5‐10
そう声を掛けられて、ルクスは一瞬固まった。
まさかの知り合いかと思い、頭の中で該当する人物を探そうとするも、全く思い当たる節はない。
「だ、誰ですか……?」
「フハハハッ! 確かにこの姿ではわからんのも無理はない。では敢えて名乗らせてもらおう。ライナー・アーケルであると!」
「……だ、誰ですか?」
名前を聞いてなお、ルクスが尋ねる。残念なことにルクスの記憶の……少なくともこの戦場ですぐに出せるところにはライナー・アーケルと言う名前はなかった。
「なんと! 忘れたとは言わせんぞ、この私の名前を!」
駆動鎧が、その手に持っていた剣を振り上げる。
人間が中にすっぽりと入るような大きさになっているため、それが使用する剣もまた、大剣サイズの大きさがあった。
ぶぉん、と凄まじい風圧と共に、大剣が振るわれる。
魔力が全身に巡り強化されているだけあって、その巨体からは想像もできないほどの速度があった。
ルクスはその動きを辛うじて避けると、懐に飛び込む。
「これだけ大きければ!」
「速度も相当なものだ!」
ライナーは飛んで後退することでルクスの飛び込みを回避する。
駆動鎧の巨体が石畳の上に着地し、足元を粉々に砕いていく。
「やはり早く、そして強くなった、あの時ゴブリン五匹にぼろぼろになっていた少年とは思えんほどに!」
「……ゴブリン……? ひょっとして、貴方はあの時の……!」
「そうだ! あの日、君と出会った時から始まっていたのだ、私達の因縁は!」
「因縁?」
ルクスが覚えているのは、マルザの森でルクスがゴブリン退治をしていたころに、仲間を引き連れたライナーと出会ったことだ。
あの時は女に間違われたり、彼の部下に人造兵であることを揶揄われたりといい思い出ではない。
だがそれ以降、ルクスはライナーと出会った記憶はない。ましてや因縁などと。
ライナーが踏み込んでくる。
背後から風の魔力を受けて急加速した駆動鎧は、一瞬でルクスの目の前の石畳を砕いて着地した。
「私と君には、因縁がある!」
「僕にはそんな覚えは!」
ギイイィィンッ、と。
凄まじく鈍い音が辺りに鳴り響き、二つの剣が交差する。
一見すれば巨大な駆動鎧の剣を上段から振り下ろされたルクスは、剣諸共一刀両断にされてもおかしくはない絵面ではあった。
しかし、ルクスは耐える。
その華奢な身体に、黒い心臓の鼓動から放たれる力を纏わせながら。
「流石だ、流石は魔獣殺し!」
距離を取り、今度は横薙ぎ。
体制を屈めてそれを避け、下から上へと斬り上げる。
硬い鎧に弾かれて、ルクスの一撃は致命傷とはなりえなかった。
(硬いし、強い、でも)
「無駄無駄! 幾ら魔獣殺しの剣と言えど!」
振り下ろされた太刀を、上に飛び上がって避ける。
そのまま背後に回り、数太刀を浴びせた。
「ちぃ、ちょこまかと忌々しい! 思えばその剣も、本来ならば私が手に入れるものだったと言うのに!」
身体ごと振り返りながら放たれた斬撃を、距離を取って避ける。
剣を構え隙を見せないまま、ルクスはライナーに問いかけた。
「そ、そうなんですか……?」
「ああそうだ! 本来ならばそれは、私が手に入れるものだった。だからこそあの屋敷の主人に大金を払ったのだからな」
そう言えば、ルクスのかつての主であるヤルマがそんなことを言っていたような気がする。
ルクスにとってこの剣はベオの付属品であったので、それほど気にしたこともなかったのだが、言われてみれば単なる火事場泥棒だ。
「更には、君はあの魔獣を倒した! 我々が倒せなかった魔獣を! そのためミリオーラの支部は解体され、私の支部長としての立場を奪われたのだ!」
「そんなことを言われても!」
強い怒りを纏わせながら、ライナーが迫る。
精彩を失っているのかその動きは単調で、幾ら速度があっても今のルクスに避けきれないほどのものではない。
ルクスが避けた剣が、石畳を貫通し砕く。
「そこかぁ!」
横に逃げたルクスに対しての怒りの一撃は、やはり掠りもせずに今度は壊れた邸宅の壁に突き刺さり、ライナーの動きを一瞬留めた。
(負けない……! ライナーさんにも駆動鎧にも!)
彼には魔獣ほどの速さはない、オーウェン・スティールほどの技もない、魔王の内部にいた怪物ほどの力もない。
何よりも。
「色々あったみたいで、それに付いては謝れる部分は謝ります、でも!」
英雄アレクシスほどの、存在しているだけで周囲を戦慄させるような覇気がない。
黒い稲妻が走る。
「なんだ、それはぁ!」
「はああああぁぁぁぁぁぁっ!」
ライナーの駆動鎧が剣を石壁から外したのも束の間。
その瞬間に、ルクスはその足元へと飛び込んでいた。
「はや、いっ……!」
黒い稲妻が剣へと伝わる。
ルクスの持つ黒の剣の刀身が、黒い稲妻を纏い破滅的な輝きを放った。
「やはり、人造兵……悪魔かっ!」
「なんと言われようと!」
「これが魔獣を屠った……人間の、敵!」
「僕は命を大切にしない、貴方達の敵です!」
剣閃が走る。
駆動鎧の胴体部分から横一文字に、ルクスの一撃が炸裂した。
「ば、かな……!」
黒い稲妻の軌跡が走り、全身に伝わっていく。
「ぬおおぉおおっ! おのれぇ、動かん!」
どうやら魔力が伝わる回路が破壊されたのだろう。そうなってしまっては、駆動鎧は単なる巨大な重苦しい鎧ですらない。
そもそも着込むというよりは中に乗り込むような形である都合上、魔力がなければ動くことすらできないのが駆動鎧だった。
「かくなる上は、強制解除!」
バギン!
そんな音がして、纏っていた鎧がガラガラと外れて地面に落ちていく。
その中から出てきたライナーは、腰に差していた剣を抜いてルクスに斬りかかってきた。
「人造兵、覚悟おおぉぉぉぉ!」
あらん限りの気合を込めた一太刀は、ルクスには届かない。
彼の背後から伸びてきた光の鎖が、ライナーを絡め取ってその場に拘束していた。
「なんだとおぉ!」
魔法を発動させながら、クラウスがやってくる。
あちらでの戦いも終わっているようで、見ればライナーの部下達も一人残らず拘束されていた。
「これで一応は片付いたか。……だが、」
クラウスが背後を見る。
彼自身もだが、騎士団の面々も傷つき疲弊していた。
「……ルクス、ここから先は誰も通さねえ。わかるか?」
「……はい、ありがとうございます」
クラウスは、ルクスに後を託した。
ここに残り敵の追撃を食い止め、全ての決着を一人の少年に任せたのだった。
「すまないな。本来なら俺一人でも行くべきなんだろうが」
「いえ、大丈夫です。騎士団の皆さんが大切なんですよね」
「どうだろうな。だが、この俺の馬鹿に付き合ってくれる連中だ、放っては置けねえよ」
ここでクラウスが彼等の元を離れれば、瞬く間にグシオンか反乱軍によって壊滅させられてしまうだろう。
ルクスがギルドの仲間を大切に想うように、クラウスもまた騎士団の人達を大事にしている。
それが伝わってくるから、ルクスは素直に彼の提案を受け入れることができた。
「クラウスさん、ありがとうございます」
改めて彼に礼を言って、駆け出していく。
後を食い止めてくれるからと言うわけではなく、ここまで共闘したからと言う理由でもない。
彼がいることで、この国にもまだ希望が残されていることが知れた。
彼のように、人々を護るために活動している騎士がいると言うだけで、ルクスの心に温かいものが湧き上がってくる。
顔を上げる。
ノール・オーヴァの城はまだ遠く、しかしその存在感を存分に見せつけながら、静かに佇んでいた。
「……ベオ。今、助けに行く」




