5‐20
――今より千年も昔、星が堕ちた。
堕ちてきた星を受け止めるために、古き神は大地を覆い、その腕を広げた。
だが、星の勢いは凄まじかった。
炎に包まれたそれは、古き神すらもこの大地へと封印し、遂には大地へと吸い込まれていく。
多くの命が薙ぎ払われた。
そこに住む者達にとっての長い冬が訪れた。
古き神は全ての力を使い果たし、地の底で眠りにつくことになる。
それから何年の月日が流れただろうか。
いつしか枯れ果てた大地に緑が戻り、生命が芽吹くころ。
それと同時に、人間が現れた。
人間は新たなる神の下に文明を築き、繁栄した。
このまま地上には人間達が多くの国を作り彼等の時代がやってくる。
新たなる神に見守られた人間達こそが、この地上の支配者になるべきだと、神は語る。
だが、それを良しとしない者達がいた。
古き夢を見る者達。
古き民の眷属。
その中心に立つのは、古き神より血肉を与えられし炎――即ち魔王。
魔王は進撃する。
古き者達を従えながら、この大地を正常な形に戻すために。神に反逆するかの如くあらゆるものを破壊しつくした。
ようやく広がっていった人々の営みを、大地に生まれた新たなる生命の数々を、魔王は容赦なく蹂躙した。
まるでそれは、古き神の悲しみを表すが如く、目に映る全てを薙ぎ払い世界を静寂に導くことこそが己の定めと語るが如く。
ここは魔王と呼ばれた彼が挙兵した大地。
居並ぶのは古き民達の兵団。そこには様々な種族が並び、中には神々に従うことのできない人間達までが含まれていた。
魔王ベーオヴォルフは全てを許した。
神の喉笛を食い破らんとする反逆の王は、あらゆる種をそこに集めた。
それこそが古の夢、ノール・オーヴァ。
古き神が眠ると言われる大地。
魔王に血肉と力を与えたその存在は、今もここで目覚めの時を待っている。
そして魔王の、古き神の言いつけをこの地はずっと守り続けてきた。
今では亜人と呼ばれる獣人やエルフ達が一度はこの大地を席巻し、数多くの領域を支配しようとも。
彼等が倒れ、人間達が再度この大地の支配者として君臨しようとも。
ノール・オーヴァは全ての種族に平等だ。
例えそれが古き者であれ、新しきものであれ。
この大地に根付き、芽吹いた命に貴賤などはない。だからこそ、亜人達の時代にあってすら人間がこの地を収めることができていたのだ。
それこそが、古き神の願い。
古き神が目指した理想の大地。
例え己が身体が潰えようとも、古き神はその姿を地の底でいつまでも見守っている。
――寝物語に、ウィルフリードが母から聞いていた言葉だ。
ウィルフリード――ウィリアムはこの地の王族として生まれた。
そこには幸福な家庭があった。
例えアルテウルが周囲の国々を制圧しようと、亜人種に対しての復讐とも呼べる弾圧を開始しようとも、この国だけは違った。
父王は各地から溢れ出た難民達を受け入れ、アルテウルに従うことを良しとしない人間達もまた住民として迎え入れた。
古き神の地。
ここには全てを受け入れるだけの理由がある。
この地に眠る古き神が、そう願うからだ。
そしてこの地を収めるのは、その神の守り人であるノール・オーヴァ王家。
長い歴史の中で様々な種の血が混じった稀有な一族は、だからこそあらゆる種族の中心となってこの地を治める古き神を守り続けることを託された。
英雄がこの地にやってくる、その日までは。
あの日のことをウィリアムは忘れないだろう。
父や母とアルテウルの間でどのような話し合いが行われ、どうしてそんな結論に至ったのか、当時の幼いウィリアムは愚かその他の誰にもわからない。
そのぐらい唐突な侵攻だった。
炎が落ちた。
まるでそれは千年前の、新たなる星が地に落ちた再現であるかのように。
王城は瞬く間に炎に焼かれた。
民達は殺され、住処を奪われた。
ノール・オーヴァの民達は必至で抵抗し、一時は拮抗することにすら成功していた。
――彼等がくるまでは。
英雄。
そう呼ばれた人間達の希望、相対するものにとっては無慈悲な殺戮と破壊の化身。
かつて魔王は、人間達にはそう見えていたのだろう。
英雄達はその力を存分に振るい、瞬く間にノール・オーヴァを破壊しつくした。
まるで忌むべきものを、怨敵をこの世から消し去ろうとせんばかりに。
勿論、彼等英雄にその意志はない。
それを語るのは、その感情の炎を灯すのは英雄の背後にいる者達。
新しき神の仔。
大地の簒奪者。
ノール・オーヴァを滅ぼしウィリアムの全てを奪った忌まわしき存在。
その中でも一際輝きを放つ男がいた。
英雄、アレクシス。
人類の守護者たる彼は最も多くの者達を殺し、あらゆるものを灰燼へと帰した。
今でも思い出す。
炎の中、一瞬だけ振り返ったウィリアムは見た。
銀色の髪の、悪鬼の姿を。




