5‐26
「……何とかなったみたいだな」
神の雷の余波を何とか受け流したクラウスは、流石に全ての体力を使い果たして、瓦礫に背を預けて座り込んだ。
そこに慌てた様子でミアが近付いてくる。
「クラウス様! 大丈夫でしたか? 凄い魔法でした……」
「……ああ。全員無事か?」
「はい。今確認したところ、一緒にいた人達に怪我はなく」
「だったらいい。それよりも、戦意を失ったとは言え亜人達をちゃんと拘束しておけ。ギルド・グシオンの連中もな」
「了解です!」
まだ気を抜いていい時間ではない。
ミアはクラウスの言葉からそれを理解して、背筋を正して背を向けようとする。
その直前、まだ年若い貴族の少女は縋るようにクラウスに尋ねる。
「今回の戦い……本当に正しいのは誰だったのでしょうか?」
「なんでそう思う? お前はアルテウルに仕える貴族なんだから、そこが一番正しいはずだろう?」
「……それは、そうです。……そのはずです」
自分に言い聞かせるようなミアの解答。
そんな答えを返しておいて、それをそのまま飲み込めるほど目の前の騎士は器用な生き方はしていない。
それをわかっていたから、クラウスは黙って彼女の言葉の続きを促した。
「民間人がいるのに神の雷の使用……本来ならば力を振るわなければならない英雄の不在。何よりも今回の件全てが……」
「だったらそうなんだろう」
「ですが、それは……!」
クラウスが視線を向ける。
戦意を失い武器を落とす亜人達。
戦場に乱入してきたギルド・グシオンの連中も神の雷に引き続いてウィルフリードが何の行動も見せないことから何かを察したのか、抵抗をやめて拘束されていく。
「ウィルフリードは負けたみたいだな」
「……驚くべきことです。認めたくはありませんけど、彼の力は英雄に次ぐほどだったはず」
「つまりはそれを上回った奴がいたってことだろうな。力か運か、それとも信念かは知らねえが」
「……信念……」
「いざと言うときに自分を信じられる力ってことだ」
「自分を……ですか?」
「ああそうだ。お前もそれを身に着けておけ」
「……騎士団やクラウス様ではなく、ですか?」
黙って頷き、視線で誘導する。
ミアはそれでクラウスの話が終わったことを理解して、自身の任務を行うために兵士達のところへと小走りで向かっていった。
そこに彼女と入れ違いになるように、一人の男が現れる。
「よぉ、助かったぜ」
軽い笑いを浮かべながら現れたのは、オーウェン・スティールだった。
「他の連中はどうした?」
「王城にすっ飛んでったよ。我等がギルドマスターと参謀が心配らしい。どっちも無茶をするからな」
「お前はいいのか?」
「そりゃ俺も行きたいが、流石に無事を喜びながら涙を流して抱き合うってのはこの年じゃキツい。だからこっちに礼を言いに来たってわけだ。そっちも通さなきゃならん道理だろう?」
「知るか。偶然お前達が近くにいたから助けただけだ」
「変わらんね、お前さんは」
煙草を取り出して、オーウェンが魔法石で火をつける。
そのまま一度吸い込んで、口から紫煙を吐き出した。
「変わらねえよ、そうそうな」
「真面目なところも相変わらずだ」
「どっかの隊長が不真面目だったからな。英雄に選ばれるかもってところで、それを拒否しやがった」
「耳が痛いね」
「……そのおかげで助かった。俺もあいつもな」
見上げると、オーウェンはわざとらしく視線を逸らした。
「過去の栄光に触れられるのは苦手か?」
「どっちかって言うと汚点だよ。だから騎士団にいられなくなって、出奔して傭兵稼業だ」
「いい居場所を見つけられたみたいじゃねえか」
彼等が去っていった場所へと視線を向ける。
若者達と一緒に肩を並べて戦うオーウェンは、かつてクラウスが見ていた時よりも数段いい顔をしていた。そう思えたのは、クラウス本人の卑屈さからくるものではないだろう。
「そうだな。一応、何もなければここを俺の最後の居場所にしようとは思ってる」
「ギルドの隆盛がそんなに長く続くと思ってるのか?」
今回の件で、アルテウルは更に追い詰められた。
ギルド・グシオン。王国が一定の信頼を置いていたギルドの反乱は、上層部のギルドに対する不信感を強めていくだろう。
「……さあねえ。それはそっちにも同じことが言えるんじゃないか?」
「……そうだな」
オーウェンが言ったのは、アルテウルそのものについてだ。
この国にはどうしようもなく大きな歪みがある。誰もがその正体を知っていながら、口にすることが憚られたものが。
「グシオンの兵士達はどうなる?」
「さあな。だが、上層部以外に厳罰が下されることはないだろうな。奴等も何もわからず協力しただけと見做される」
「そいつらが釈放されたときに行きつく先は何処だ?」
答えずとも既に二人はある程度の予測がついていた。
中には自分で身を立てるものや、小、中規模のギルドに身を寄せるものもいるだろう。
だが、その大半を受け入れる器が既にこの国には出来上がっている。
ギルド・フェンリス。最大の規模を誇る武闘派ギルドはその勢力を更に強め、それだけでなくライバルであったグシオンが消滅したことでよりこの国の武力を担う存在へと変わっていく。
「亜人達はどうなる?」
「まずは何処かに拘留する。後は……」
その先を言い淀む。
恐らくはいずれ本国に引き渡され、極刑かもしくは奴隷身分へと墜とされるだろう。
だが、それでは同じことの繰り返しになる。また十数年後に似たようなことが起こり、血が流れることは想像に難くない。
「時間稼ぎをしてやるつもりか?」
「さあな。だが俺にできることは限られてる。罰として復興支援に当たらせたとしても、いずれは上の連中からうるさく言われるだろうな」
「相変わらず、余計なもんを背負いこむね」
「お互い様だ」
それを聞けて満足したのだろう。オーウェンは煙草を足元に捨てて、靴で火を揉み消した。
それからクラウスに背を向けて、彼もまた王城へと向かって歩いていく。
「世話になったな」
「……ああ」
素っ気なく、クラウスは一言だけ返事をする。
「ウィルフリード相手に、自分達のマスターの敗北を微塵も考えていないか」
そう呟いた声は、誰にも聞こえることなく消えていった。




