僕は男です
そんなやり取りがあった翌日、ルクスはエレナと待ち合わせの場所に向かっていた。
夕立亭やギルドがある西区の外れ、中央市街との境目にある大きめの時計塔の下。
昨日聞いて初めて知ったことだが、どうやらこの時計塔は西区に住む人達が良く待ち合わせとして使う場所らしい。
確かに言われた通り、時計塔の下には多くの人が待ち人を待っているような姿が見えた。
それらの中で、一際目立つ美貌を持つエレナの姿は、簡単に目につく。小走りで近寄っていくと、顔を上げてこちらを見てエレナは表情を輝かせた。
「ルクスさん!」
「おはようございます。すいません、少し遅れましたか?」
「いいえ。楽しみ過ぎて、ちょっと早く来てしまったので」
と、エレナが照れ笑いを浮かべる。
「だったらよかったです」
ルクスは胸を撫でおろし、改めて二人の逢瀬が始まった。
……始まる前に、エレナは背伸びをして辺りをきょろきょろと見渡す。
「ベオちゃん達は、今日はお仕事ですか?」
「はい、そうですよ。なんか朝から不機嫌でしたけど、エリアスが宥めて連れて行ってました」
「……あはは」
苦笑いを浮かべるエレナ。
(多分、ベオちゃん気付いてるなぁ……)
などと思っていることは、当然ルクスには伝わるわけもない。
「じゃ、じゃあ行きましょうか」
「はい」
二人は隣り合って人混みの中に足を踏み入れていく。
どちらともなく、逸れないように肩を寄せる。
時折両手の甲が触れ合って、ルクスは何とも落ち着かない気持ちになっていた。
「それで、今日の予定は?」
「ええ、はい。ちょっとお買い物がしたくて」
「わかりました」
今日の予定に関しては、全てエレナに丸投げしてある。
元々今日までのルクスの休日と言えば緊急に備えてギルド兼自宅でゴロゴロしているか、訓練をしているかぐらいしかないし、そもそも女性と何処に出かけるかなんてわかるわけがない。
そういう理由もあってか、エレナが先導してくれるのはとても助かった。男として少しばかり、情けなくもあったが。
まずはエレナと一緒に、服屋に向かう。
所狭しと女物が並べられた服屋はルクスには居心地が悪かったが、エレナは楽しそうに色々と見繕っている。
「ルクスさん、こっちの服とこっち、どっちがいいですか?」
「え? 僕はどっちでも……」
「どっちでもじゃ駄目です!」
「……じゃあ、右の方で」
実際、どっちでもいい。
服のセンスなど皆無のルクスにとっては、エレナが着るのならどっちでも似合うし可愛いだろう。その程度の意見しかない。
もっとも、それを口に出さない辺りルクスも大概なのだが。
あれこれとお喋り――と言っても、エレナの言葉にルクスがなんともいえない言葉を返すだけではあるが――をしながらも彼女は色々と欲しいものをキープしていく。
「結構買いますね」
「働いてばっかりで、結構お金が溜まっているので……ルクスさん達のところのお給料もいただいてますし」
そういえばそうだった。
エレナは頻繁に、ルクス達の仕事を手伝いに来てくれている。オーウェンが加わって少しは楽になるかと思ったのだが、結局のところ事態はそう変わっていない。
むしろギルド・グシオンの反乱を止めたという実績が広がって、更に依頼が増えたほどだ。
多少はお金も潤ってきたが、それでも経費やら給料を引けばルクスの手元にはあまり残らない。
「だからたまにはこうやって発散しないと! ストレスにも一緒に!」
「やっぱり大変なんですか?」
「それはもう! セクハラしてくるおじさんはいるし、サンドラさんは容赦なく酷使してくるし……新人の子達の面倒も見ないといけないし!」
そう言いながら次々と服を手に取っていく。その話題に関してはあまり深追いしない方がよさそうだった。
「あ、これ」
その途中、エレナはサイズが小さめの服が並んでいる場所で一着のワンピースを手に取る。
「これ、ベオちゃんが着たら可愛いと思いませんか? すっごく似合いそう!」
「……まぁ、確かに」
女の子らしい柄のワンピースは確かにベオには似合いそうだ。似合いそうだが、同時に物凄く嫌がるだろうし、すぐに汚して破る未来しか見えない。
エレナとて今日ばかりは邪魔してほしくないだけで、ベオのことは嫌いではない。むしろ友人として好感を抱いている。だからこそこうして、買い物をしている間にも彼女のことを考えてしまっているのだろう。
「何か買ってあげたりしないんですか?」
「なんか怒られそうで。無駄にお金を使うなって」
「そうですかねぇ……多分、嬉しいと思いますよ。アクセサリーとか。髪飾りとか!」
あのベオが髪飾りを貰って喜んでいる姿が、どうにもルクスには想像できなかった。
そんなやり取りをしながらのショッピングも一段落して、エレナは会計をするためにルクスから離れていく。
するとそこに、制服を着た女性がやってくる。
「お客様は何か、お買い物はありませんか?」
どうやらエレナが大量購入しているのを見て、同行者であるルクスにも一品ぐらいは買わせようという考えなのだろう。
「いやー、僕は」
エレナには言われたが、ベオに対するプレゼントを買うつもりもなかった。買うにしても、もっと実用的なものの方が喜ぶし。ことの経緯を話せば一緒に買いに行かなかったことに対して機嫌が悪くなるのは考えるまでもないことだった。
「あんまりセンスとかないですし」
「よければこちらの方で見繕いますが」
「あの、えーっと……」
想像よりもぐいぐいくる店員だった。
エレナの方に助け舟を出してもらおうとするが、彼女は大量に買った品物の会計でまだ戻ってこれそうにない。
「例えばこちらの商品なら、ただいまセール中でお安くなっておりまして。着こなしもこうやって上下を合わせるだけで……」
軽妙なセールストークが、ルクスを惑わしてくる。
ここで強気に突っぱねられるだけの精神力は、ルクスには備わっていない。別にお金がないわけではないし、店員さんも仕事でやっているのだろう。
それに先程はああ言ったが、ベオやアディにたまには綺麗な服を買っていってあげるのも悪くはない。ルクス本人が選ぶのならまだしも、プロの店員が選んでくれるのならば間違いもないだろうし。
そんなことを考えながら流されそうになっていたルクスに、このまま押し切れると判断したのだろう。致命的な一言が突き刺さる。
「その男性的な格好も素敵ですが、やっぱり女の子なんですから、たまにはスカートを履いてお洒落するのもいいと思いますよ」
「……へ?」
首を傾げる。
店員も同様に、ルクスの変化に気が付いたらしい。
「いえ、ですからその……お客様の格好も素敵ですけど、スカートを履いても大変可愛らしく……」
数秒間の沈黙。
どうしたかと店員がルクスの顔を覗き込もうとしたところで、ルクスは一言を発した。
「僕は男です!」




