ヤルマ襲撃
「あいつが持ってる本に、お父様の言ってた宝物の在処が書かれてるってこと?」
「魔法で盗聴した限りではそうだね」
「なーんか地味な仕事。あたしはルクスを倒して、自分の方が強いことを証明しないといけないのに」
そんな会話をしながら、家に帰ろうとしているゴードンを追跡する少女の影が二つ。
先頭を早足で歩くのは、あの日ルクスに襲撃してきた人造兵の少女、シェーラ。
その後ろをトボトボとついていくのは、ベオ達と一緒に行動したイングリッドだった。
人造兵とエルフの組み合わせは珍しいのか、衆目を集めてはいるが、シェーラはそれを気にした様子はない。
「でも、あっちを探した方がニコラス博士は喜ぶんじゃないかな?」
「そうなの? じゃあ、頑張る!」
むん、と気合を入れるシェーラ。彼女の一歩後ろでイングリッドが浮かべる表情には、全く気付ていない。
「それにしても、あのルクスに挑んでいるなんて驚かされたよ。相手は魔獣殺しだよ?」
「知ってるよ? あたしと同じ人造兵で、魔獣殺し。だから倒せば、お父様は喜んでくれると思ったんだ!」
振り返り、屈託のない笑顔を見せてくる。
それに対してイングリッドの表情は複雑そのものだった。彼女が父と慕うニコラスが、そんなことでは喜ばないことを知っているからだ。
「……前向きなのは悪いことではないけどね。とはいえ、おかげでボク達はあのギルドのメンバー全員と会うことができたわけだけど」
「そうなの? えっと、ルクスと……後は誰だっけ?」
「君、最初から覚える気もないだろう? ボクが接触したのは獣人のベオ。獣人とはいっても、かなり普通じゃない」
「どういう風に普通じゃないの?」
「……異常な魔力量に、無詠唱で集中いらずの魔法技術。……あれは獣人というよりも、ボク達エルフや魔族に近い性質だ」
「ふーん」
聞いておきながら、シェーラはあまり興味はないようだった。
イングリッドもその対応には慣れているのか、特に気にした様子もなく続きを話していく。
「もう一人がアディ・ルー。……こっちも曲者だね」
「変な奴ばっかりのギルドじゃん」
「そうじゃなければ、あの少人数でギルド・グシオンを倒すことなんかできるわけないさ」
「あ! 見失っちゃう!」
ヤルマが曲がり角を曲がるのを見て、シェーラが足早に駆けていく。
これは恐らく次に話を再開するころには、今までの会話は覚えていないだろう。イングリッドは溜息一つついて、その後を追っていく。
「ミラが遭遇したオーウェン・スティールもかなり厄介な相手なんだけどね」
彼女達は知る由もないことだが、エリアスのことは全く頭から抜け落ちていた。
幾つかの角を曲がり、やがてヤルマは街の貴族街と呼ばれるエリアに到着した。この辺りは金持ちが住む、閑静な住宅街となっている。
どうやら彼はここにいる親戚に、部屋を間借りして暮らしているようだった。
「よーし、人気もないし……!」
「手早く済ませてくれよ。一応ボクが目晦ましをするけど、ギルドの連中が来たら面倒だ。魔導師だって……」
イングリッドが言い終える前に、シェーラはヤルマに突撃していく。
彼を背中から追い越し、くるりと振り返る。そこで腰の剣を抜き払い、問答無用と言わんばかりに突きつけた。
「な、なんだ貴様は!」
「ふっふっふ! お前に名乗る名前なんかない! さぁ、その持っている本を寄こせ!」
「何を馬鹿なことを。子供の遊びに付き合っている暇などないのだ、その玩具の剣を……!」
シェーラが剣を一振りすると、ヤルマの着ていた高級そうな貴族服が僅かに切り裂かれた。
それを見て、ヤルマは彼女が本気であることを理解したようだった。
顔色を真っ青にして、辺りを見渡しながら叫び始める。
「え、衛兵! 衛兵! 誰か助けてくれー!」
「無駄だよ、衛兵は来ない!」
「な、何故だ?」
「あたしの友達が足止めしてるからね!」
自慢げに胸を張る。
実際のところイングリッドはまだ何もしていない。どうやら、余程予算がないのかやる気がないのか、この街の衛兵はあまり仕事熱心ではないようだった。
それでも長くここにいるわけにはいかないと、視線でシェーラに合図をする。
「さあおじさん! あたしにその本を寄こせば、命は取らないよ」
「こ、断ると言ったらわしはどうなる……?」
「バラバラにする!」
「ひええええぇぇぇぇぇ!」
とんでもない脅し文句だった。まさか本当にするわけではなく、勢いに任せていっただけだろう。
それでもヤルマには効果は絶大だったようだ。その場に膝をついて、両手で本をシェーラに差し出している。
「い、命ばかりは……わしはもう家も失って、後には何も残らない哀れな男なのです……」
「そうなの? おじさんも可哀想だね。でもあたしはお父様に褒めてもらいたいから、貰ってくね!」
理解しているのかいないのか、にこやかな笑顔と共にシェーラが本を強奪していく。
「じゃあおじさん! 嫌なことがあっても頑張ってね!」
どの口が、と言いたくなるような励ましの言葉を残して、シェーラは足早にその場を去っていく。恐ろしいことに、嫌味でもなんでもなく、彼女は心からヤルマ・ゴードンを応援しているのだった。
「取ってきた!」
小走りでやってきたシェーラの態度は、誇らしげなものだった。
「うん、悪くないね。……流石にそろそろ衛兵がくる。ボク達も引き上げよう」
シェーラの姿が消えたからだろう。ヤルマは衛兵を大声で呼び、やってきた彼等に何か喚き散らしてくる。
こちらを指さすと、衛兵達が一斉にやってくる。
それを見たイングリッドは、予め用意しておいた『姿隠し』の魔法を使ってから、シェーラと共に人が多い場所へと去っていった。
姿隠しの魔法は効果時間こそ短いが、その間に人混みに紛れてしまえば見つけようもない。
そのまま二人は人通りが多い道を悠然と歩き、街外れまで逃げ遂せることに成功したのだった。
「へへっ、やったー!」
任務が無事に成功したことが嬉しいのだろう、シェーラは手に入れた古文書を特に意味もなくぺらぺらと捲り、戦果を確認する。
少しの間そうやっていると、刺々しい声が彼女の背後から聞こえてきた。
「遅いぞ」
「あ、ディン兄さん!」
笑顔のシェーラとは裏腹に、ディンの表情は苛立ちに満ちている。
大股で彼女に歩み取ると、乱暴にその手から古文書を奪い取った。
「あ……」
もう少し余韻に浸っていたかったのだろう。シェーラの表情が小さく曇った。
それに対してイングリッドが文句の一つでも言おうとしたところで、ディンは古文書を捲って不機嫌そうに頷く。
「どうやら、間違いないみたいだな」
「そうなの? じゃあ、お父様喜んでくれるかな?」
「そんなわけあるか。これはまだ計画の初歩に過ぎないんだからな。気を抜くんじゃない」
「了解!」
ディンの態度を全く気にしていないのか、シェーラは笑顔で敬礼して見せる。その対応が、ディンをもっと苛立たせていることにも、彼女は気付いていないのだろう。
「俺はこれをニコラス様に預けに行ってくる」
「その間ボク達は何をすれば?」
イングリッドが質問すると、ディンは強く睨みつけてくるが、それは所詮ただの虚勢だ。手練れの魔導師であるイングリッドに、その辺りのチンピラに等しいディンが勝てる道理はない。
だが、イングリッドはシェーラの友達であり、更に彼等とは利害も一致している。少なくともシェーラが協力的である間は、彼等の手伝いをすると決めていた。
「そのぐらい自分で考えろ。エルフってのは長生きなだけで、頭の中は空っぽなのか?」
「別にボクに喧嘩を売ったところで、君の権威が強まるわけじゃないよ。ボク達は対等だってことを忘れないで欲しいね」
「なんだと……?」
イングリッドが言い返したことで、空気は更に剣呑なものとなってきていた。実際、古文書を持って帰ったことでこの手柄はディンのものになるだろう。
そもそもにして彼等の雇い主であるニコラスは誰がどう活躍したなどと、そんなことを気にする人物ではないことはわかっていたが、それでも多少は思うところは出てくる。
「二人とも喧嘩はなし! あたし達、同じ目的のための仲間じゃん!」
「……ちっ」
ディンは舌打ちをして、踵を返していく。
「ふー……。ディン兄さん、機嫌悪かったみたいだね」
「……ミラと一緒にオーウェン・スティールに手痛くやられたようだからね」
「オーウェン……? ミラを倒せるぐらいに強い奴がいるんだ……?」
「そういうことだ。もし彼等も秘宝を狙っているのなら、油断はできない」
「ふーん……じゃあさ、先に倒しちゃうのはどう? そうすればルクスのことも一緒にやっつけちゃえるし!」
素晴らしいアイディアが思いついたと言わんばかりの笑顔で、シェーラがそう提案する。
「厳しいとは思うよ」
「大丈夫! あたしとイングリッド、後ミラの三人がいれば倒せるって!」
などと純真無垢、そしてイングリッド達に絶対の信頼を寄せた笑顔でそんなことを言われてしまっては、無下にもできなかった。




