5‐19
ノール・オーヴァ王城、地下最奥。
大きな石碑が鎮座するその空間に、二人の姿を見つけた。
一人は長身の男、ウィルフリード。そしてその傍で床に倒れているのは……。
「ベオ!」
ベオの元に駆け寄る。
「ル、クス……すまない、へまをした」
額に汗を掻きながら、ベオが素直に謝罪の言葉を口にする。
「私は、大丈夫……何とか傷は塞ぐから。だから、あいつを……」
ベオが指をさす。
その先にいる男、こちらを冷たい目で睨みつける、氷のような風貌をした全ての原因。
「あいつは……ここに……」
「大丈夫、もう喋らなくていいよ」
ベオを抱き上げて、部屋の隅まで運んでいく。
そこで静かに横たえると、ルクスは改めてウィルフリードの前に立った。
「ああ、認めよう」
そう、彼は口にする。
視線はルクスではなく、部屋の中央に鎮座する石碑へと向けられていた。
「長い間、俺は計画を練り続けてきた。本来ならばもう二、三年は覚悟していたんだぜ」
「魔王再誕があったからですね」
「ほう。馬鹿じゃねえみたいだな。その通りだ」
ウィルフリードが小さく笑う。
「あれは俺にとって好機だった。騎士団の力がどの程度なのかを確認し、魔王との戦いで英雄達の力を削ぐこともできる。ずっと水面下で亜人共に武器を横流ししていた甲斐があったってもんだ」
「じゃあやっぱりあの時、あの獣人達の集落に僕達を行かせたのも……」
以前、ルクス達はウィルフリードの命令で亜人の集落を訪れている。
そこの生き残りを開放し、彼の紹介でレンツォの元へと向かわせた。
「ああ、そうだ。奴等の憎悪は新鮮だからな。乾いた心に、ほんの少し火種をくれてやれば、後は勝手に燃え広がる」
知らず知らずのうちに、ルクス達はウィルフリードの片棒を担がされていたと言うわけだった。
「全てが完璧だったと言うつもりはねえよ。咄嗟に計画を変更したんだ、ボロが出ることも覚悟はしていた」
忌々し気に、ウィルフリードがルクスを睨んだ。
それを負けじと睨み返すと、彼は更に怒りを燃やす。
「てめぇらが最大の誤算だった。魔王の力を使うガキ、オーウェン・スティール。てめぇらばかりはどう転ぶかがわからねぇ、だから早々に始末してやろうとしたんだよ。ちょうどよく、火種になってもらってな」
それが、ルクスを王族の護衛に推薦した件だろう。
ウィルフリードはそこでルクスと、アレクシスをぶつけて殺そうとした。ルクスのギルドの動きを完全に止めるために。
「だが、てめぇは生きていやがった。それどころかトチ狂ったアレクシスまで、こっちに来る始末だ」
よく見れば、ウィルフリードの服装は所々が斬られ、そこから露出した肌からは血が滴っている。
例え手負いだったとしても、英雄。それを戦って全くの無事でいられるわけがなかったと言うことだろう。
「だが、全部捻じ伏せた。むしろ俺にとっては幸運だった。この国を、俺の過去を燃やしたアレクシスをこの手で殺せたんだからな!」
その顔に狂気を浮かべ、ウィルフリードが笑う。
「……だが、なんでてめぇがここに来やがる。最後の最後で、俺の邪魔をしに!」
怒りと共に、ウィルフリードから殺気が放たれる。
彼の実力は以前戦ったアレクシスに劣るだろう。だが、それでも今のルクスと比べてどちらが上かは火を見るよりも明らかだった。
それに加えて、殺気の質が違う。
英雄の放つそれよりももっと鋭く、怒りに満ちて、確実にこちらを射殺さんとする視線。
並の戦士ならば武器を捨てて降参するだろう。或いはルクスも、ベオと出会う前ならばそうしていたかも知れない。
――今は違う。
剣を正面に構え、戦意を表明する。
それがギルドマスター同士の決闘の流儀とでも言わんばかりに。
その行為は、ウィルフリードの感情を更に逆撫でしたようだった。
「この戦い、てめぇに何の意味がある? 勝っても負けても、得るもんなんざねえだろうに」
「……貴方を止められます。大勢の人の心を弄んで、この国に争いを呼び込んだ。そして何よりも僕の仲間とベオを傷つけた貴方を」
「……つまらねえ話だ。そんなもんのために死ぬ気か?」
ウィルフリードはその答えを求めていない。
彼の次の行動が、それを如実に語っていた。
片手に貯めた魔力を、薙ぎ払うように解き放つ。
まるで吹雪のような白い閃光が吹き荒れ、瞬く間に地下室はその半分以上が凍り付いていた。
「ちぃ……!」
ルクスの姿はそこにはない。
ウィルフリードが魔法を放つその直前に、姿勢を低くして全力で前に踏み込んでいた。
黒の剣が光を放つ。
ルクスの心臓が、破裂しそうなほどに高鳴っている。
その身体にまとわりついた霜を振り落とすような勢いで、ルクスの振りかぶった一撃がウィルフリードを捉えた。
鈍い音が地下室に反響する。
ウィルフリードが手に生み出した氷の剣で、ルクスの剣を受け止めていた。
「鬱陶しいガキだ!」
足元に魔力がぶつけられる。
そこから広がった氷の棘が、瞬く間にルクスに向けて伸びていった。
だが、ルクスの姿は既にそこにはない。
一瞬でウィルフリードの側面に回り込み、更なる追撃を加えていく。
紅い刃と透き通る氷の刃が激突する。
火花の代わりに氷の礫が散った。
「こいつ……!」
圧倒的な魔法の実力を誇るウィルフリード。
一瞬でも距離が離れれば彼は多種多様な魔法を放ち、瞬く間にルクスを追い詰めることだろう。
彼の圧倒的な魔力と研鑽から放たれる魔法は、ベオのものと同じく触媒も詠唱も必要としない。手を振りかぶるだけで瞬時に辺りを凍てつかせる。
あくまでも、一見すれば。
ほんの僅かな時間。一瞬だけだが魔力を収束させるには時間が必要だった。
それは彼だけでなく、ベオにも共通していた。例えどれほど魔法に精通しその力を伸ばしたとしても、その一瞬が消えることはないのだろう。
「だから、こうやって距離を詰め続ければ!」
「この距離なら俺に勝てるとでも思ったのか!」
幾度目かの激突。
ルクスの心臓は限界まで鼓動し、そこから送り出された魔力が全身へといきわたっていた。
それでも、ウィルフリードに致命的な一撃を浴びせることはできなかった。
例え距離を放ち、大規模な魔法が仕えなかったとしても、ギルド・グシオンを束ねるギルドマスターは伊達ではない。
幾つの戦場を渡り歩いたのだろうか、その剣の腕もまた、ルクスに匹敵するほどの実力を秘めていた。
「当てが外れたみたいだな、小僧。別に俺は影でこそこそしているだけの魔導師じゃねえ」
「くっ……!」
「あの日から、何年経ったと思っている……! 俺がこの地で、全てを失ってから!」
「何を……!」
ウィルフリードは両手に一本ずつ氷の剣を生み出して、攻勢に出た。
ルクスの剣を弾き、その防御を崩そうと何度も切り付けてくる。
「てめぇなんぞに……!」
バギンッ、と。
嫌な音がした。
少し遅れて、何かが地面に落ちる音がする。
「剣が……折れた……!」
これまでの過酷な使用が祟ったのだろう。
魔獣を倒し、魔王に一太刀を浴びせ、英雄アレクシスとも斬り合った。
既に黒の剣には、限界がきていた。それが今、最悪のタイミングで形となる。
「悪運も尽きたみたいだな」
ウィルフリードが笑う。
勝利を確信して。
ルクスの一瞬の躊躇い、想定していなかった事態によるほんの僅かな混乱。
彼にとってはその時間だけで充分だった。
互いの距離が離れる。ほんの僅か、数歩分だけ。
それがあまりにも遠い。
「死ね」
魔力光が輝く。
足元に叩きつけられたそこから、一斉に氷の花が咲いた。
まるで花弁のように広がっていく無数の鋭い棘は、ルクスの身体を容赦なく貫いていた。




