5‐24
地下室から地上へと延びる階段を上がった先。
ルクスには何が起こったのか、それは未だにわかってはいない。ただ理解しているのは、空からこの辺りを全て破壊し尽くす輝きが降り注いだということ。
そしてそれによって、ルクス達は命を救われたと言うことだけだった。
長き年月に渡り堅牢を誇ったノール・オーヴァの王城は伊達ではなく、あれだけの振動と地下室まで崩れた輝きに晒されようとも壁や柱の一部はそのまま残っていた。
とは言え、最早この場所に城としての――象徴としての役割はもう残されてはいないだろう。
大破壊の凄まじさを物語る瓦礫の下、そこにウィルフリードは立っていた。
恐らくは彼もあの破壊の雷、それによる建物の倒壊から身を守るのに大量の魔力を放出し、そのうえで肉体へのダメージは避けられなかったのだろう。
服装も所々が破れ、そこからはアレクシスとルクスとの連戦よりも大きな傷が覗いている。
「生きてやがったか」
心底忌まわし気な声で、ウィルフリードが振り向きもせずに声を発する。
「小僧。何処までも俺の邪魔をするつもりか? てめぇが従い、守ろうとしたアルテウルの決断がこれだぞ」
「……アルテウルの決断?」
「この城を焼いたのは神の雷。そう呼ばれる広域破壊魔法だ。この街にはまだ住民やお前のギルドがいるにも関わらず、奴等はそれを使いやがった」
「……それは……!」
確かにそれはあまりにも非人道的な行いだが、ルクスは心の何処かでそれを認めていた。
王族であるカーティスですらも彼等は犠牲にしようとした。最早アルテウルはそうして無理矢理に対応していくしか、国家の威信を保ち続けることはできないのだろう。
いや、下手をすればこの行いすらも――。
「もう一度聞くぞ、この戦いはてめぇにとって何の意味がある? 命を賭けてこの俺に殺されに来て、てめぇやそのギルドは喜ぶのか?」
「……意味はあります」
「なんだと?」
「貴方を放っては置けない。貴方をここで逃がせば、きっとまた何かを企む。そしてそれは、この国を混乱させて多くの人を殺します。今のように」
果たしてウィルフリードが仕組んだ一連の事件で、何人の人が死んだのだろう。
この国に暮らしていたアルテウルの民達も、亜人達に殺されたことだろう。そしてまた亜人達も騙されて大義に酔い、多くの犠牲を出した。
彼等に何も罪がなかったとは言えない。武力と言う方法を取った時点で、こうなる未来はあったはずだった。
「英雄気取りか、小僧」
「違います」
背中に手を伸ばす。
アレクシスから受け継いだ剣。
黎明の剣と呼ばれる長年の彼の相棒が、ルクスの求めに応えるようにその刀身を露にした。
「……アレクシスの剣か……!」
忌々しげに、ウィルフリードがそう言った。
「英雄になります、貴方を倒して。争いの元を断ち、救われない人達に光を与える英雄に!」
「小僧がぁ!」
ウィルフリードが強大な魔力を解き放つように、一気に叩きつける。
まるで氷河が広がっていくように周囲にある瓦礫や柱、床や壁までもが凍結し、氷の波がルクスの目の前にまで迫った。
「英雄の剣、僕の心臓……力を貸してくれ……!」
ドクンと、心臓が強く跳ねる。
彼等と同調を果たす役割を担ってくれていた黒の剣は既に折れて、その機能を失っていた。
だが、それでも黒い心臓は強く脈動しルクスに力をくれる。
剣の一振りが、まとめて氷の波を粉砕する。
砕け散った氷の欠片の中からルクスの影が躍り出て、ウィルフリードの眼前に迫った。
「……行ける、戦える……!」
ウィルフリードの氷の剣と、ルクスの持つ黎明の剣が激突する。
氷と鋼、それだけではない。
そこに込められた互いの魔力が反応し、まるで火花のような光が辺りに飛び散っては余波としてウィルフリードの氷の破壊していく。
「ちぃ!」
剣が打ち交わされる。
ウィルフリードが一撃でルクスを吹き飛ばせないのは、黒い心臓が限界まで稼働しているからだけではないだろう。
彼もまた肉体は傷つき、魔力を放出し、限界が近い。
この状況ならば、ベオが支えてくれた分だけルクスが有利ですらあった。
「人造兵風情が! なんでてめぇ如きに俺の計画が邪魔されなけりゃならねえんだ!」
互いの刃が弾かれ、距離が離れた。
ウィルフリードは魔力を手に貯め、再度氷の波としてルクスへと放つ。
氷の浸食は早く、瞬く間に足元から膝までが凍り付いていく。
「……もっとだ、もっと力を……!」
彼等は英雄になるべくして生み出された人造兵。
英雄の心臓をその身に受け、適合せずに次々と命を落としていった哀れな魂。
その生命の残滓が、自らの哀れさを恨んだ呪いがルクスの心臓には宿り続けている。
最初は黒の剣を通して顕在化していた彼等の力は、最早それを必要としていない。
英雄に対して、世界に対して恨みを抱いていた人造兵達はルクスに力を貸してくれている。
最後の適合者であるルクスこそが、この世界に対して、アルテウルが生み出し多くの命を奪った英雄に対して反逆する存在だと信じて。
火花が散る音がする。
そこに生み出されるのは、先ほど空から降り注いだような眩い輝きではない。
まるで呪いを具現化したような黒い雷が、ルクスの手から迸っていた。
黒い雷はウィルフリードの氷結に干渉し、互いに打ち消し合って消滅していく。
足が自由になったルクスはそのまま再び、ウィルフリードへと距離を詰めていった。
「てめぇは……!」
氷の刃が飛来する。
ルクスはそれを剣で打ち払い、それができないものは黒い雷を放って迎撃した。
「一体何なんだ!」
氷の壁を生み出したウィルフリードが後退する。
そのまま距離を取りながら、氷の礫を放った。
負けじとルクスも黒い雷でそれを打ち落とし、隙に生じては彼へとその雷を放っていく。
「ちぃ……!」
互いに消し合い、牽制を続ける。
そうしている間にも、ルクスの体力は次第に削れていった。
ベオに塞いでもらった傷口から、じんわりと血が染み出してくる。
黒い雷が身体に与える負担は、ルクスの素想像を超えていたようだ。
だが、それはウィルフリードとて同じこと。
もし彼が確実にルクスに対して勝つことができると思っているのならば、遠距離での戦いに終始はしないだろう。
近づかれたときに危うさを感じたからこそ、こうやって距離を取っての攻防に出たのだ。
そう思えば、状況は決して悪くはない。
「貴方に何があったのか、そうまでしてこの国を壊したい恨みがあったのかは僕にはわからない」
「だったら……黙っておけ! てめぇみたいな人造兵とは違う、この国を、英雄だけに支えられた腐った国に生きてる俺達には、そうするだけの理由がある!」
「それはできない! 貴方は僕から、僕達から奪おうとした!」
「それが摂理だ! この国にいる限り、そうなる! 所詮は奪い合い、血と死体の上に建っている国に生きる限りはな! だから俺は頂点に立とうとした、この国に眠る古き神の力を奪ってな!」
「奪ったんじゃなくて、縋ったんでしょう!」
「貴様あぁ!」
これまでに感じたことのないほどの魔力が、ウィルフリードから放たれた。
絶対零度の冷気が放たれ、瞬く間にこの場の全てを白く包み込んでいく。
それは先ほどまでの氷の波の比ではない。壊れた瓦礫も外の景色も、全てが一瞬にして白い世界へと包まれて消えていった。




