頬の痛み
ミリオーラからそれほど離れていない、とある小さな集落。
そこには小さな館があり、集落の人達はそこに住む人々を奇異の目で見ていた。
何せ滅多に出てこない主人に、その部下のチンピラ。常に駆動鎧を着た人物と、エルフに人造兵。
明らかに怪しい連中ではあるが、集落の人々は余計な混乱を恐れて彼等に対して強くは出れなかった。
その屋敷の一室。大量の本とメモが書き記された紙、そして実験器具に囲まれた狭苦しい部屋の中。
一人の神経質そうな男と、彼と向かい合っていつも通りの能天気な顔をしているシェーラの姿があった。
「お父様、報告は以上です!」
お父様と呼ばれた細身の、神経質そうな学者風の男は忌々し気に頭をバリバリと掻きむしる。
それから改めてシェーラを、そのぎょろりとした目で睨みつけた。
「それで逃げ帰ってきたのか、お前は?」
「はい! イングリッドが言うなら、正しいと思って!」
「この……役立たずめ!」
「ひゃあっ!」
男は無造作に、手元にあって一冊の本を手に取ってシェーラに投げつける。
真っ直ぐ飛ばなかった本はシェーラの手の甲にぶつかり、床に落ちる。
「貴重な戦力を失って、何のための人造兵だ。ミラはお前に比べればまだ利用価値があった。お前が代わりに、命を捨てて手駒の消費を抑えればよかったのだ」
「はい! ごめんなさいです!」
男の怒りがわかっているのかいないのか、変わらず能天気で、笑顔を浮かべながらミラが謝罪する。
当然、その行為は更に男の怒りを加速させる結果となった。
「このっ……!」
手を振り上げ、ミラの頬を打つ。
パシンと乾いた音が部屋に響くが、この場には二人しかいない。当然、それを止めるものなどいるはずもない。
「お前は本当に役立たずだな。秘宝の手がかりも本一冊だけ、何よりも邪魔者達を倒すこともできないとは」
「ご、ごめんなさい……」
流石に頬を張られて、シェーラも少しだけ消沈しているようだった。
「謝るだけなら無能でもできる。お前は人造兵だろう? 人間のために尽くす人形なのだから、少しは役に立ったらどうだ?」
「は、はい! 次は、次は頑張って何かします!」
「何かとはなんだ? 言ってみろ」
「い、イングリッドに聞きます! イングリッドは頭がいいので、きっと凄いことを思いついてくれるはず……」
言いかけたところで、シェーラの言葉が止まる。
男が動いたから、再び顔を叩かれると思って身体を縮こませて痛みに備えた。
「役立たずが」
男はシェーラを叩かず、そう吐き捨てて椅子に座る。
「ご、ごめんなさいお父様……。次は、次は頑張りますから……」
「貴様はそれしか言えないようだな」
「ごめんなさい! シェーラ馬鹿だから、馬鹿なのでそれしか……!」
そういいつつも、シェーラの表情は不思議なものだった。
確かに目の前の男に対しての恐怖心こそあるが、それだけではない。
何処か嬉しさのような、そんな表情が垣間見えていた。
とはいえ、目の前の男にはそんなものは見えていない。彼はシェーラの顔など、最初から殆ど視界に入っていなかった。
「いいか、恐らくはあの秘宝があるとすれば古代の遺跡になる。あの場所には、古き民達が残した防衛用の罠や仕掛けが施されていることが多い」
「は、はい……?」
シェーラは男が何が言いたいのかを理解できない様子だったが、そんなことは全く気にせず言葉を続けていく。
「数が必要だろう。ミラを取り戻せ!」
「……わかりました! あのルクスを倒して、ミラを助けます!」
「ルクス……ギルド・グシオンのウィルフリードを倒した人造兵か」
「頑張って倒します!」
「好きにしろ。私は秘宝の在処を探すので忙しい」
シェーラがどのような方法を取るかなど、男には何の興味もない。
最悪彼女が帰らなくても、精々騒いで連中の足を止めてくれればそれでいいとすら考えていた。
「そ、それじゃあお父様……行ってきます」
そう言ってから、シェーラは数秒間何かを待つように直立不動でその場に立っていた。
しかし、既に男は目の前の書物に集中し彼女がそういったことすら気が付いていない。
シェーラはそれに対して、一瞬だけ暗い表情を見せる。
そうして部屋を出て行ったが、彼女がそんな感情を見せたことは、男にもシェーラ自身にも気付かれることはなかった。




