ディン
「ミラ。お前ここで何してんだ?」
二人が同時に振り返ると、そこには茶色い短髪の男が立っていた。
年齢はオーウェンよりもかなり下だが、ルクス達よりは上そうに見える。服は着崩しており、目つきは鋭くオーウェンとミラと呼ばれた駆動鎧の人物を交互に睨んでいる。
その態度や姿からして、言葉は悪いが真っ当な人間とは思えなかったが、オーウェンは努めて穏やかに対応する。
「あんた、この人の知り合いかい?」
「……ちっ」
その言葉には答えずに、ミラの方へと歩いていく。
「俺達のボスの言葉を忘れたのか? 油を売ってる時間なんかねえはずだろ」
「し、しかし……どちらにしても今のままの装備ではことを成すことはできぬ。だから、こうして」
「知ったこっちゃねえんだよ」
言葉を遮るように、男は吐き捨てる。
相手に発言を許さず、一方的に捲し立てようとするその姿は見ていて気持ちのいいものではない。
そんなことをオーウェンが思っていると、男はこちらに顔を向けて睨んできた。どう見ても、喧嘩を売るような態度だ。
「まあいい。考えようによっちゃこいつも使えないことはねえだろうからな」
「何の話だい?」
「お、おいディン」
どうやら男の名前はディンと言うらしい。彼に何かを言おうとしたミラに対して、怒鳴り返す。
「鎧を着こんでなきゃ何もできねえガラクタは黙ってろ! 俺がきたってことは、この場を取り仕切るってことなんだからな!」
この二人の関係についてオーウェンは詳しくは知らないが、それでもこの短期間のやり取りで目の前のディンという男の人間性は理解することができた。
彼等の裏に誰がいるのか、ひょっとしたら普通のギルドなのかも知れないが、ディンと言う男の本性はその辺りのチンピラと大差ない。
「お前、ヤルマ・ゴードンを知ってるか?」
「……ヤルマ……? いやぁ……」
ヤルマ・ゴードンはかつてルクスが仕えていた貴族で、ギルド・グシオンやルクスの持っていた黒の剣、魔獣を擁する亜人達を巡るごたごたで家を焼かれ今はミリオーラで静かに暮らしている。
ギルドに入ったばかりのころに世間話として話を聞いたが、逆に言えばオーウェンとはその程度の関係でしかない。
だからその名前を思い出すのに少しの時間を要したのだが、どうやら目の前の男には違う意味で取られたようだった。
「何か隠してるな?」
「……いや、ちょっと待ってくれよ。俺もいい加減思い出すのに時間が……」
こういう時に、年齢を実感する。そんな虚しいことを思っていたオーウェンだが、どうやらそういった事情を加味してくれそうにはない。
ディンは腰から剣を抜き、オーウェンにその切っ先を突きつけた。
「……おいおい」
「ディン!」
ミラが慌てて止めに入るが、無駄だった。
「ミラ、お前もやるんだよ! 俺達の目的を忘れたわけじゃねえだろ!」
「だが、彼は恩人で、戦う理由も」
「俺があるって言ったらあるんだよ! お前の無能を、ボスに教えてもいいんだぞ!」
「……くっ」
駆動鎧が動き、背中に背負っていた大槍を引き抜く。
「すまない」
一言謝罪の言葉を口にしてから、ディンと波長を合わせるようにオーウェンに向かって地面を蹴った。
「別に謝ることはないけどな」
オーウェンとて歴戦の勇士だ。ここまで強引で状況がわからないことは流石に珍しいが、それでも全くないことはない。
だからこそ突然のディンの凶行にも、余裕を持って対処することができた。あの粗っぽい口調や見るもの全てを敵だと思っている目つき、長年の経験で、そういった人物は何かしらの荒事を呼び込むことを知っている。
槍を引き抜き、最初に突っ込んできたディンの一撃を受け止める。
「何……!」
相手が英雄になり損なった男、オーウェン・スティールだと知らなかったのだろう。長物である槍を即座に構え迎撃に出るその速度は、ディンの予想を遥かに超えたものだった。
そのまま槍を回転させて、ディンを弾く。
たたらを踏んで距離が離れたすき、槍に巻かれたボロ布を取り払い夕日に白銀の刀身を晒した。
「覚悟……!」
「残念……!」
駆動鎧の、その鈍重そうな見た目からは想像できないほどに素早い突きがオーウェンを襲う。
魔力によるブーストを受けたその一撃は、生身の戦士を遥かに凌駕する。
だがそれでも、オーウェンを捉えるには至らなかった。
「また槍が傷つくな。ま、それが武器の本望か」
紙一重で突きを避け、反撃を叩き込む。
顔の部分と胴体に、一瞬で三発の突きを受けて、駆動鎧を身にまとい鉄壁の防御を誇るはずのミラは大きくよろめいた。
「何やってんだ、ミラ!」
オーウェンに間合いに入ることすら躊躇っているディンの声が飛ぶ。
こういう時、無能な敵というのはありがたい。
ミラはその怒鳴り声に身体を竦ませ、次の行動が一拍遅れた。
それはオーウェンに対しては致命的な隙を晒すことになる。
慌ててミラが取った行動は、足元への槍の薙ぎ払い。
だが、僅かに見せた隙はその行動を予想させるには充分なほどの時間であり、オーウェンは軽く飛んでそれを避ける。
「なっ……!」
次の瞬間、強烈な横薙ぎがミラの兜を打った。
重装甲な兜こそ砕けることはなかったものの、その衝撃は内部まで伝わり、そのままよろめいて地面に手を付く。
「勝負ありだ」
「クソがああああぁぁぁぁ!」
それをチャンスと判断したのか、或いはミラがやられて自棄になったのか。
剣を構え、ディンが真っ直ぐに突っ込んでくる。
当然そんなものはオーウェンの敵ではなく、槍の石突で容易く迎撃され、腹に蹴りを喰らって意識を刈り取られることになった。




