オーウェンと武器屋
ミリオーラの街の西区には、一軒の武器屋が店を構えている。
店は決して大きくはないが後ろには工房もあり、店主は歴の長いベテラン。そのことから多くの傭兵や街の衛兵達にも信用されている隠れた名店と言ってもいい。
所狭しと武具が並べられた店内で、仕事帰りのオーウェン・スティールは無精髭を撫でながら品物を吟味していた。
ルクスのギルドに所属する中年のこの男は、ギルド内では最年長。かつては英雄になり損なった男とも呼ばれていた。
一見すれば蔑称にも聞こえるその名前だが、この国において英雄とは絶対的な強者であり、なり損なったとはいえそこに手を掛けた男に対して悪い意味で使うものはほぼいない。
単純な戦闘技術であれば、ルクスのギルドの中の男性陣では最も優れているこの男が、今は真剣な表情に色々な品物を手にとっては眺めている。
そこに、店の奥から出てきたこれまたオーウェンと同じぐらいの年齢、つまりは中年の店主が声を掛けた。
「そんなに真剣に見ても、オーウェン・スティールが求めるような武器はここにはねえよ。しがない街の武器屋だぜ?」
そう言いながら出てきた彼の手には、布に包まれた槍が握られている。先日愛用の武器をメンテナンスしてもらい、今日がその受取日だった。
「そこまでじゃないだろ。これなんか、結構な逸品じゃないか?」
手に取ったのは、一本のダガーだった。金属の光沢を放つそれは、一見すれば普通のダガーに見えるが、柄の部分に魔法文字が刻まれている。
「こいつも一応は魔法武器だろう?」
「まぁ、そりゃそうだがな。ただそいつは刃零れ防止用で、それほどいいもんじゃねえぞ。それよりこいつだが、また短い間で随分と使い込んだもんだな」
そう言って、布に包まれた槍をカウンターの上に置く。
オーウェンは代金を渡してそれを受け取って、布を外して本体を見る。まるで新品のようにピカピカに磨かれていたが、確かによく見ればそれだけでは誤魔化しきれない傷も目立つ。
「これでも替えたばっかりなんだがね」
以前まで愛用していた槍は、アディを巡る戦いの際にルクスによって叩き折られている。今持っているのはギルド・フェンリスを去る前に不機嫌そうなフィンリーからもらったものだった。
「そんなに悪くないものだとは思うんだが」
「そりゃお前さんの技量に武器が付いて行っていないんだろうよ。確かに適当な魔法武器に代えるのは手だろうな」
「あるのかい?」
「いや、ない」
「なんだよ、思わせぶりな……」
「少なくとも槍はないな。別にあんた、他の武器だって戦えるんだろ?」
「そりゃそうだが」
実際、戦場を幾つも渡り歩いてきたオーウェンは、様々な武器種に精通しているつもりだ。
だがそれでも、一番得意な武器はあくまでも槍だった。そしてルクス達と一緒に戦い抜く上で、自分が全力を出せない武器を持つ理由はない。
「下手したら追い付かれちまうんでね、若い連中に」
魔王再誕での活躍、ギルド・グシオンと亜人の反乱の防止。
それだけの結果を見ても、ルクス達が既に只者ではないと言うことは町中に広まっている。
だからこそこの店主も、それに付いて異論を挟むことはなかった。
「まあ気長に探すとするさ。別に今日明日折れちまうってわけじゃないんだろ?」
「それはそうだ。この俺がちゃんと手入れしてやってるんだから、当分は持つ。……こっちでも、魔法武器の仕入れを頑張ってみるよ」
「助かるよ」
「……そんなあんたの希望にこたえられるかはまた別の品物なんだが」
店主が棚の上を指さす。
オーウェンがそこを覗き込むと、一本の槍があった。とはいえそれほど丈夫ではなく、手に持って振り回すというよりは投げて使うための槍に見える。
柄の部分には魔法刻印が施されており、それが魔法武器であることを表していた。
「あるじゃないか、槍」
「あるにはあるが、見ての通りだ。そいつは投擲用の魔法槍さ。ぶん投げりゃ凄い威力で相手を貫くらしいが」
「らしいが?」
「使い捨てで値段も高い。一応同じ槍ってことで教えておくが」
確かにオーウェンは槍による投擲の腕も確かだ。愛用の槍を放り投げて遠くの的に当てることだって、それほど難しくはない。
「普通には使えないのか?」
「どうやら無理らしい。なんでも貫通力や射程に特化してるらしくて、その分柄の強度が犠牲になってるんだと」
「妙なもんを作るんだな」
「技術者ってのはそんなもんさ。俺もちょっとは武器を鍛えたりするから、わからんでもない」
流石のオーウェンと言えど、武器を鍛えたり作ったりする方面の知識は疎い。そういうものなのかと納得して、棚に戻す。
「買わないのか?」
「全く惹かれないと言えば嘘になるが、決心がつかないな」
値札を見れば、確かにそれなりの額だ。いざという時の武器としてルクスに経費で落とせるかと打診してもいいのだが、ベオが許可を出すとも思えない。
もし次に大物の敵を戦うことがあったら考えておこうと、頭の片隅に置いておくことにする。
その後も適当な雑談を交わし、そろそろ店を後にしようとしたところで、それまで一人の客もいなかった店の扉が開かれる。
来客を告げるベルが鳴り、店主が来客を迎えるための声をあげようとして、途中で飲み込んだ。
「いら……しゃ……い」
固まった店主の目線の先に立っていたのは、どう見ても扉を潜れそうにない大きさの駆動鎧だった。
「……いや、その……」
果たしてなんと声を掛けたらいいか、店主が困惑していると、向こうの方から喋りかけてくる
。
「突然の来訪、失礼する。見ての通り店内には入れないので、ここから質問させてほしい」
くぐもった低い声が、狭い店内に響いた。
「……は、はい。なんでしょう……?」
見るからに怪しい。
そもそも駆動鎧とは魔法の力を動力源にする全身鎧で。人間よりも一回り大きいサイズがある。着込むというよりは、乗り込むといった方が正しい装備だ。
それそのものが高価なので大規模ギルドや騎士団にしか配備されてはおらず、そもそもそんなものを着て街を出歩く者などはいない。
つまりはこの来客は、相当に怪しい人物ということににある。
あまり関わり合いになりたくないところではあるが、この怪しい人物がもし何かの間違いで暴れだしたらそれを止めるのは自分達のギルドになるだろう。最初から疑ってかかっていくのが失礼だとは思うが、街中で平時に駆動鎧を装備して歩いている人間が怪しくないわけがない。
何よりも巨体が出入り口に陣取っているので出ることができないというのも理由の一つではあるが。
「アルヴ鋼と魔石を幾つか、できれば高純度の物が欲しいのだが」
「アルヴ鋼? いやー、お客さん。申し訳ないがそれはうちにはちょっとなくて……」
鎧の人物が言うアルヴ鋼とは、魔法金属の一つだ。魔法武器等にはよく利用されているが、流通量は決して多くはない。
「魔石の方は?」
「生憎とうちは武器屋でして」
魔石を置いている武器屋がないわけではない。工房で魔法武器を打つ場合は、素材として必要なる場合があるからだ。だが、この店主は魔法武器は打たないので、当然あるわけもない。
「……そうか。困ったな」
と、鎧の人物が小さく項垂れた。
店主としては客でもないし、出入り口を塞がれているので早く帰ってほしいところだろう。表情からそれがありありと見て取れる。
「他にあてとかはないものだろうか?」
「い、いやぁ、俺に言われましても」
「うーむ……」
何やら考え込んでしまう。恐らくは悪意があってやっているわけではないだろうが、単純に迷惑だった。
とはいえ店主の立場からは、滅多なことは言えない。逆鱗に触れて暴れられるわけにもいかないからだ。
なので、オーウェンが助け舟を出すことにした。
「あのー、ちょっといいですかね」
「何か?」
「絶対とは言えないが、ちょっと当てがあるんですが」
「本当か!?」
くぐもってはいるが明らかに明るい声で、鎧の人物が尋ね返す。無意識に身体が動いていたのだろう、扉の枠にぶつかってミシリと嫌な音を立てた。
「一応ね、一応。期待に添えるかはわかりませんよ。取り敢えず、行ってみましょうか」
そう言って、移動を促す。
店主のためにも、早々に鎧の人物をここから遠ざけた方がいいだろう。
店主の方に顔を向けると、ほっと胸を撫でおろしていた。
そこに軽く目配せをして、オーウェンは鎧の人物と一緒に店を後にしていく。




