が乗り込んでくれれば手っ取り早いのだがな」
「まさかそんなこと……」
「おい! ルクス!」
ベオのちょっとした軽口に対してのルクスの言葉は、店の入り口から聞こえてきた元気のいい声によって掻き消された。
振り返るとそこには、イングリッドを伴った元気少女、シェーラが夕立亭の扉を破壊せんばかりの勢いで開いた姿勢のまま立っていたのだった。
「大人しくミラを返せ! さもないと、お前のギルドの悪い噂をもっとばら撒いてやるぞ! あんまり効果なかったけど!」
ベオを見ると、頭を抱えている。どうやら流石のベオですらも、シェーラにはある意味で負けたようだった。
「えっと、君が悪い噂を?」
「そうだ! わたしだってこんなことしたくなかったけど、ミラを人質にとったお前がいけないんだからな! でもあんまり効果がないから、こうやって直接……」
「うるさいよ! 商売の邪魔だから外でやんな! ルクスも! あんたの揉め事を店に持ち込むんじゃないよ!」
厨房から飛んできたサンドラの怒声によって、哀れにもルクスとミラは店の外へと追いやられてしまうのだった。




