非常事態発生
アルテウル王国南部の街ミリオーラ。
位置的には王都から離れた場所にあるこの街だが、南方からの交通の要所と言うこともあって、日々それなりの賑わいを見せている。
つい先日、この街に根を張る一人の少年が率いるギルドが大きな偉業を達成した。
それは、大規模ギルドであるグシオンによる反乱の鎮圧。
アルテウルを代表する大規模ギルドの一つであるグシオンは、王家からの信頼を隠れ蓑にして大きな計画を企てていた。
それは亜人達による反乱の扇動と、それに乗じたノール・オーヴァの占拠。
彼等の作戦は周到で、英雄を擁する騎士団ですら初動の対応が遅れたことで手出しが難しくなるところだった。
それを防いだのが、人造兵の少年であるルクスが率いるギルドである。
少数精鋭でグシオンのギルドマスターであるマスター・ウィルフリードを倒し、また獣人達の反乱もその間を取り持つことで何とか小康状態にまで抑えると言う偉業を打ち立てていた。
「……むぅ」
そんな若きギルドマスターであるルクスは、現在ミリオーラにある酒場の夕立亭にて昼食を食べている。
彼等のギルドのほぼ向かいに立っていることもあってか、夕立亭で食事をするのは彼等にとっての日課となっていた。
その様子をお盆を持ったまま眺めるのは、
夕立亭の看板娘であるエレナだった。
栗色の髪に、整った顔立ち。身体は引き締まっているが、出ているところはしっかりと出ている彼女は、夕立亭を利用する男達から遊びに誘われることも少なくはない。
しかし、エレナはその全てを断っていた。男達はその理由を知らないが、この店を取り仕切る女将であるサンドラにはバレている。
それはルクスに対するちょっとした恋心だ。
最初は可愛い弟ぐらいの扱いだったルクスだが、命を救われたうえに立派に成長していく彼を見ていくうちに、その感情は見事に変化していた。
「……むー……」
そんなエレナは現在、焦っていた。
視線の先にはルクスと、彼のギルドのメンバーが座って食事をしている。
別にそれはいい。むしろ毎日来てくれてありがたい。
青みがかった髪の、少女のようにも見える見た目の少年がルクス。その向かいには、薄い金髪の、不健康なほどに肌の白い少女が座っている。
彼女はアディ。ルクスが連れてきたギルドの団員で、何やら不思議な生き物を操る。その独特の喋りのテンポに最初こそ圧倒されたが、喋ってみればいい子だ。
問題……と言うと語弊がある。だが、エレナにとって衝撃を与えたのはルクスの隣に座っている少女である。
彼女の名前はベオ。銀色の長い髪に褐色の肌、頭の上から生える三角の獣耳。尻尾を垂らした小柄な少女が獣人と呼ばれる種族に見えるが、本人はそれを否定している。
とにかくそのベオが、例のギルド・グシオンの討伐以来妙に距離が近いのだ。ルクスに対して。
元々彼女は見た目が幼いこともあってか、ルクスに対して何かとじゃれついていた。まるで兄妹のような距離感であったのは間違いない。
ここ最近はそれよりもっと近くなっている。現に今も、デザートのアイスを食べた口をルクスに拭かせてご満悦そうな顔だ。それ以外にも、妙に距離が近い。
これは他の誰もが気付かないような些細な変化だが、いつもルクスを見ているエレナは気付くことができた。その距離感が、ベオのルクスに対する些細な態度の変化が、何よりもエレナの女の感がそう告げている。
「……非常事態です」
ぽつりと、そう呟く。
「何が非常事態だい」
ごん、と鈍い音がした。
「いたぁ!」
見れば背後には、エレナが持っているものと同じお盆を持ったサンドラがしかめっ面で立っていた。
「何ぼーっとしてるんだい。あたしからしたら、そうやって注文が溜まってく方が非常事態だよ」
「ああっ、そうでした!」
恰幅と気前がいい女主人にどやされて、エレナは慌てて客席へと注文を取りに向かっていく。
忙しい昼食時が過ぎたとはいえ、まだまだ遅れて昼ご飯を食べにやってくる人達は少なくはない。
看板娘であり一番のベテランであるエレナがぼーっとしていられるほどの時間の余裕はなかった。
店の方を見れば、新人のウェイトレスが目を回しながら駆け回っている。
慌ててエレナもその助けに向かうのだが、心の中のモヤモヤが消えることはなかった。
結果として何度も失敗し、余計な仕事を増やしてしまう羽目になったのだった。




