父の呪縛
殆ど灯りもなく薄暗い、埃の積もった屋敷の廊下でイングリッドはシェーラを待っていた。そして彼女が笑顔で出てきたときには、思わず胸を撫でおろしていた。
「シェーラ」
しかしすぐに、赤く腫れあがった頬を見て表情が曇る。
シェーラはそんなイングリッドの表情を見ても、きょとんとした顔をしていた。
「まったく」
呆れながら、回復魔法を発動させる。
掌に集まった癒しの力が、シェーラの頬に付いた傷を癒していく。男性とはいえ、殆ど研究ばかりをしている学者の細腕、幸いにして怪我は大きくはない。
とはいえ、大の男がシェーラのような少女を叩くという光景を想像するだけで、イングリッドは吐き気がするほどの怒りが湧きだしてきていた。
「イングリッド! ミラを取り返そう!」
開口一番、シェーラが口にしたのはそれだった。
部屋の前で騒ぐと、あの男の怒りに触れるかも知れない。そうなっては折檻されるのはシェーラだ。
イングリッドは自分が先だって歩き出しながら、シェーラに話を聞く。
「それが次のボク達の任務ってことかな?」
「そう! お父様が、秘宝は遺跡にあるかも知れなくて、遺跡を探索するのには人手が必要だからって」
「……だったら、自分で人でも雇えばいいものを」
シェーラに聞こえないように愚痴を零すが、あの男がそんなことをするわけがない。
彼はシェーラが人造兵で、自分のいうことを聞くからそれを最大限活用としているだけのことだ。
「わたし、頑張るよ。凄く頑張って、あのルクスを倒して見せるから」
「どうしてだい?」
「お父様がね、わたしが一番役立たずなんだって。だから、本当はわたしが命を捨ててでもルクスを倒さないといけなかったんだ」
「……それは……!」
イングリッドは絶句する。
同時に、心の中で散々に男のことを罵倒した。
そもそも、イングリッドもミラもあくまでもシェーラの友人だ。彼女がそうしたいから、手伝っているに過ぎない。
そのシェーラがいなくなれば、二人があの男に協力する理由などないことを、彼は知らないのだろうか。
「……知らないというよりわからないのだろうな。あの研究に憑りつかれた哀れな男は」
「ん?」
またも零れた独り言に、シェーラが首を傾げる。
「いや、何でもないよ。ボクの独り言さ」
「あんまり独り言が多いと早くおばあちゃんになっちゃうって、村の人が言ってたよ!」
「はははっ、心配はいらないよ。ボクはもう、君達からすれば充分おばあちゃんだからね」
エルフであるイングリッドの寿命は長い。
そして彼女はそれこそ、シェーラやあの男達が生まれる遥か昔より生きてきたエルフの一人だった。
「それでさ、イングリッド」
真剣な顔になり、シェーラが声をかける。
「ミラを助けるための作戦、何かないかな?」
「……どうだろうね……」
実際のところ、イングリッドの見立てではミラを助けるのは絶望的といってもいい。
そもそも人数からして差がある上に、単純な戦力でも圧倒的に足りていない。イングリッドは優れた魔導師だが、攪乱ならともかくベオやアディを単独で倒せるほどの実力はない。
当然、それはシェーラも同様だった。
彼女がどう頑張っても、ルクスには勝てないだろう。加えて実際に命の取り合いをするのならば、彼にも援護が付くはずだ。
勿論、それを言ったところであの男やディンが手を貸してくれるわけもない。
「正直、難しいと思う」
で、あればミラは彼等に預けている方が得策ではないのだろうか。
イングリッドはそうとすら思っていた。彼等と話した感じでは、ミラを害することもないだろう。
「そっかぁ……難しいかぁ……」
目を閉じて、シェーラが考え込む。
「うむむ……」
腕を組み頭を捻るが、恐らくは効果的な作戦など思い付きはしないだろう。そもそも、何かしらの策を用いてどうにかなる程度の差ではないのだから。
それでも、イングリッドはシェーラがやりたいようにさせてやろうと思っていた。
彼女が父の呪縛から解き放たれて、自由に駆けまわれるこの時間を奪うことはしたくない。
それが友達として、イングリッドがシェーラにしてやれることだった。




