エレナの決意
仕事も一段落して、お客も捌けた時間帯。
一時店を閉めて夕方の仕込みをするサンドラの傍で、エレナは椅子に座りながら項垂れていた。
「ごめんなさいぃ……」
「ま、誰にだって調子が悪い日はあるけどね」
そう言いながら、サンドラは目にもとまらぬ速度で夕方の分の仕込み作業をしていた。
「まさか、理由に関しては自覚してるんだろ?」
「え、あ、それは……」
急激に顔が赤く染まる。
勿論わかってはいるのだが、果たしてそれをサンドラに言うべきかを悩んでいた。
「ルクスのことだろ?」
「な、なんでわかったんですか!?」
エレナの心配は杞憂だった。とは言っても、エレナがルクスに恋心を抱いていることはサンドラだけなく、一緒に働ている女の子達も周知ではあったが。
「わかりやすいからね、あんたは。あいつの分をサービスしてやってるのも、ちゃんと見逃してやってるんだよ?」
得意げにそう言われて、エレナは更に縮こまった。
「別にいいよ。こっちもルクスのおかげで助かってるし、エレナの働きにも感謝してるからね」
そうやって軽く言ってくれるのが、サンドラのいいところだった。彼女の竹を割ったような性格には、いつもエレナは助けられている。
「いったい何を悩んでるんだい? 女と男が惚れたのどうのなんて、難しい話じゃないだろうに」
「難しいですよ! ……サンドラさんは、どういうのなかったんですか?」
「さあね。昔のことすぎて忘れたよ」
と、軽く流しながら鍋に火を掛けて調味料を入れていくサンドラ。
「だって、ルクスさんとベオちゃん……なんか凄く距離が近くなってるじゃないですか。他の部分でも、信頼し合ってるなって凄く感じますし」
エレナが感じているモヤモヤはそれだった。
勿論ベオのことは嫌いではない。それどころか可愛い妹のように思っているし、だからこそ彼女の我が儘も受けれている。……流石に「乳女」は勘弁してもらいたいが。
「一緒に仕事したり戦ったりして、そのたびに二人の仲が自然になってるのがわかるんです」
最初はルクスがベオに引っ張られているだけだったが、魔獣を倒したのを皮切り、に多くの事件に巻き込まれるたびに、二人の仲が対等になっているのがわかった。
「ずるいって言いたいのかい?」
じろりと、サンドラがエレナを睨む。
それに委縮しながらも、エレナは首を激しく横に振った。
「ち、違います!」
その感情が全くないと言えば嘘になるが、だからと言ってエレナがベオの立場になることはありえない。
ベオは毎回命がけで、傷つきながらルクスの隣に立ち彼を叱咤激励している。
笑顔を浮かべながらも、傷だらけで帰ってくる二人を見たのも一度や二度ではない。
それは決して、エレナにはできないことだ。
間違っても卑怯だなんだと言ってはならない。それがわかっているからこそ、胸の内の騒めきは大きくなる一方だった。
「……あんたの言いたいこともわかるけどね」
そんなエレナの複雑な心境を、サンドラは理解していたようだった。
野菜を凄まじい速度で切りながら、背中を向けたまま語り掛けてくる。
「別にそこで卑屈になる必要はないんじゃないのかい?」
「……どういうことですか?」
「一緒に戦ったりなんだりできないからって、落ち込む必要はないだろう。あたしの旦那は死んじまったが、生きている間も一度だって一緒に働いたことなんかなかったよ」
淡々と、サンドラが次げる。
話で聞いたところによると、サンドラの夫は兵士だったらしい。それが魔王戦役で、前線に駆り出され、命を落とした。
そのことについてサンドラは、もう今更強い感情は表さない。恐らく亡くなってから十年以上経っているのだから本人の中ではもう、終わった話なのだろう。
それでも彼女が夫のことを口にするときは、ほんの少しだけ声色が変わることをエレナは知っていた。
「馬鹿な男だったからね。女は男が還ってくる場所であればいいって、むしろそれが一番大切だって言ってたよ。あたしは別にそれには同意しないけどね」
過去を懐かしんでいるのか、サンドラの声は少しばかり弾んでいる。
「そういう支え方もあるんじゃないのかい? 別にいっつも隣にいるばかりが男と女じゃないだろう。かえって鬱陶しいじゃないか」
そう言って、サンドラはエレナの悩みを笑い飛ばした。
それは別に、適当に流したわけではない。サンドラなりに、エレナを勇気づけたうえでヒントをくれたのだ。
「……ありがとうございます」
「別にあたしは何もしてないよ。夜までそんな腑抜けた態度じゃ困るからね! 酔っぱらいの相手は面倒なんだから!」
「ふふっ、そうですね」
サンドラに広い背中に、かつての母の面影を見る。
思わずそこに抱き着きたくなったが、彼女が包丁を持っていたのでやめておいた。
「だいたい、そう思ってるなら行動したらどうなんだい?」
「行動?」
「ああ。別に遠くにいる想い人ってわけでもないだろうに。遊びにでも誘ってやりゃいいだよ」
「……た、確かに」
言われてみればだ。
どうして一度も思いつかなかったのだろう。
ひょっとしたら心の何処かで、ベオやアディに対して抜け駆けをするような申し訳なさがあったのかも知れない。
「……や、やってみます」
別段何らかの協定を結んだわけではない。
エレナは勝手に二人に遠慮していただけの話だ。
だがよくよく考えてみれば、同じギルドの団員として一緒にいる二人と手伝いこそしているもの、基本的には夕立亭で働いているエレナでは距離感に差がある。
で、あれば卑怯ではないはずだ。
実際のところはベオもアディも特にその辺りについては何も考えていないのだが、エレナはそう自分に言い訳をする。
「こ、今度誘ってみます……! ルクスさんと、デート!」
「あ、ああ……頑張りな」
急にテンションが上がったエレナに面食らったのか、サンドラはやや引き攣った声でそう答えた。
「じゃあちょっと計画を立ててきます! 休憩時間が終わるまでには戻ってきますから!」
勢いよく立ち上がると、店の奥にある台所を飛び出していった。
「……やれやれ、困った子だよ」
残されたサンドラは、一人そう呟く。
口ではそう言いながらも、その口元は確かに笑っていた。




