みみみみみみみ
ミラを捕まえたその翌日、彼女の処遇はアディ達に任せて、ルクスはいつになってもなれない事務仕事に精を出していた。
朝起きてからすぐにたまった仕事に取り掛かり数時間。いい加減に小腹が空いたので、それを理由に席を立つ。
当然ルクス達のギルドには事務室などというものはないので、そういった作業をすのは大抵自室だった。
いつもならベオがサボりに来て、ルクスのベッドでゴロゴロとしているのだが今日は姿見えない。
大方、エレナのところでアイスでもたかっているのだろう。そう思いながら部屋の扉を開けると、見覚えのない美少女がモップを片手にギルドの床を磨いていた。
「……君は?」
「あ」
黒髪の少女は、ルクスを見て固まる。それからその大きな目を見開き、たっぷり数秒間の時間を空けてようやく声を発した。
「あ、ばばっ、あばばばばっ、あばばばばばばば」
「……えぇ……?」
これにはルクスも絶句するしかない。
見知らぬ少女がいたと思ったら、この反応。間違いなく不審者の類ではあるのだが、では何故不審者が勝手にギルドに入って床掃除をしているのかという疑問に辿り着く。
ひょっとしたら入団希望者かとも思ったが、そもそも誰にも許可を取らずここまで入り込めるものだろうか。受付には現在はエリアスとオーウェンがいるはずだった。
「……えっと、君は誰?」
「み、みみみみみみみみ」
「みみみ?」
少女が相変わらず、口をパクパクさせながら意味の通らない言葉を発し続けている。そうしている間にも顔色が赤くなったり青くなったりと、傍から見ていて心配になってきた。
「……あ、る、ルクス君」
と、ルクスが困り果てていると丁度いいタイミングで階段を上ってアディがやってきた。
アディはどうやら少女のことがわかっているようで、特にその異様な光景を見ても疑問には思っていないようだった。
ちょこちょこと小走りでルクス達の傍にくると、少女の横にアディが並ぶ。そして、掌を上にして指先を彼女に向けた。
「こ、この子、何処かに閉じ込めておくのもあれだし、が、害はあんまりなさそうだから……えっと、一応雑用係になってもらったんだけど、どうかな?」
「閉じ込めておくって? 何の話?」
「あ、えっと……。そっか、ひょっとしたらルクス君はこの子が昨日捕まえたあの鎧の子だって気付いてないのかも、ちょっと鈍いルクス君も素敵だけど、アディとしてはそれをあらかじめ伝えておかなかった自身の連絡能力のなさに少しだけ落ち込んだりしたりしなかったり……」
「あびびびびびっ」
ぶつぶつと独り言を呟くアディ。その横でぶるぶる震えながら言葉にならない声を発する少女。
地獄絵図と呼んでもいいような光景が目の前で展開されているのだが、ルクスは努めて冷静に二人と話を続けることにする。
「それじゃあ、ひょっとして彼女は」
「み、ミラさん……だよ?」
「ミミミミミミラです」
声が震えてとんでもない名前になっているが、最早気にするだけ無駄だろう。
「べ、ベオさんは彼女を拷問しようとしてたけど、ちょっと可哀想だったから……駄目だった、かな?」
こてんとアディが首を傾げる。
「いや、別に駄目じゃないけど。……ベオ、そんなことしようとしてたんだ」
勿論本心ではなく、精々尋問程度のことだろうが相変わらず過激なのがベオという少女だった。
「く、駆動鎧はこっちで確保してあるし、見ての通りだから、あんまり危険はないと思う、よ?」
「……まぁ、そうだね」
二人の会話を聞きながら、目線をあちこちに動かして震えている彼女を見れば、そうとしか思えない。
「それにしても、鎧を着てるときとは別人過ぎるね」
「は、はずずかしししいいいい……かかかららら、か、かかかおおおお……」
「えっと、極度の恥ずかしがり屋だから顔が見えてるとちゃんと話せないんだって」
「……そうなんだ」
何故アディが通訳できるのかは謎だが、その辺りは最早気にするだけ野暮と言うものだろう。
「……えっと……それで、ミラさん?」
「はひっ!」
「取り敢えず大人しくしている間は貴方に危害を加えるつもりはありません。それから、他の方達とも積極的に敵対するつもりも」
「ははははははははいいいいいいい」
「はいだって」
「それは言われなくてもわかるよ」
「しょんぼり」
アディが肩を落とす。
「彼女達はまだ、僕達を狙ってくると思いますか?」
ぶんぶんと、ミラが首を縦に振る。
ルクスはその事実に呆れながらも、言葉を続けた。
「でしたら、彼女達が来たら貴方に説得してほしいです」
「せせせせっ?」
「はい。僕達の方に争うつもりはないって」
「で、でももももももももも」
「お互いに譲れないものがあるのは理解しています。……ただ、それでも納得できる形に持って行けるんじゃないかと」
「なななななななななななっ」
「……あの子の、シェーラのことが気になってるんです」
「る、ルクス君……! まさかの浮気?」
などと、アディが口を挟む。果たして誰に対しての浮気になるのかは聞かないでおく。
そして意外と会話ができるのが驚きだった。
「彼女は人造兵ですから。もし自分の意志とは関係なく戦わされているのだったら、何とかしてあげたい」
その言葉に、ミラは言葉を止めた。見れば身体の震えも、少し収まっている。
それだけミラにとって、シェーラという人物が大切なのだろう。それは彼女が身を挺して二人を逃がしたことからも見て取れる。
「悪いようにはしないつもりです」
こくりと、ミラが頷いた。
そしてそこに、アディがいつの間にか召喚していたクラゲの触手を伸ばす。
「うひいいいいっ!」
ミラは飛び上がり、階段を転がるように落ちていく。
「ふへへっ……アディより変な人、面白い」
「アディ……」
それからアディはルクスに軽く怒られたのだが、何故か嬉しそうにしていた。




