エルフの魔法使い、イングリッド
「まったく、エリアスの口車に乗せられて余計な時間を食った! ルクスはどっちに行った?」
「で、でもでもエリアスさんの言うことにも一理あるようなないような……」
「何か言ったか?」
ベオの隣でぼそぼそと呟いていたアディは、彼女の紅い瞳に睨みつけられて、そこから先の言葉を飲み込んだ。
人通りの多い街中を、二人は早足で歩いていく。
時折すれ違う人から挨拶をされたり、先日受けた仕事のお礼を言われたりしながらも、西街から中央市街への通りを抜けようとしていた。
その途中。
不意にベオが立ち止まる。
「うぎゅ」
いきなりのことにアディはベオに激突しそうになるが、何とか両手を広げて抱き着くことで事なきを得た。
「何をしている?」
「そ、それはこっちの台詞……」
ベオの耳がぴくぴくと動いている。尻尾も忙しなく、何処か不機嫌そうに地面を叩いていた。
「誰かが見ているぞ」
「だ、誰か……?」
「こっちだ。行くぞ」
そう言うなり、ベオは街外れに向かって駆け出していく。
「あ、ああ! ちょっと待ってええぇぇぇ!」
その後を、情けない声を出しながらアディは追いかけていった。
ミリオーラの街はずれ、街を護る城壁のすぐ傍にある寂れた広場。
そこの一角、誰かが整備している小さな花畑の中央に、一人少女が立っていた。
緩いウェーブが掛かった赤茶けた髪に、そこから覗く長い耳。
フードの付いたローブを着込み、手には杖を握っている。
体格は小柄で、ベオ達より少しぐらい背が高い程度の少女は、ベオ達に視線を向けると驚いた風もなく声を掛けてくる。
「やれやれ、バレてしまったか」
「……何者だ、貴様?」
警戒を滲ませながら、ベオがそう尋ねた。
アディは人見知りを発動して、ベオの背中に隠れている。
「ボクの名前はイングリッド。種族は見ればわかるだろう?」
言いながら、長い耳をピコピコと動かして見せる。
「エルフが何の用だ?」
「いやいや、別段何か用事があったわけじゃないよ。珍しい魔力の反応が二つも固まっていたからね、好奇心旺盛なボクとしてはついつい観察したくなってしまったのさ」
何処か眠たげな声で、さも何でもなさそうにイングリッドと名乗ったエルフは言ってのけた。
「そんな理由が観察されてはたまったものではないがな」
ベオがイングリッドを睨みつけ、片手を一振りすると、その手に炎が灯る。
「ふぅん。無詠唱で魔力を熾すこともなく、魔法が使えるのかい。凄い技術だな」
「……ふん、そうだろう。貴様等エルフ如きには真似できまい」
「ああ。そう多くはないだろう。現にボクはできない。それに……見たところただの獣人じゃなさそうだ。この懐かしい匂いは、古き民……」
「正体などは知らん。だが、一目で私を獣人ではないと見抜いたその目は褒めてやる。……考えようによっては、遠くに居ながらにしてこの私の高貴さに興味を持ったということだろうしな」
「ああその通りだとも。こんなに純粋で誇り高く、強い魔力は滅多にお目に掛かれるものじゃない。そちらのお嬢さんもね」
視線を向けられて、アディの身体が大きく跳ねた。
「と言うことは貴様もそれなりの使い手の様だな。魔法が達者な者と会うのは珍しい……特にこのミリオーラではな」
「まぁ、達者かどうかはわからないけどね。長いこと魔法やそれに関することを学び続けているよ。人間とは違った方法でね」
「ほう。それは興味深いな。私も人間どもの魔法の使い方を学んでは見たのだが、どうにも非効率に思えてならない」
「君ほどの魔力と才能の持ち主ならそう感じるだろう。何せ、こうやって少し会話をしただけでボクが出会ってきた多くの自称魔導師を超える力の持ち主と言うことが伝わってくるのだから」
「ふふんっ、やはり貴様は見る目があるな」
腕を組んで、上機嫌になるベオ。
「た、単純……」
それに対してアディは思わずそんな言葉を零してしまうが、幸いにも上機嫌になっているベオの耳には止まらなかったようだった。
それから二人は早々に意気投合し、魔法に対してお互いの意見交換を始めていた。
ベオはイングリッドから聞く魔法の知識を積極的に取り込み、イングリッドは何の目的があるのかはわからないがとにかくベオを持ち上げて気分よく話をさせる。
既にベオの頭からはルクスを追いかけることなどは完全に消え失せており、そればかりか一緒にいるアディすらも置いてけぼりにしている始末だった。
そんな話が一段落したところで不意に、イングリッドが提案する。
「いや、君達は実に興味深い。本来なら観察だけで済ませようと思っていたのだが、こうやって話ができたのはボクの幸運と言っていいだろう」
「だろうな。そもそも私とこうやって対等に喋れること自体が、至高の幸福に違いない」
と、ベオは完全に調子に乗っている。
「そこでだ、優秀な魔導師である二人に提案がある。ボクはこれからある場所、魔力溜りに向かおうと思っている」
「魔力溜り?」
首を傾げるベオに対して、イングリッドが指を立てながら解説を始める。
「何らかの事象が起こり、強い魔力が残留する場所さ。そのままだと大地に還ってしまうのは勿体ないだろう? だから、回収して有効利用しようってわけだ」
「せ、戦場とか……魔力溜りになりやすいです。元気いっぱいになります」
アディがそう捕捉する。
「……ふむ。私にはあまり縁がなさそうな場所だな」
「それはそうだね。貴方のように自身の内側から強力な魔力を熾せるほどの魔導師なら、あまり必要はないかも知れない。ただ、行っておいて損はないんじゃないかな」
「……ふーむ……」
ベオは腕を組んだ姿勢のまま、考え込む。
どうせ今日はもうギルドを飛び出して暇なわけだし、ここで新しい知識や技術の一つでも身に着ければルクスの役に立てるかもしれない。
勿論そんなことは口には出さないが、ベオとて少しでもルクスの役に立とうと言う気持ちはある。胸では負けたが、それ以外の部分でエレナに後れを取るわけにはいかなかった。
「いいだろう」
「ふぇ……? べ、ベオさん……」
「別に構わんだろう。それに魔力があるということは、アディも元気になるんだろう?」
「そ、それはそうですけどアディは元気になるといらん事言ったりやったりして後ろ指差されたりすることもあるので元気がない方が良かったりすることもあるんですけど、でもやっぱり元気なら元気に越したことは」
「じゃあ決まりだね。では早速、向かうとしよう」
「アディのお話は最後まで聞いてもらえないわけですか……」
イングリッドが先導し、その後ろをアディの首根っこを捕まえたベオが付いてく。
なんとも奇妙な三人は、彼女が言う魔力溜りとなったマルザの森へと向かっていくのだった。




