人造兵、シェーラ
「たのもおおぉぉぉ!」
カップから手を引っ込めて、ルクスはすぐさま立ち上がり、声がした方を見る。
そこには、他のお客やウェイトレスの視線を集めながら、一人の女の子が腕を組んで立っていた。
年齢はルクス達とそう変わらないぐらいの、可愛らしい容姿をした少女だった。ルクスと同じ薄い青味がかった、緩くウェーブした髪を肩まで伸ばしている。
何よりも目に付いたのは、その瞳。
ルクスと同じ、不思議な光彩を放つ瞳は紛れもなく、人造兵のもの。
「……君も」
「あたしの名前はシェーラ! シェーラ・グルト! お前がルクスだな!?」
「……それはそうですけど」
「ここであったが百年目! あたし達の悲願のためにお命頂戴仕る!」
高らかにそう宣言したところで、揉め事かと判断した店員がシェーラを止めにやってくる。見た目が華奢な女の子と言うこともあってか、殆ど警戒もしていない様子だった。
「あの、お客様……。喧嘩でしたら他のお客様の迷惑になりますので……」
言い終える前に、ウェイターの男が言葉を失う。
シェーラが何のためらいもなく、腰に差していた剣を抜き払い、ルクスに向けて突きつけた。
「さあ、あたしと勝負だ!」
ルクスは彼女を睨みつけたまま、エレナを庇うように位置を移動する。幸いにしてここはオープンテラス、店の敷地を囲う低い垣根さえ突破すれば容易に逃げることができる。
「僕には貴方と戦う理由がありませんよ」
「いいやあるよ! あたしは人造兵、お前も人造兵。お前を倒して、あたしが強い人造兵であることを証明しに来た!」
「そんなの……」
「問答無用!」
剣を振り上げて、シェーラが襲い掛かる。
「エレナさん、逃げてください! それから……!」
今日は完全に非番だったので、ルクスは非武装だ。咄嗟に座っていた椅子を持ち上げて、それでシェーラの剣撃を防御する。
シェーラの斬撃の勢いは凄まじく、防御に使った木の椅子は一瞬で真っ二つに断ち切られてしまった。
「本気なんですか……!」
そう言いながら、椅子の破片を放り投げて距離を取る。
「逃がすかぁ!」
飛んできたそれを的確に避けながら、シェーラは距離を詰めてくる。
周りには呆然しているお客さんもまだいる。あまり派手に動いて、被害を増やすわけにはいかない。
そう思い覚悟を決めたルクスは、その場で立ち止まったシェーラを迎え撃った。
「ルクスさん!」
エレナの悲鳴のような声が上がる。
そう叫ぶのも無理はないほどに、シェーラの踏み込みは鋭い。
だが、それでも今のルクスにとっては見切れないほどではなかった。
振り下ろされた剣閃を半身で避け、その腕を取る。
放り投げて戦力を奪おうとしたら、シェーラもそれに気付いてか身体を捻ってそこから脱出した。
「くっ、やっぱり強いなお前!」
「そう言うことをするから、人造兵の立場がますます悪くなるんでしょう!」
何とか徒手空拳で立ち向かうも、流石に剣がなければ積極的に攻めることはできない。素手での戦いは、ルクスが得意とするところではなかった。
「別にあたしは人造兵の立場とかどうでもいい! お父様がいるからな!」
「だとしたらどうして!」
「お父様に褒めてもらうためだ!」
突き込まれた剣の先端を、紙一重で避ける。
そのまま手に力を込めて、黒い稲妻を発生させようとして躊躇った。
あの力を使えば彼女が無事である保証はないし、周りにも被害が出る。何よりもエレナや街の人の前で大規模な流血沙汰は避けたかった。
シェーラの攻撃を避けることはできても攻められないでいると、次第にルクス達の周りに人だかりができてくる。
「なんだ、喧嘩か?」
「あれ、魔獣殺しじゃないのか?」
どうやらルクスのことを知っている人も交じっているようだった。
ルクスはその人垣に向かって声を張り上げる。
「誰か、剣を!」
その叫びは、一瞬の躊躇いの後に答えられた。
シェーラの猛攻の合間を縫って、横合いから投げ入れられた剣を掴み取り、鞘から抜き放つ。
見れば、恐らくは何らかの仕事の帰りなのだろう。ミリオーラのギルドに所属している戦士が応援の声も一緒に送ってくれていた。
「ありがとうございます!」
例を言って、シェーラの剣を受け止める。
清澄な剣撃の音が響いて、恐怖よりも強い感情でその場の者達の視線を吸い寄せる。
「くっ……!」
「剣があれば!」
ルクスが反撃に転じる。
「う、わっ、わわっ、ちょっと! こんなに強いなんて聞いてない……!」
「仕掛けてきたのは!」
剣を持ってしまえば、呆気なかった。
例え心臓の力を使わなくとも、ルクスの攻撃にシェーラは殆ど対応できていない。
何度か辛うじて防ぎはしたものの、容易く体勢を崩してしまう。
そのまま、上から下に叩きつけることで、シェーラの手から剣を弾き飛ばす。
「くっそー! 撤退! 覚えてろ!」
「……へっ?」
そうなるや否や、シェーラは踵を返して人混みを突っ切って逃げ去っていく。
そのあまりの転身の早さと速度に、誰もがただぽかんと見送ることしかできなかった。
「……何だったんだ……?」
疑問を覚えるルクスに、次の瞬間大勢の歓声が浴びせられる。
「すげぇ! 流石は魔獣殺し!」
「あのウィルフリードをぼこぼこにしたって噂も本当だったみたいだな!」
そんなわけはない。辛勝……と言うかルクス本人の力だけでは敗北もいいところだ。改めて、噂がとんでもない独り歩きをしていることを理解する。
「……そういえば、エレナさん!」
慌てて首を振ってエレナを探すと、それほど離れていないところで呆然と立ち尽くしている彼女の姿を見つけた。
急いで駆け寄って、安心させるように手を取る。
「大丈夫ですか? ……怖かったですよね」
「い、いえ……その」
何故かルクスを呆けた顔で見下ろしていたエレナの口から、一言だけ絞り出された。
「……格好良かったです、ルクスさん。凄く」
そう言って、ぎゅっと手を握り返される。
「あれ、魔獣殺しの彼女か? おっぱいでかいな。流石魔獣殺し」
「俺も魔獣を倒せればおっぱいがでかくて可愛い彼女ができるってことか!」
そんな周りの声に我に返り、ルクスは慌てて荷物を持ってエレナの手を引いて店を後にする。
「あの、椅子は後で弁償します!」
同じくルクスの戦いぶりに見惚れていた店主に、そう言って頭を下げるのも忘れなかった。




