5‐27
「報告は以上となります」
アルテウル王都、王座の間。
赤い絨毯の上で傅きながら、五賢人の一人である『モーリス・ベルクマン』は今回の件についての全ての報告を終えた。
「そうか」
それに対して国王のルードルフ・フォン・アルテウルは興味なさげに一言だけを返す。
「次の英雄候補を探す必要がありますな」
「うむ、そうだな。その辺りはモーリス、お前に任す」
「畏まりました」
感情の籠らない声で、モーリスもまた返事をする。
亜人達に引き続きギルド・グシオンの反乱。そしてそれを止めるための神の雷。
何よりも英雄であるアレクシスが独断で行動し命を落としてもなお、ルードルフは顔色一つ変えることはない。
それは単純な話で、彼はこの状況が如何に逼迫しているかを理解していなかった。
生まれたときから英雄に守られ、彼等が暮らすこの王宮には賊の一人も入り込んだことはない。
神の仔として無条件で護られ愛されると教育され続けたその成れの果てが、今目の前の王座に座っている男の正体だった。
「しかし、最近揉め事が多いように感じるな」
「魔王再誕を皮切りに、あちこちで反乱が起こっているのは事実です。ですが所詮は烏合の衆、制圧するのは容易いものでしょう」
「そうかそうか。ならいいのだが。あまり騒がしくては、何かと気が散ってしまうのでな」
彼の言う気が散ると言うのは、当然政務などではない。
ルードルフが行うべきそれらの仕事の大半は部下達に振り分けられており、彼は最終的な決定を下すだけ。
それすらもただ頷けばいいように仕組まれた、文字通りお飾りのようなものだ。
後の時間をルードルフは遊行にのみ利用する。歌劇を見たり、女を侍らせたりと、大公であるモーリスからすれば凡そ低俗とも呼べるような遊びに彼はその人生の大半を費やしていた。
「モーリス、必要であればもっと英雄を貸し出すぞ? いっそ亜人共やギルドなど潰してしまえばいいのではないか?」
「いえ、それは……」
「何を躊躇う必要がある? 余は神の仔。そしてお前達は神の仔の僕なのだ。従わない奴等は全て消してしまえばいい」
「……お言葉ですがルードルフ様。幾ら力を持っていたとしても、それと同じぐらいに慈悲も大切なものと思われます。武力で奴等を消すよりも、慈悲の心にて屈服させてこそ王家の威光を示せると言うものでしょう」
「……ふむ、だがなぁ。こちらも不肖とは言え息子のカーティスを失っているのだから、あまり奴等を調子に乗せておくわけにいかんだろう」
「カーティス様ですか……?」
「ああ。余はそれでよかったのだが、子供達の中にはカーティスに懐いている者もおってな。特に六女の二コラなどは泣いてしまって仕方ないのだ」
何とかモーリスは言葉を探す。
この愚王の思い付きで、今まで保ってきた秩序が崩れ去るかも知れないのだ。
今彼の言う通りに英雄でギルドと亜人達を殲滅することは不可能ではないだろう。
だが、その動きはこの国全てを巻き込んだ大きな戦いに発展する危険性がある。そしてそれが起きてしまった後に王家と貴族達を存続させるだけの余力は、もう残されていない。
「余が英雄達を伴って戦に出れば、神の守護により容易く奴等を屈服させられるのではないか?」
「そのお言葉はもっともです。ですが、それは今ではございません」
「ほう?」
興味深げに、ルードルフが目を細める。
「聡明な王ならばご存じの通り、この国にはまだ多くの火種が眠っております。その中でも最も大きなもの、魔王の墓所があのティヴィルにはありました」
「うむ。で、あるから十年以上前に余はそなたらに英雄の力を貸し出したのだ」
「はい。そして何処で情報を入手したのか、ギルド・グシオンのマスターであるウィルフリードはその地を目指した。この情報が知られれば今後もあの地を目指す不届き者も現れることでしょう」
「なるほど。余がそれを征伐すると」
「流石、ご聡明であらせられる」
その言葉にどうやらルードルフは満足したようだった。
恐らく彼の頭の中では今頃、英雄を伴って悪しき者達を討滅する自分の姿が描かれていることだろう。
それこそ彼が普段からよく見ている、歌劇にもよくある物語のように。
「では今後の処理は、こちらで」
「ああ、それでいい」
次の遊びに完全に興味が映ったのか、ルードルフは最早モーリスの方を一瞥もしなかった。
モーリスはそこに一礼をして、王座の間を後にしていく。




