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5‐21

 ――時は、ルクスとウィルフリードが剣を交える少し前にまで遡る。


 アルテウルの首都であるアル・ノーヴァから離れたところに、一つの砦があった。

 そこは一見すれば外敵からアル・ノーヴァを守るための砦の一つ。当然、その役割も持たせてある。

 だが、ここにはもう一つの事実がある。

 砦の地下室。そこは広大な空間で、周囲の壁に掛けられた光源の魔石により薄紫色の光で満ちている。

 何よりもその床一面に描かれた複雑な魔法陣が、この空間を神秘的でありながら何処か不気味に彩っていた。

 その中央に立つ少女は一人。

 黒髪に青い瞳の少女は、髪色と同じく漆黒のマントを身に着け、その下は軽装備を纏っている。

 彼女の目の前には杖が一本、不思議なこと縦に直立したままふわふわと浮かんでいた。

 そして周囲には、ローブを纏った男女数名が目を閉じ、杖や魔本など各々の道具を使い魔力を高めていた。

 唯一、この部屋の中でこれから発動させる魔法に寄与していない男が一人。

 黒髪に長身、年齢は恐らくは三十前後。鍛えられた肉体と整った顔立ち、黒い服をまとったその姿はまるで死神にも見える。

 男が口を開き、低くよく通る声が地下室に響く。


「状況は如何かな、魔導の英雄?」


 少女――魔導の英雄は不機嫌な表情を隠そうともせずに答えた。


「順調よ。後数分で、『神の雷』は召喚できるわ」

「それは結構。流石は魔導の英雄と言ったところか」

「わたしがそれを呼び出せるのは、王家から預けられたこのレリックがあってのことよ。馬鹿にしているの?」

「気に障ったのならすまないな。だが、褒めているのは本心だ。そうなるまで己を鍛え上げたのは、他ならぬ貴方だろう」


 慇懃に、男はそう告げて一歩下がる。

 魔導の英雄は不機嫌さを隠しもしなかったが、それでも魔力を杖に送り続けていた。


「目標地点、観測」


 周囲の魔導師の一人がそう告げる。

 同時に空中に少し乱れた映像が映し出された。

 そこはかつてノール・オーヴァと呼ばれた地。今現在ギルド・グシオンと亜人達の反乱が起こっているティヴィルの王城だった。


「……最後に聞くわ」


 魔導の英雄が、男に尋ねる。

 それは或いは、彼女がこれからやることを否定してほしかったからだろうか。


「本当にいいの? たかがギルドの反乱ごときで、神の雷を使うなんて」

「気が進まないか?」

「当たり前でしょう。亜人達の反乱に対処する必要はあるにしても、ギルドごとティヴィルの人達を焼き尽くす必要なんてない」

「私はあくまでも王と大公の意志を伝えた伝令役にすぎんよ。この問答に意味はないだろう」

「……そうね」


 それがわかっていたとしても、魔導の英雄はその言葉を掛けるしかなかった。

 これが何かの間違いであってほしいと、その一縷の望みをかけて。


「英雄アレクシスも、亜人達の反乱の鎮圧に赴いて未帰還だ」

「それこそ……!」


 杖が一際大きく輝く。

 それは魔導の英雄が集中を乱し、感情のままに大きな魔力を送ってしまったことの表れだった。


「……何かの間違いよ」


 大英雄アレクシス。

 魔導の英雄は彼と一緒に戦って長い。魔王戦役でも、彼は殆ど傷を負うことはなかった。

 圧倒的な強さを誇る、アルテウルの守護者。そんな彼がたかが亜人達の反乱で行方をくらますなど、彼女からすれば信じられない出来事だ。


「どちらにせよ君は逆らうことはできないのだろう? 他の英雄達がそうであるように、君達にとって王家の決定は絶対だ。力の代償として、そうなっているのだから」

「……わかっているわよ」


 この力を得たことに後悔はない。

 英雄と呼ばれる生を歩むことに、躊躇いなどないはずだった。

 英雄アレクシスがそうであり、彼女もまた同じ理想を掲げた通り。

 多くの人を護る。

 それが例え王家の傀儡に成り果てたとしても、それでも英雄が圧倒的な力を振るい続ける限り、天秤は傾き続けるはずだ。

 そう信じて、彼女は魔力を注ぐ。

 これより放たれるは神から授かった裁きの雷。

 その威力は最大で放てば、大型の都市一つを丸ごと滅ぼせるほどの破壊力がある。

 魔王戦役で彼女は、これを放った。味方の部隊ごと、ある地点を焼き尽くして多くの魔物と亜人達を焼き尽くした。

 そして今もまた、その使用が命じられる。

 全ては反乱した亜人達を一網打尽にするため。

 何よりも王家に牙を剥いたギルド・グシオンをウィルフリードごと葬るため。


「……アルテウルは、随分とギルドを恐れているのね」


 魔導の英雄がそう零したのは、この苛立ちをぶつけたかったからにすぎない。


「そう思うかね?」

「そうでしょう。でなければどうして、たかがギルドに対する粛清で神の雷を持ち出すのよ」

「確かにな。ここでグシオンの行いを許せば、我もと続くギルドが出てくるかも知れん。だからこそ、徹底的に葬るつもりなのだろう」

「できるだけ威力は絞るわよ。王城を中心として、被害が広がらないように」

「好きにするといい。私は、君がここで神の雷を使うことを見届けるようにしか命令されていない」

「後がどうなろうと知ったことではないってこと? そんな態度だから、反乱が起こるんでしょ」

「私に言われても困る」


 男の言葉はもっともだが、そもそもこれは単なる八つ当たりだ。

 だが、そうなのだろう。

 この魔法を使う許可を出した王家も、その周囲で甘い蜜を啜ろうとする貴族達も。

 対処したと言う事実が欲しいだけ、力を見せつけて屈服させたつもりになっているだけ。

 そこに残る感情も何も理解しようとすらしていない。

 そんなことを繰り返して、アルテウルは少しずつ弱くなっていった。

 かつて神の末裔たる英雄王が切り開いたこの国は、残された血筋とその周囲で蹲る者達によって揺らぎ、崩れようとしている。

 英雄は、そんな彼等の最後の希望。

 力無き人々ではない。

 新たな時代を開く何者かでもない。

 積み上げてきたものが脆くも崩れかけ、そうなってなお何も知ろうともしない愚か者達を護るための、英雄だった。


「魔力の充填、完了しました」

「わかったわ。後はこっちで」


 杖を手に取る。

 そこには圧倒的な量の魔力が満ちている。

 先端から眩い光を放つそれを掲げ、映像の向こうにあるティヴィルの王城へと視線を送った。

 魔力を紡ぎ、注ぎ込む。

 目の前に集まった膨大なそれらをコントロールし、雷へと形を変えていく。

 バチバチと火花を散らし、部屋の中は白い輝きで満ちて魔導の英雄以外は目を開けてもいられないようなほどだった。

 光の中、魔導の英雄は呟く。

 それは迸る魔力の弾ける音で、誰にも届くことはない。


「……アレクシス、あんたは何してるのよ」


 彼女は知らない。

 その雷が、眩く白い閃光が、彼女が想う大英雄への最後の手向けとなることを。

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