5‐15
開かれた扉の先を、二人分の靴音が進んでいく。
ベオはウィルフリードに言われるまでもなく掌に炎を灯して、その先にある部屋の中を見渡していた。
「……これが、奴等が封印していた記憶か」
ウィルフリードが隣でそう呟いた。
アレクシスを退け二人が立ち入った部屋の中は、中央に巨大な石碑。そしてその周辺の壁には先ほどまでの部屋と同じ古代文字が書かれた石板が並べられている。
不気味な、まるで棺の中にいるような圧迫感を覚えるこの部屋の感覚に、ベオは覚えがあった。
ここに施されているのは、封印だ。ベオが黒の剣に封じられていたように、ここにも何者かが眠っているのかも知れない。
そんな言いようのない圧迫感に、無意識に尻尾が震えていた。
「何が書いてある?」
ベオは壁の高い部分に取り付けられた松明に、小さな炎を放つ。
炎の魔法に反応する何かしらの魔石でも仕込まれていたのだろう。ベオの炎を火種にして、幾つもの炎が部屋の中を照らし始めた。
「空から星が降った」
「……あん?」
「堕ちた星は世界に根付き、新たな種をこの世界に生み出した。彼等はこの大地と結びつき、古き神の支配からあらゆる生命を解き放つ」
「……何の話だ、こりゃ?」
怪訝そうな顔で首を傾げるウィルフリードを無視するように、ベオは石板の文字を読み続ける。彼のためではなく、自分のために。
「……そう、予言されていた」
「そうはならなかったってことか?」
「古き神と星は戦い、星は新たなる神となった。そして古き神の眷属達を、敗者をこの世界から消し去ろうとした」
次々と石板に書かれた文字を読み進めていく。
そこには今のベオには意味の理解できない言葉や表現などもあったが、それらは読み飛ばしながら少しずつ解読していった。
「その古き神とやらはどうなった?」
「石板に書かれている通りならば、堕ちてきた星に敗北し、死んだはずだ」
「死んだ……だと?」
ウィルフリードの表情が変わる。
「そんなはずはねえ。ここにはあるはずだ、その古き神とやらの残した力が!」
怒鳴りつける彼を無視して、ベオは先を読み進める。
そこには戦いの様子や、古き神から大地を開放した新しい種を讃える言葉などが述べられている。
「この大地に古き神の鼓動はなく、新たな星の息吹があるだけ」
「……なんだと……?」
ウィルフリードの放つ怒気が膨らんでいく。
並の相手ならば怯えてこの場から逃げ出しそうなほどに、その表情は怒りに満ちたものへと変貌していった。
「ふざけるな! ……ふざけるなよ……! ここにはあるはずだ! その古き神とやらの力が! そうじゃなければこの国の馬鹿共は、なんで最期までこんなところを護り続けて死んだってんだ!」
「……古き神の仔は立ち上がり、新しき神へと戦いを挑む。その力は世界を焼き焦がす黒き燎原の火。古き者達を率い、新しき者へと戦いを挑んだ最後の大地の仔」
部屋の中をぐるりと一周回り、ベオは最後に中央の石碑の前に立つ。
そこに書いてある文字を読んで、まるで頭を殴られたかのような衝撃と共に眩暈を起こす。
わかってはいたはずなのに。
そうであるはずと、真実を知る覚悟は決めていたはずなのに。
それでも、ここに書かれていることはベオの根幹を揺るがすには充分過ぎるほどの衝撃を持っていた。
「魔王ベーオヴォルフ、ここに眠る」
「魔王……だと?」
既に覚悟はしていた。
あの時、あの獣人達の村でそうではないかと思っていた。
それが今、確信に変わる。
だからベオはここに来たかった。
改めてその事実を確認して、自分がそうでないことを知るために。
「やはりここに眠っているのか」
同時に落胆がベオを襲う。
何かがわかると思っていた。
魔王ベーオヴォルフの記憶の断片、それを持たされた少女。
自分が何者であるかもわからないベオのルーツが、ひょっとしたらここにあるのではないかと、そんな期待を勝手に抱いていた。
だが、ここには何もない。
ただ魔王が、かつて世界に対して反逆を企てた愚かな男の墓碑が一つあるだけ。
「やはり私は、何者でもないのだな」
自嘲するような声が、勝手に零れた。
記憶もない、自分が何者であるのかもわからない。
どうして古代文字を読むことができるのか、その回答の断片すらもここにはなかった。
「身勝手なものだ」
恐らくは、魔王ベーオヴォルフはベオの関係者なのだろう。
そんな彼は今、この墓の下で眠っている。後に残された人々の、彼の先にある事態のことなど何も関係ないと言わんばかりに。
ベオのそんな考えを中断するように、背後から強い衝撃が与えられた。
「っ……!」
視線を下に向ければ、腹の辺りから青く透き通る氷の刃が突き出ている。
それが背後からウィルフリードによって刺されたものであると気付くのに、僅かばかりの時間を要した。
「くだらねえ」
「ウィル……フリード……。貴様は……」
「実にくだらねえよ、これはよ。こんなもんを、大昔に死んだお伽噺の魔王様の墓を必死になって護っていたとはな! こんなもんのために、こんなくだらねえもんのために馬鹿共が何人死んだと思ってんだ」
「ち、がう……」
口を開閉させるが、声が出ない。
ウィルフリードは勘違いをしている。
確かにここに彼の望む古き神の力はなかった。代わりにあるのは、恐らくこの石碑の下で眠るかつて魔王と呼ばれた者。
そいつは。
ベオを記憶を分けた世界を焼いた炎は、死んでいない。
今もなおここで、封印が解けるのを待っている。
それだけの力が、恐ろしいほどの圧力がこの部屋には充満していた。
「……だ、めだ……」
「くだらねぇ……。本当にくだらねえよ」
これ以上言葉を発することもできず、ベオの身体は石床に崩れ落ちていった。




