5-22
ノール・オーヴァ市街。
上空に突如出現した魔法陣を見上げながら、クラウスは絶望に満ちた声をあげた。
「……嫌な予感が現実になりやがった」
「く、クラウスさん」
隣でミアもまた、引き攣った声をあげる。
「ミア! 部下と避難民をここから遠くに離せ!」
「で、でもまだ怪我の治療も……」
「そんなのは後にしろ! 担いでも何でもいい、できるだけ遠くに、そしたらでかい建物の影に隠れて伏せさせろ! 時間がねえ、早くしろ!」
「りょ、了解しました!」
クラウスのただ事ではない様子を見て、ミアはそれ以上は何も言わなかった。
急ぎ部下達のところに走って、命令を下す。彼等も空に浮かんだ魔法陣がただ事ではないと判断したのだろう、迅速に避難民を抱えて脱出を開始した。
クラウスの部隊は他の騎士団とは練度からして違う。こういう時に迅速に行動できるのは、普段の訓練の賜物と言っていいだろう。
だがまだ安心はできない。クラウスは部下達とは逆の方向へと向かって走り出した。
破壊されつくした街並みを進み、ひときわ大きな戦いの跡が残る瓦礫の山へと辿り着く。
そこでは三人の男女が、亜人達の残党に囲まれて戦っていた。
そのうちの一人、やたら血色が悪い少女は知らない顔だが残りの二人には見覚えがある。特に一人は、ついさっき別行動をしたばかりだ。
「おい!」
彼等を囲み攻撃しようとする獣人を、光の魔法で絡めとる。
できるだけ傷つけず無力化してから、三人に声を掛けた。
「だ、だだだ誰ですか……?」
最初に反応したのは少女だった。何故か身体の周りに半透明のスライムやらクラゲのような浮遊生物を漂わせているが、今はその異常さを問いただしている時間もない。
「あ、あんた……」
「クラウスだ。お前のギルドマスターはどうした?」
「お、王城だよ。それより何が起こってんだ? あの上空の魔法陣はいったい……」
「大規模破壊魔法だろ」
クラウスの代わりに、もう一人の男が答える。
「久しぶりだな、クラウス」
「オーウェン。なんでお前がこいつらのギルドに?」
「うちのマスターと会ったんだろ? だったらわかってくれると思うけどな」
「ふ、二人はお知り合いなんですか? 懐かしい昔話にお花を咲かせる前に、あの明らかに駄目そうな魔法陣を何とかした方がいいと思うんですけど、ただアディとしてはあんまりでしゃばるのもあれなので……」
じろりと、アディと名乗った少女を人睨みする。
「ぴぃ」
謎の鳴き声を放ち、エリアスとオーウェンの背後に隠れてしまった。
「おい、脅かすんじゃねえよ」
「知るか。こいつの長話を聞いてる時間はねえんだ。てめぇらもだ!」
クラウスは、辺りに倒れた亜人達に向けて声をあげる。
「あの魔法陣がやばいってのは見りゃわかるだろ! さっさと仲間を連れてここから消えろ!」
そう言って光の魔法による拘束を解く。
亜人達は最初こそこちらの様子を伺っていたが、一度空を見上げてから全員で頷きあい、この場から立ち去って行った。
「おぉ……やりますね」
エリアスが感心したような声をあげる。
「次はお前等だ。さっさと走れ!」
空を見上げれば、魔法陣は先ほどよりもずっと輝きを強めている。
もう放たれるまでそう時間は残されてはいないのは、火を見るよりも明らかだった。
「で、でもルクスが……!」
「そ、そうです! ルクス君とベオさんが王城にいるので、た、たた助けないと!」
「今から向かってどうなる? まとめて死ぬしか選択肢はないぞ」
若い二人がオーウェンを見ると、クラウスの言葉を肯定するように頷いた。
「そ、そんな……!」
「だが、あっちにゃベオの嬢ちゃんもいる。俺達なんかよりも頭も切れるし、魔法にも長けてる。どうとでもしてくれるさ」
果たしてその言葉が本心であるかどうかを、クラウスは知らないが、それを問いただしている時間はない。
魔法陣の光が強まる。
そこから圧縮した魔力が限界を迎えるように弾け、白い光が何度も空を眩く照らしていった。
「ちっ、走れ!」
最早彼等と話をしている余裕はなどはない。
クラウスは蹴り飛ばすようにオーウェン達を瓦礫の上から落とし、無理矢理走らせた。
「は、走るにしても……アディは、足が……遅いのでぇ……! あひゃっ!」
「担いでやるよ!」
オーウェンがアディを担ぎ上げて、走る。
エリアスが先頭を駆け、目に付いた亜人達に片っ端から逃げろと叫ぶ。
必死で距離を取るが、それでもまだ足りない。
そうしているうちに白い光は臨界点を迎え、空が眩い光に包まれていった。
「こ、これってもう間に合わないやつじゃないんでしょうか? アディは別に死ぬことはそれほど怖くはなかったりするんですけど、でもやっぱり死ぬときはルクス君とかベオさんと一緒がいいかなーとか思ったり思わなかったいっ!」
どうやら舌を噛んだようだった。
「ど、どうすりゃいいんだよ!?」
「クラウス、何か手はねえのか?」
エリアスとオーウェンも叫ぶ。
彼等だけではない、それなりの距離を走っている間に、戦意を失った亜人達も合流していた。
「伏せろ!」
「ふぎゃ!」
まず最初に答えたのは、地面投げ出されたアディの声だった。
それからオーウェンとクラウスが一緒になって、周りの亜人達をその場に半ば無理矢理倒していく。
「幸いにして周りにゃ瓦礫がそこそこある……。ここから顔を上げるんじゃねえぞ!」
クラウスは両手を前に突き出す。
魔力を全力で放出し、目の前に光の壁を作り上げた。
空の輝きは最高潮に達し、光が地面に落ちる。
それは一瞬のことで、ノール・オーヴァの王城の頂点に達すると容赦なく残酷に、この地に築かれたその象徴を砕いていった。
「ま、魔力の壁なら! アディも力になりましゅ!」
語尾が変なのは緊張からか、もしくは舌を噛んだ後遺症だろう。
アディもクラウスの横で、謎のスライムを膜のように広げて防御壁を張り巡らせる。
「そいつは何なんだ?」
「せ、説明すれば長くなるんですけど、アディが十年ほど前にいたある……」
彼女は何やら頑張って口を動かしていたのだが、その声はいつの間にかクラウスには届かなくなっていた。
天空から地上に降り注いだ雷は、そこから大地に沿うように破壊の波となって周囲へと広がっていく。
その光の波と周囲の建物が破壊される轟音によって、彼女の声は完全に掻き消えていたからだった。
「おおおおおぉぉぉぉぉ!」
気合の叫びと共に、全ての魔力を放出する。
光の波が直撃し、視界が真っ白に染まっていった。
全身が焼ける痛みと、魔力を放出しつくす脱力感。
それらを受けながらもクラウスは、この場の命を守るためにその場に立ち続けた。
恐らくは下で伏せっている者達にとっては一瞬、クラウスとアディにとってはとても長い時間が過ぎていく。
光によって焼かれた痛みが何倍にもなって、クラウスの全身を貫いた。
「い、痛いよぉ……! こんな目に合うなら死んだ方がマシだったかもぉ、でもやっぱり死んだらルクス君たちと会えなくなるしフィンリーさんにお礼も言えなくなるから頑張るぅ」
などと情けない声も聞こえてくる。
その痛みを感じると言うことは、生きているという証拠だった。
大きく息を吐いて、周りを見る。
一緒に逃げていた亜人達もオーウェンもエリアスも。
当然アディも無事にその場に立っていた。
空を見れば魔法陣はもうなく、後にはただ完膚なきまでに破壊された街並みと、一瞬前までそこにあったことが想像もできないほどに崩れ去り廃墟と化した――かつてはこの国の象徴であった王城の姿がそこにあった。




