5‐23
何が起こったのか、ルクスにはわからなかった。
ウィルフリードに刺され、そのまま殺されそうになった時、彼は何かに気付いてその場から離れていった。
そして次の瞬間、眩い輝きと轟音。遅れて凄まじい衝撃と破壊がルクス達に襲い掛かっていた。
「……う」
今ルクスは、暗く冷たい瓦礫の中にいる。
氷の剣で刺された傷からは、今もまだ血が流れ出ている。
少しずつ失われていく体温が、死を予感させる。
「……あ」
思わず呻き声をあげた。
ここはあの研究所を思い出させる。
一人一人消えていく仲間達。
泣こうが叫ぼうが誰も助けてくれないあの日々は、地獄だった。
そこから炎によって助け出された。
本来ならばルクスすらも焼き尽くすはずだったそれは、英雄アレクシスの躊躇いでルクスを炎の灯りの元へと連れ出してくれた。
いつ死んでもいいと思っていた日々。
それがルクスにとっても全て。
誰のものかもわからない心臓を埋め込まれ、聞こえてくるのは呪詛の声。
そこから脱出できても、人造兵として迫害される毎日が続いていた。
その中でルクスに芽生えた唯一の希望。
英雄になる。
憧れたその輝きに近づけるのならば、命を捨てても構わない。
結局のところルクスは、ずっと自分の命を捨てる理由を探していたにすぎない。
「……し」
でも今は違う。
情けない声をあげていた。
瓦礫の中、まるで棺桶のような空間で。
「し、に」
こんなところで終わりたくはない。
ベオに会えた。
仲間ができた。
英雄アレクシスに認められ、託された。
――そして。
「死にたく、ない」
その声に、必死で絞り出した言葉に何の意味があるのか、それは当のルクスにもわかりはしない。
ただ本能的に絞り出した、消えゆく命の最後の声がそれだった。
そのはずだった。
瓦礫が退かされる。
光……と言うにはあまりにもか細いものだったが、その輝きは今のルクスにとってはあまりにも眩しすぎた。
「いつぞやとは逆だな」
声にいつもの覇気はない。
恐らくは彼女も限界が近いのだろう。
だと言うのに、探してくれた。力を抜いて倒れてしまえば楽になれるのに、彼女はそれを選ばなかった。
その事実だけでいい。
それだけで、ルクスは力を貰える。
いつだってそうだ。
大きな瓦礫が吹き飛ばされるように退けられ、ようやく顔が見える。
銀色の髪の少女、ベオがこちらを心底安心したような顔で覗き込んでいた。
「見つけたぞ、ルクス」
「……ベオ」
「引き上げるぞ。よっ……おわ!」
身体が引っ張り上げられて、そのまま力が入らずにベオの元に倒れ込んでしまう。
「ああ、そう言えば怪我をしていたな。どれ」
ベオはルクスを仰向けに寝かせると、ウィルフリードに刺された場所に手を当てる。
そこに宿った生命の火とも呼べる温かな光によって、ルクスの傷が急速に癒えていく。
当然、その代償としてベオの手に酷い火傷をのような傷を刻み込みながら。
「ベオの傷は……?」
「ん? ああ、こっちは何とか止血した。私の回復魔法は自分には使えないから、無理矢理にな。ふふんっ、奴らの船から使えそうな備品を盗んでおいたのだ」
自慢気にそう言うが、それでも何とか応急処置ができた程度のようだった。回復魔法の光に照らされたベオの顔色は悪く、これ以上魔法を使えるような状態じゃない。
「もう大丈夫」
「馬鹿者、大丈夫なものか」
起き上がろうとしたところを、また寝かされる。
事実、既に血は止まり傷も塞がりかけていた。
「……奴と戦うのだろう?」
心臓が高鳴った。
やはり、目の前の少女には全てお見通しと言うことらしい。
「……うん」
「馬鹿者め」
こつんと、額をぶつけてくる。
「一応、理由を聞いておくとするか」
「英雄になるために」
「なれないと言われたではないか」
呆れたように、ベオはそう口にする。
それは本心からそう言ったわけではなく、ルクスの次の言葉を引き出そうとしているようにも思えた。
「この国の英雄じゃない。アレクシスが目指した、そしてみんなが必要としている英雄になるんだ」
この国のために、王家のために尽くすものではない。
それは悲劇を打ち払い希望を与える者、人々の導となる灯火。
それこそが英雄。
アレクシスが目指し、ルクスに見せた希望の火。
「……ふん」
ベオの態度は相変わらずで、その本心を読み取ることはできない。
ただいつものような不機嫌さは、思ったよりもないように思えた。
「で、奴を討つのか。お互いに半死半生、このまま見過ごしていても時間の問題だと思うが」
「ウィルフリードがそんな甘い相手とは思えないんだ。もし逃がしたら、また悲劇が生まれることになる」
「……かも知れんな」
「それに」
いつの間にか光は消えて、ルクスの傷も癒えた。
ベオの火傷を労わるように優しく触れてから、ルクスは立ち上がった。
「勝ちたいんだ、僕が。あの人に」
同じギルドマスターだからだろうか。
許せない想いがあるからだろうか。
恐らくはそれらの全ての感情が交じり合って、ルクスはそう言ったのだろう。
ギルド・グシオンのギルドマスター、ウィルフリード。
英雄には及ばずともこの世界の高みの一人。
そこに挑み、打ち倒す。それもまた英雄を志す少年の野望となっていた。
「くくっ、お前は本当に馬鹿だな」
「いつも心配かけてごめん」
「もう慣れた。……とは言わん。そう思わせないぐらいに強くなれ。そのために奴なんぞ軽く捻ってやれ」
ベオが視線を向ける。
半壊し殆ど崩れた地下室だが、外に出るための小さな道が抉じ開けられたように続いていた。
恐らくはウィルフリードがそこから脱出したのだろう。
「ルクス」
そっちの方を向ていると、不意に声が掛かる。
振り向くよりも先に、頬に柔らかな感触があった。
何事かと顔を向ければ、背伸びをしたベオの顔がすぐ傍にある。
「ベオ……?」
「おまじないだ。それから、まぁ……助けてくれた礼でもある。他にも理由がないわけでもないが……その、うん」
「ありがとう」
「……ああ」
その言葉だけで全てが伝わったのだろう。
ベオは笑いながら頷き、その場に座り込む。
「後で助けにこい。そしたら、もう一回してやる」
照れ笑いを浮かべながらそんなことを言うベオに頷き返し、ルクスは瓦礫の間を縫って地上へと続く道を昇って行った。




