5‐8
獣人達の姿が見えなくなったこともあって、クラウスは副官のミアに命令して手早く負傷者の救護や、部隊の再編を計っていた。
その様子を呆然と見つめながら、ルクスの隣に立っていたエリアスが口を開く。
「こう、なんていうか……ちゃんと働ける騎士団ってのもいたんだな」
エリアスのその一言は幾ら何でもとは思うが、実際問題魔王再誕では痛い目に合わされているので無理もない話だ。
「うん。でも、数が足りてない」
「みたいだな。増援なんかは来ないんだろうな」
呆れたように、エリアスが腕を組む。
そこにちょうどクラウスが戻ってきた。
「それで、お前達は何者だ?」
「さっき説明した通り、ミリオーラのギルドのものです。理由があってグシオンとは対立していますけど」
「……つまりは、少なくとも俺達と敵は共通してるってことか」
「どういうことっすか?」
エリアスに口を挟まれて、クラウスが睨みつける。
「いや、だってそうでしょ。俺達からすれば仲間が捕まってるけど、あんたらからしたらグシオンは貴重な援軍なんじゃ」
「確かに奴等は結果的に俺達を助ける形になった。だがな、そもそもティヴィルの王城は王家の許しがない限りは立ち入り禁止だ。間違っても、飛空艇で乗り付けるなんて真似もな」
「……それって、つまり」
エリアスの言葉を裏付けるように、今度は離れたところから大股で騎士姿の少女が歩いてくる。
「クラウス様! やっぱり駄目です、グシオンの人達、わたしの言うことなんて何も……」
怒りを隠そうともせずに大声で言ってから、少女はようやくルクス達に気付いたようだった。
居住まいを正して、頭を軽く下げる。
「失礼しました。わたしはミア・ゲーテ。クラウス様の副官です」
その立場に何かしらの誇りがあるのか、ミアは気持ち胸を張ったような態度でそう自己紹介をした。
「ああ、さっき一緒に戦ったよな。あんた、結構凄いじゃん」
「そうなの?」
「ちゃんと部下達を統率して、被害が少なくなるように立ち回ってさ。その上で獣人達もできるだけ殺さないようにしてたんだから」
「こほんっ」
褒めるエリアスの言葉を遮るように、ミアはわざとらしく咳払いをする。
「それでミア、どうだった?」
クラウスに尋ねられ、ミアは彼の方を真っ直ぐに見上げながら回答する。
「はい。やはりギルド・グシオンの兵士達はわたし達の入城を拒んでいます。ティヴィルには立ち入りが禁じられていることを言っても、上からの命令の一点張りで」
「……だろうな」
忌々し気に、クラウスが白の方を見る。
かつては栄華を誇ったティヴィル――ノール・オーヴァの王城は、今では殆ど整備されることもなく、くすんだ色のままその姿を太陽の元に晒していた。
「ミア。すぐに部下を纏めろ、打って出ることになるぞ」
「え、は、はい! でも、グシオンは一応は味方じゃ……」
「味方なら、俺達の道を阻みはしねえだろう。……嫌な話を聞いたことがある」
「嫌な話?」
そう尋ねたのは、ルクスだった。
「そもそもがおかしな話だとは思わねえか? なんでアルテウルは、ノール・オーヴァを攻撃した? どうしてその血筋を根絶やしにして、名前すら失わせる必要があった?」
「いや、そんなのわかんないっすよ。だって俺達が生まれる前の話なんですから」
「もう死んだ俺の親父が、ノール・オーヴァの制圧戦に参加していた。酷い有様だったらしい。人間と亜人の共存が、そんなに許せないことなのかと現場から不満が出るぐらいにはな」
「二十年前……魔王戦役よりも昔ですよね?」
つまりそのころには、今ほど亜人達に対しての敵対感情はなかったと言うことだ。多少の思想の違いでそこまでの攻撃を加えるのは、どう考えても不自然だった。
「これは親父の与太話だが、要は亜人がどうのとか、アルテウルの大陸統一がって話じゃないってことだ」
クラウスの視線が、王城を見る。
先ほどとは変わらない姿で鎮座するそれは、一層の不気味さが感じられるような気がした。
「ノール・オーヴァには何かがある。それこそ英雄を擁するアルテウルの支配を覆すような何かが」
「……じゃあ、ギルド・グシオンは」
ルクスの言葉に、クラウスは頷いた。
「もしそれが本当にあるのなら、そいつを知ってるってことになるな」
「……それって、だから古代語が読めるベオさんが必要だったってことじゃ」
「グシオンのギルドマスター、ウィルフリードが何処でそんなことを知ったのかはわからんがな。とにかく、奴は周到に準備を続けていた。恐らくだが、この亜人達の反乱も奴の差し金じゃあないのか?」
「いや、そんな……」
言いかけたエリアスの言葉が途中で止まり、ルクスの顔を見る。
ルクスもまた、エリアスと同じことを考えていた。
魔王再誕の時、ウィルフリードは亜人達を助けてレンツォのコミュニティへと誘導した。
そして彼等の集落で見た大量の武器。
魔王再誕で被害を受けたとはいえ、亜人達の散発的な戦闘行動に対しての消極的な行動。
「……まさか、本当に?」
「グシオンとフェンリス、二つのギルドの長には大きな違いがある」
不意に、クラウスがそんなことを言いだした。
「マスター・エレノアはそれこそ俺が生まれる前から戦士だった女だ。その時に繋いだ人脈や本人の腕っぷし、そして騎士団の権威が弱まった隙をついてギルド・フェンリスを組織した」
「じゃあ、ウィルフリードは……?」
「組織したタイミングだったら、フェンリスより早い。突然現れ、本人の実力もさることながら、辣腕を振るってギルド・グシオンを作った。つまりはそれだけの計画を立てられる男ってことだ」
「全てはこの時のために……?」
ミアの質問に、クラウスが首を横に振る。
「そこまでは知らん。奴が何を望むのかもな。だが、これは放っては置けない事態だ」
「だったらなおさら、英雄を待った方がいいんじゃ……」
「期待はできねえよ。この時間になっても奴等は姿を現さない。何らかの理由があるんだろ」
「理由って……?」
「これは最悪の可能性だが、大規模破壊魔法を使う可能性もある」
「大規模破壊……?」
「数十人の儀式で展開する、その名の通りの大量破壊を可能とする魔法だ。アルテウルはそれと英雄の力で大陸の覇権を手に入れた」
「いや、そんなの……」
本当にあるのかと、そう問いかけようとしてエリアスは押し黙る。どう考えても、この状況でクラウスが冗談を言っているようには思えなかったからだ。
「……あるにはある。使うには準備も必要だし、世論に対する誤魔化しもあるから、簡単に使えるようなものじゃないがな」
「でも、そんなのがあるのなら先の魔王戦役でも」
「……使われたはずだ。当然、公式の記録には残っていないがな。魔王再誕に関しては、そもそも英雄とギルドの力だけで事足りたことで使われなかったんだろう」
「……それが使われる可能性が、あると言うことですよね?」
ルクスが尋ねると、クラウスは首を傾げて見せた。
「さあな。だが、ノール・オーヴァに眠っているもの次第ではありうる話だろう。そもそも、二十年前にここを攻めた理由だって、明確にはされていないんだからな」
大陸の覇権のため、一般的にはノール・オーヴァの制圧戦はそう語られている。
しかし、それに対して疑問を抱く者の数は決して少なくはない。
人間と亜人の連合、それも統率の取れた軍隊を持つノール・オーヴァの制圧には多大な戦力を消耗し、最終的には英雄を投入するまでに至った。
何故、そうまでしなければならなかったのか。
大っぴらに敵対していたわけでもないノール・オーヴァを攻撃し、更にはその名前すらも失わせてしまう。
それに対する明確な答えを、大公家を始めとする上流貴族達は未だに語ってはいない。
「もうこれ以上、時間は掛けられねえな」
クラウスが剣を持ち、立ち上がる。
彼が何をしようとしているのかを理解したルクスも、それに習った。
「ギルドマスター。お互いに利害が一致してるだろう、手伝え」
「わかりました」
「クラウス様!」
それに対して異を唱えたのは、ミアだった。
「まだ様子を見るべきかと思います。それに、英雄だってひょっとしたら、今向かっている可能性が」
「それじゃ間に合わん。もしウィルフリードが奥にある何かを手に入れれば、それはまた新しい戦いの火種になる。それこそ、この国が滅びかねないほどのな」
「……それは……」
クラウスの言っていることは、大半が彼の予想に過ぎないが、説得力があった。
ギルド・グシオンを組織し、力も地位も手に入れたウィルフリードがそれを捨てる理由。それがただ事ではないことは、誰の目にも明らかだった。
「ま、どっちにしても俺達は行くしかないしな」
そう言って、エリアスも同じように立ち上がる。
「なぁに。魔王に挑むよりは怖くねえさ」
軽口を叩いてルクスの肩を叩くが、その手は小さく震えていた。
「休憩は終わりだ。ギルド・グシオンに最終通告を出す。それで奴等が道を開けなければ、無理矢理にでもウィルフリードのところに向かうぞ」




