恨みの力
イングリッドに連れて行かれた先は、マルザの森の奥地だった。
無残に木々が薙ぎ倒されてできた凄惨なその空間には確かに異様な空気が漂っている。
よく見れば草木の間に人が入れるほどの隙間があり、その奥は狭苦しい洞窟になっているようだった。
「……ここは」
その奥から感じる気配を、ベオは知っている。
背後に立っているアディが、ベオの服を掴んだ。彼女もここに溜まっている言い知れぬ気配に気が付いたのだろう。
「……ボクはここで何があったのか、詳しくは知らない。大方の予想は付くがね」
「……魔獣だな。私達が倒した」
イングリッドは頷き、ある地点に視線を向ける。
そこには朽ち果てた老人の死骸と、水たまりのように広がる黒い泥があった。
「……気配を、感じます。アディの中にいるものと似てるけど違う。どちらかと言えば、あの時の魔王に近いような」
「この世界には幾つもの謎がある」
「何を今更」
イングリッドが、老人の傍に立ち、杖の先端を当てる。目を閉じて集中すると、杖が光り輝き、それが老人と黒い水たまりへと伝番していく。
「強い恨みだ。魔獣を生み出してその身に宿しただけのことはある」
「……そいつも貴様もエルフだろう。何か思うところでもあるのか?」
「ないと言えば嘘になるよ。でも、ボクは彼等の思想にそれほど共感できるわけじゃあない。実際ずっと眠っていて、起きたのは最近だからね」
「眠っていた?」
「ああ。冬眠の魔法でね。ボクが生まれたときは丁度みんなが血気盛んな時期だったんだ。ちょっとそれには付き合えないと思ったからさ」
「……人間と共存を望むと?」
「さあ。どちらにせよ、無駄に争うのは無益だと思うよ。ただね」
少しずつ、老人の身体が散りのように消えていく。
「英雄という力は、人間だけが持つには強力過ぎる。それこそ、本来はそこにあるべき調和を壊してしまうほどに」
「調和を壊す?」
アディが首を傾げると、イングリッドが言葉を続ける。
「強すぎる力で、人間は無理を通してしまうのさ。するべき譲歩も忘れてね」
「……あぁ」
アディはその言葉で納得したようだった。
「だからと言って魔獣を使うのも問題だ。これは呪いの要素が強すぎて、まともに運用できるものじゃない」
イングリッドが視線で、小さな洞窟を指す。
ベオとアディがそこを覗き込むと、太陽の光で僅かに照らされたそこには大量の骨が転がっていた。
恐らくは獣人やエルフ達の物なのだろう。大きさからして、子供の物も多くみられる。
「これ、全部食べたんですかね」
「多分ね。最初にその可能性に思い立つ君がちょっと怖いよ」
「ふへへっ、アディも似たようなことをしてましたから。生きるためには仕方ないですよね。エネルギー」
「こんなものを使ってまで復讐する必要があるとは、ボクには思えない」
「……ほう。それなら」
ベオが何かを言いかけたとき、離れたところから唸り声のようなものが響いた。
三人が視線を向けてみれば、そこには四足歩行の黒い獣が、こちらに牙を剥けて立っていた。
「……遅かったみたいだね」
イングリッドがそう言った。
「どういうことだ?」
「多くの人の死、強い恨みは放っておけば呪いとなる。行き場を失ったそれらは魔力を帯びて、死の軍勢になる」
「は、はい。そうです。戦場とか、放っておくと大変なんですよ……。だから、アディは昔はお掃除とかしてました。ご飯にもなるし、一石二鳥」
「本来ならばゾンビやグール、スケルトンといったアンデッドだがここはちょっと違うみたいだね」
ぼとりと、その獣から何かが落ちる。
それは真っ黒な泥のような肉片だった。
既に魔獣の身体は腐り、元の形を保っていることすら満足にできないのだろう。
生き物ではない、だがその深さ故に形を持ってしまった黒い呪いの塊が、咆哮をあげてベオ達に襲い掛かった。




