触れ合う指先
その話を聞いたエレナは、涙が出るほどに笑っていた。
「あははははっ! し、仕方ないですよ……その、ルクスさんは……うふふっ、可愛いので……!」
二人が今いるのは、夕立亭とは別の食事処。
時刻は昼を少し過ぎたところで、お客さんの数は疎らになってきたところだった。
オープンテラスの席に座り、大爆笑するエレナをルクスはやや憮然とした表情で見ながら、魚料理を口に運ぶ。
「……それはまぁ、メイド服を着ていたこともありましたけど」
「そうですねぇ……懐かしいです。実際、わたしも最初のころはルクスさんのこと、女の子だと思ってましたし」
「少しは逞しくなったと思ってたんですけどね」
ルクス自体の実力は、あの頃にゴブリン五匹を相手に苦戦していたころに比べれば随分と強くなっただろうが、見た目は殆ど変わっていなかった。
「やっぱり女の子に間違われるのって嫌なものなんですか?」
「エレナさんだって、自分が男に間違われたら嫌でしょう?」
エレナの容姿から言って、そんなことは絶対に起こりえないことだろう。
「そうですねー……確かに。わたしも笑い過ぎました、ごめんなさい」
「……い、いえ。僕の方こそ、折角遊びに来てるのに、空気を悪くして」
そうやって素直に謝られると、怒りのやり場もなくそのまま消えてしまう。その辺りは、エレナの魅力的な容姿も作用しているようにも思えた。
「大丈夫ですよ。怒ってるルクスさんも可愛かったですし」
「……またそうやって」
呆れながらそう言うが、既に怒りは消え去っていた。
料理を食べながら、二人は色々なことを喋った。とは言っても、やはり最終的な話題は仕事のことになってしまうのだが。
「ルクスさんのおかげでお客さんが増えたって、サンドラさんも喜んでましたよ。絶対に本人は言うなって口止めされましたけど」
「言ってるじゃないですか……」
「たまにはこういう話もしないと、サンドラさんが誤解されちゃいますから。本当は凄く優しい人なのに」
エレナの言うことは、本当に正しい。
ルクスだってサンドラによってゴードン家に雇ってもらえたわけで、恐らく彼女がいなければ野垂れ死んでいた可能性だって低くはない。
「僕も世話になりっぱなしですからね」
「結構、ルクスさんのギルドのことも心配してるみたいですよ。オーウェンさんが入って、大分気が休まったみたいですけど」
そう言いながら、エレナは果実を絞ったジュースを一口飲んだ。
「少しでもサンドラさんとか、エレナさんに返せてればいいんですけど」
「返すなんてそんな……」
その後も談笑を続けながら、二人は食事を終えた。
お皿が全て空になってきたぐらいころ、店員がサービスで入れてくれた紅茶に口を付けてから、エレナが話し出した。
「その、ルクスさんは……ミリオーラの人達に多くのものをくれました。魔獣を倒して街を護ってくれたり、魔王再誕を食い止めたり、それは間違いなく、わたし達が得た希望なんだと思います」
紅茶の取っ手に手を掛けたまま、ルクスは黙ってエレナの話を聞く姿勢に入った。
「だからその、ルクスさんはちょっと頑張りすぎてると思います……。今日一緒に遊んだのも、あんまり気を張りすぎないようにって、そう思って」
それを聞いて、ルクスは静かに息を吐いた。
エレナがそう言ってくれるのが何よりも嬉しかったから。
だからこそ、彼女には自分の心を語っておく必要があると思った。
「ありがとうございます。……僕は今、こうしているのが奇跡だと思ってるんです」
「……奇跡、ですか?」
「人造兵である僕が、色々な人に助けられてここでこうして、多くの仲間に囲まれている。……そして、あの英雄アレクシスから託されたものもある」
英雄アレクシスの死は、瞬く間にアルテウル全土に広まっていった。
大勢が悲しみ、これからこの国がどうなっていくのかについても不安が募っている。
だからこそミリオーラの人々は、ルクスがいてくれることに感謝している。今やルクスは、彼等の恐怖を少しとはいえ和らげるに足る存在になっていた。
「僕はその奇跡を大切にしたいし、受け取ったものをもっと大きな形にして色々な人に返していきたい。だから、ちょっとぐらいの無理なんて平気です。それに」
ルクスは顔に自然な笑みを浮かべた。
「僕は人造兵ですから、身体は頑丈です」
以前までなら、こんな簡単にこの言葉を口にすることはできなかっただろう。
今は違う。最早自分が『何者か』であることなんて気にしない。人造兵として生まれたのに、ここまでのことができたのだ。
これから先も、きっとある。そう信じているからこそ、何の躊躇いもなくそれを口にすることができた。
「……ルクスさん」
エレナの瞳が、潤んでいく。
何か失言をしたものかとルクスが口を開く前に、その手がカップの取っ手を取ったままのルクスの手に触れた。
細い指が、ルクスの指に絡みつく。弱々しいが、決して離さないと言う強い意思を感じる指の抱擁。
「わたし、そんなルクスさんが……」
――エレナの言葉の続きは、オープンテラスの入り口から走ってきた激しい靴音と、次に聞こえてきた少女の甲高い声によって、消え去ってしまった。




